眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第十九話:ラファウ

 授業が終わると、オクジーは探偵事務所への道を急いだ。

 昼休みに聞いたシモンの依頼を所長たちに相談するためだ。

「こんにちはー、ちょっと相談が。ん?」

 扉を開けた瞬間、オクジーは足を止めた。

 所長、バデーニ、ドゥラカが報告書を囲み、険しい表情で沈黙している。

「……何か、ありましたか?」

 所長が顔を上げ、ようやく空気が和らいだ。

「おかえり、オクジーさん。」

「ただいまです。みなさん、難しい顔をして何してたんです?」

 三人で囲むようにして応接用の机の上に置かれていたのは、一枚の報告書と、一冊の本だった。

 報告書の見出しには、バデーニの名があった。

まとめられていたのは、アルベルトの父を殺害した家庭教師の追加調査。

 バデーニが今にも舌打ちしそうな態度で、忌々しげに報告書を睨んでいる。自分の調査した結果に納得がいかなかったらしい。

「この事件は明らかに不自然だ。

 事件についての新聞記事、ネットニュース、SNS等が、データ上から一切消えている。アルベルトの父親が在籍していた研究所のアーカイブからも何一つヒットしない。彼の研究内容自体が抹消されたと考えていいと思う。

 さらに踏み込んで調べようとすると、国の機密データベースにぶち当たり、ロックがかかってしまう。」

「んで、これが私が調べた先から入手したものなんですが。」

 ドゥラカが一冊の古びた本を手に取って、パラパラとめくった。ある地方の塚を発掘調査した結果をまとめたものだという。

「この本の著者は、ブルゼフスキ氏、つまりアルベルトさんのお父さんです。私が調べた中で、唯一足取りのつかめなかった人物がこの男です。」

 ドゥラカが示したページには、発掘調査を行ったメンバーの名前が一覧で記されているようだった。彼女が指さしたのは、ラファウ、という人物だった。

「このラファウが、アルベルトのお父さんを…?」

「その可能性は高いと思います。ここに書かれた他の人たちは、全員足取りがつかめています。

 ブルゼフスキさんが亡くなった後、バラバラになり、数人は今も他の考古学研究に携わっていますが、残りは違う仕事についていました。」

「ラファウについては、記録そのものが異常なほど欠落している。まるで、存在ごと消されたように。

 私は国の機密データの中に謎が隠されていると思う。」

「バデーニさん。いけませんよ。」

 所長のたしなめに、バデーニは小さく舌打ちした。

「チッ。……分かっています。私とてせっかくのチャンスを棒に振るような危険な真似は、もうしませんよ。」

 バデーニは過去に国の機密データベースに不正アクセスを繰り返し、職を追われている。今は所長の伝手で、自身の研究結果が認められれば研究職に戻れるという可能性に賭け、自分の研究を進めているのだ。

 調査が手詰まりになり、三人で頭を突き合わせていたということか。

「ラファウ……どこかで聞いた覚えが……。」

 オクジーが閃いた。

「コハンスキ君が言ってた友達の名前も、確かラファウでしたよね?」

「年齢が違う。同名の別人だろう。」

 あっさり切り捨てるバデーニに、オクジーは肩を落とした。

 家庭教師のラファウは生きていれば三十代、コハンスキの友人ラファウはせいぜい十代だ。別段珍しい名前では無いので、バデーニの言うように、別人である可能性は高いかもしれない。

「そっか…。」

「……その時のこと、教えてくれる?」

 それまで黙っていた所長がオクジーに尋ねた。

 オクジーはコハンスキ少年から聞いた内容を説明する。迷子猫に名前をつけた博識な少年の名前がラファウであったこと。今は遠くに行ってしまい、父親とも離れて暮らしているらしいこと。

 話を聞いた所長は黙り込み、何かを考えている様子だった。

「…………。」

「何か引っかかるんですか?あなたの勘はよく当たる。」

「……いいえ、なんでもない。

 そういえばオクジーさん、入って来た時に何か言いかけてませんでした?」

 所長が思い出したように話を振る。

「そうそう、俺、今日大学で依頼を受けて……。」

 シモンから聞いた不思議な少年の話を三人に伝えた。依頼の内容を話し終えた瞬間、椅子がガタンと鳴った。

「面白い。決めた。私も同行する。」

 バデーニが前のめりになる。

「え、でも……。」

「明日、その少年に会いに行く。」

 ものすごい強引さで物事が進められていく。所長と視線を合わせると、彼女は苦笑いしていた。

「こうなったバデーニさんは、好奇心を満たさないと他のことが頭に入らないと思うわ。」

 シモンの依頼に協力してもらえると言うことらしい。オクジーはバデーニにせっつかれて、早速シモンにアポイントメントを取った。

 

 この時はまだ。二つの出来事が、やがて一本の線に収束し、彼らの運命を大きく揺らすことになるとは、誰も思っていなかった。

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