眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第二十話:陶器職人の記憶

 相談したその日に動いてくれたことに、シモンはとても感謝した。すぐにでも前世の記憶を持つ少年、エミルとの面会を調整をしてくれると言う。

 少年が入院する大学の附属病院は、近年街の中心部に移転し、新しく建て直されたらしい。最新式の設備や環境が揃った総合病院として、街の医療の中心を担っている。

 建てられてまだ日の浅い建物は、白い石材が曇り空を柔らかく反射していた。吹き抜けのロビーに入ると、調整された暖かい空気が満ちている。小児病棟のフロアには、子供たちが作った小さな絵が壁を彩っていた。

 

 オクジーとバデーニはシモンに案内され、病棟の中を歩いていた。

 途中、何度かシモンの顔見知りらしき子供達が物珍しげに近寄っては声をかけてきた。

「慕われてるんだね。」

「そうかな。彼ら、本当は外で思いっきり遊んだり、みんなと学校に通ったりしたいけど、できないんだ。家族ともずっと会えないしね。

 僕ら学生ボランティアは大したことはできないけど、少しでも彼らの寂しさを和らげたり、退屈な毎日を少しだけ違う日にできたらって思うんだ。」

 シモンはそこまで言って気恥ずかしくなったのか、鼻の下を指でこすって誤魔化した。

「……ここが、エミルの部屋だよ。彼は生まれつき心臓に疾患があって、二歳の頃から手術と入院を繰り返してる。

 今症状は安定しているけど、激しい運動は禁止。心臓への負担を減らすため許可なく部屋を出ることはできない。いいね?」

「了解した。会話はどのくらいできるのか。」

 それまで黙っていたバデーニがシモンに質問する。彼なりにエミルの体の状態を配慮しようとしているらしかった。

「長時間でなければ、問題ありません。」

「わかった。気をつけよう。」

 バデーニが了承したので、シモンが病室のドアをノックした。

 軽い音が響き、中から小さな声で「どうぞ。」と返事が返ってきた。

「やぁ、エミル。今日の気分はどう?」

「やぁ、シモン。ぼちぼちかな。」

 エミルはベッドに腰掛け、粘土を触っていた。ベッド横のデスクにはいくつかの作品が飾ってある。

 青白い顔に、細い手足。小さな身体は彼を七歳よりも幼く見せたが、話し方や動作は年に似合わず、まるで大人のようだ。先ほど廊下で会った子供達とはまるで違った雰囲気を持つ少年であった。

「彼らが君のお友達かい?」

 酸素チューブを器用に避けながら粘土を片付けると、部屋に備え付けられている手洗い場で手を洗う。

「そうだよ。君の記憶のことを聞きに来たんだ。」

「嬉しいね。僕の話を信じてくれるんだ。

 初めまして、エミルです。」

「初めまして、エミル。私はバデーニ。」

「俺はオクジーと言います。早速ですが、百年前の記憶があると言うのは、本当ですか。」

「証明しようにも、頭の中のことだからねぇ。

 でも、確かに今この体で生きてきた七年とは、違う人生が私の中にあるんだ。」

 エミルは左上をぼんやり見つめながら、自身の前の人生について語り始めた。

「かつての私は、移民としてこの地を訪れた。行く当てのない私を拾ってくれたのは、陶器職人だった親方だった。彼は私を弟子にしてくれ、職人としての技術を叩き込んでくれた。」

 数年経ち、やっと一人前に仕事がこなせるようになったかと言う頃、ある若い夫婦からの依頼が舞い込んだ。

 

「私たちをモデルに、人形を作ってほしい。」

 

 結婚したばかりの若い夫婦であったが、二人の平穏な暮らしは長く続かなかった。

 あの時の不穏な空気は今でも覚えている。工場には火薬の匂いが漂い始め、街は少しずつ戦争の影に染まっていた。

 そんな折、若い夫婦が「自分たちを模した人形」を依頼してきた。戦争で離れ離れになる前に、再会の誓いを形にしたいのだと言う。

 親方は、夫婦の依頼をエミルに任せた。

 初めての大仕事だったこともあり、張り切って何度も何度も作り直し、持てる技術の全てを注ぎ込んだ陶器人形が出来上がった。今自分にできる最高傑作を、自信を持って夫婦に渡したのであった。

 しかし。

「この地域では、結婚指輪を右手にはめるものだと言うことを、移民だった私は知らなかった。」

「……つまり。」

「そう、陶器人形には、結婚指輪が左手に付けられていたんだ。そして、左手の結婚指輪には、夫を亡くした未亡人という意味があることも、後から知った。」

 再会を誓い合った夫婦になんてものを渡してしまったんだと、悔やんでも悔やみきれないまま、エミル自身も戦火に飲まれ、命を落とした。

「あの夫婦がその後どうなったのか、願わくば、私の作った人形のせいで悲しい運命を辿っていないかだけが気がかりだ。」

 話しを終えたエミルは、少し疲れた様子でため息をついた。シモンはエミルを気遣い、ベッドに横になるよう促した。

 少し落ち着いたところで、バデーニが口を開いた。

「我々は探偵だ。こういった情報を集めることにおいてはピカイチだと自負している。夫婦の陶器人形と、その持ち主について、調べてみよう。」

「……百年も前のことですよ。手がかりも無いのに。」

 エミルの言葉に、バデーニがふっと笑う。

「人が生きた痕跡というのは、そう簡単に消えるものじゃ無い。どこかに必ず糸口がある。」

 いつもながら、自信に満ち溢れた発言である。彼の言葉には、なぜだか人を信じさせる力がある。オクジーには真似できない種類の強さだった。

 バデーニはその後も、調査に必要だとしてエミルから土地の名前や正確な年代、生まれてから前世の記憶を認識した時期やきっかけなどを詳しく聞いていた。前半は必要な情報かも知れなかったが、後半は絶対好奇心からの探求だ。

 一応メモを取っていたが、バデーニの頭脳には一言一句正しく記憶されているのだろう。

 ふと、ベッド側に置かれた粘土細工に目が留まる。

「これは、エミルが作ったもの?」

「そうだよ。よくできてるよね。百年前のことを話し始めた頃から作り始めたみたいなんだ。」

 鳥、猫、兎、熊など。大きさはエミルの手に包まれてしまうくらいの大きさの置物がいくつも並んでいた。その中に、唯一人の形のものを見つけた。ひと塊りで男女の形をかたどり、他のものと比べても一等細かい装飾が施してある。重ねられた夫婦の右手の薬指には指輪がつけられていた。

「……もしかして、例の夫婦の人形を作ったのかな?」

「そう。実物はもっと大きかったけれど。」

 エミルの許可を得て、粘土細工の写真を撮らせてもらい、オクジーたちは病室を後にした。

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