眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第二十一話:存在しない少年

 エミルから得た情報をもとに、百年前の人形と持ち主探しが始まった。……のだが、事務所に帰って早々、バデーニはドゥラカに丸投げした。

 バデーニ曰く「こういった情報収集はドゥラカ君の方が得意だ。よって、適材適所と言える。」とのことだった。

 ドゥラカは「いつものことです」と言いながら、指先でさりげなく金額の形をつくる。まったく商魂たくましい。

 ちなみに、オクジーはドゥラカに何か手伝えないか聞いたところ、一人の方が動きやすいからと断られてしまった。

 百年も前の人形を見つけるなんて途方もないことを闇雲にやるより、得意な人材に任せた方が効率的なのかも知れない。

 オクジーは切り替えて、自分が関わったもう一つの事件について、独自に調査することにした。

 アルベルトの父親を殺害したとされる家庭教師の青年ラファウ。その青年と同名の少年、ラファウについて調べることだ。

 以前、迷子猫の依頼人、コハンスキがラファウの友人で、ラファウの父親をポトツキ先生と呼んでいた。知り合いならば取り次いでもらおうと考え、連絡先を探す。

 今までに受けた依頼は、報告書とともに全てファイリングしてある。依頼人の連絡先もまとめて閉じてあった。

 日付からファイルを探し出し、コハンスキの連絡先を見つけ出すと、早速電話をかける。

 連絡先は彼の家のもので、家の人が電話口に出た後、すぐコハンスキに代わってくれた。

「お久しぶりです!」

 相変わらず声が大きい。用件を伝えると、電話の向こうで息を呑む気配がした。友人の行方を調べてくれていることを喜んでくれた。

「期待して待っててください!明日、必ず先生に伝えます!!」

 ポトツキさんに事務所の連絡先を伝えてもらうようお願いし、電話を切った。

 コハンスキ君、相変わらず元気な子だ。

 

 …………………………

 

 翌日。

 夕方に掛かってきた電話を受けたのは、いつものように留守を預かっていたバデーニだった。

 しかし、電話の相手は用件を聞いても名乗りもしない。痺れを切らしたバデーニがよそ行きの声を忘れて声をかけた。

「誰だ。悪戯電話なら切るが?」

「……オレです、コハンスキです。

 先生に、話すことは何も無いって、怒られちゃいました。すみません…。」

 その沈んだ声だけで、どれほど落ち込んでいるか分かった。

「いや、わざわざ聞いてくれたのにすまなかった。気にしないでくれ。」

 コハンスキのしょんぼりした声に、さすがに哀れに思い、ねぎらいの言葉をかけて電話を切った。

 しばらくして、近所の住人から頼まれた依頼をこなしていたオクジーが事務所に帰ってきた。コハンスキからの伝言を伝えると、太い眉を寄せた。

「そうですか……。打つ手が無くなってしまった。」

「そんなんでどうする。こうなったら直接会いに行く他あるまい。」

 バデーニが立ち上がり、コートに手をかける。ラファウの件はバデーニ自身かなり気にしていたようだったのだが、もしかして一緒に捜査してくれるんだろうか。

「で、でも、今からですか?住んでるところも分からないのに。」

「住所なら調べてある。」

「えっ…ええ?」

 バデーニは当然のように頷いた。

 バデーニが探偵事務所の看板に不在の札をかけ、慣れた手つきで事務所を閉めると、さっさと階段を降り始めた。オクジーも慌てて後を追う。

 空はすでに薄暗い。

 ポトツキの家までどれくらいの距離かは分からないが、街灯だけではすでに心許ない明るさになっていた。足取りの危ういバデーニのそばに着く。

「コハンスキ君が言ってダメだったのに、俺たちが直接行って話を聞いてもらえますかね。」

「さあな。私が調べたところ、ポトツキという男は独身。現在一人暮らし。職業は教師。」

「独身?ラファウに母親はいないのですか?」

「ポトツキに結婚歴はなかった。そして子供がいたという形跡もない。…これは確実になにかあるぞ。」

「どういうことですか?」

「意図的に戸籍が改竄されている可能性がある、ということだ。一人の人間が生きてきた痕跡を完全に消すなど不可能だ。人には記憶がある。存在していたはずの人間をまるで存在しないかのように扱うのは何故か?……何としてもポトツキから話を聞きたい。」

 程なくして、バデーニが調べた住所にたどり着く。

 

 ポトツキの家は、街のはずれの静かな通りにあった。

 灰色の瓦と白い壁が冬の光を鈍く弾き、玄関脇には片付けられないままの枯れた鉢が一つ。門柱の上には風に揺れる小さなランプ。

 電子ベルを鳴らす。少しの間があって、黒髪の初老の男が顔を出す。

「突然すみませんポトツキさん。

 私達は近くで探偵をやっている者です。息子さんのことで、いくつかお聞ききしたい。」

「……君たちか、子供に妙な事を吹き込んだのは。話すことは何もないと伝えたはずだ。帰ってくれ。」

 厳しい口調でそう告げられ、無常にも目の前で扉はバタンと閉じられた。バデーニが再度電子ベルを押すも、音沙汰は無かった。

「チッ。」

 バデーニは苛立ちを隠しきれず、再びベルを押した。

それが二度、三度と続いたところで、オクジーが慌てて腕を掴む。

「ちょちょちょ何やってんですかバデーニさん!」

「一体何を隠してる。データを改竄したところで、人間の記憶までは消せん。ラファウは確かに存在したはずだ。」

「ご近所迷惑ですよ!」

 オクジーがバデーニを羽交締めにして電子ベルから引き剥がす。なおも抵抗するも、オクジーの腕力には敵わず、振り回された腕は空振りする。

 その時、カチャリと控えめな音がして、再び扉が開かれた。細く開かれた扉の隙間からポトツキが顔を出し、先ほどの強い口調とは打って変わって、弱々しか掠れた声で話しかけた。

「……本当に、帰ってくれ。全てを明らかにすることが正しいとは限らない。」

 そう言うと扉は閉じられ、二度と開く気配はなかった。

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