眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第二十二話:所長の昔話

 ポトツキの家を訪ねた翌日。

 オクジーは昨日の彼の言葉がずっと頭から離れないでいた。

 

「全てを明らかにすることが正しいとは限らない。」

 

 彼は確かに何かを隠している。

 そして、帰り際扉の隙間から見えた男の顔は、拒絶と言うより恐れだった。

 大学の帰り道、いつものように事務所へ寄ると、所長だけがいた。バデーニは珍しく不在である。そういえば、今日は女学院に調査と授業をしに行くと言っていたか。

 教壇に立つバデーニを想像して思わず笑いそうになる。 

 彼が教師として生徒の前で授業する風景がうまく想像できない。本人も授業を断るはずだったらしいが、成り行き上そうもいかなくなったのだ。

 女学院近くの雑木林で出会った所長そっくりの少女、ヨレンタを思い出す。夜な夜な学校を抜け出しては図書館の資料を読み、十四歳ながら大人顔負けの論文を書く才女。

 ふと気になり、所長に聞いてみる。

「所長の若い頃って、どんなだったんですか?」

 突然話を振られた所長はきょとんとした。

 しまった、突然すぎただろうか。と言うか、女性に若い頃、なんて聞くのは失礼だったのではと思い直し、慌てて言い繕う。

「いや、その。前に話した所長そっくりの少女を思い出して気になったと言うか。でもいきなりこんなこと聞くのは失礼でしたよねすいません。」

 所長は笑って、少し沈黙してから「知りたい?」といたずらっぽく問いかけた。目を通していた資料をパタリと閉じ、その上に手を重ねた。

「まぁ。できたら…。」

 所長は自分のことをほとんど話さない。どんな人生で、何故探偵業をやっているかなどについては聞いたことがなかった。

「そうだなぁ。……私の人生は、自由を取り戻すための長い長い戦いでもある。」

 いきなりの抽象的な話に面食らう。

 そんなオクジーの態度に微笑みながら、所長は話を続けた。

「若い頃はね、この世の真理を全部知りたくて、仲間と夢中で研究していた。けれど、その試みはあっけなく潰された。」

 遠い記憶を辿っているのか、所長は目を細めた。

「その後は…まあ、思い出したくないね。真理を独占しようとする連中と、ずっと争っているよ。」

 ふうとため息をついて、背もたれに深く沈み込む。

「…ちょっと語りすぎたかもしれないね。」

「なんだか…なんだか、歴史の話を聞いてるみたいでした。」

「……ふふ。オクジーさんは時々ドキッとする核心をつくことがあるから、びっくりしちゃう。」

「ええ?本当ですか?」

 バタンと乱暴にドアが開かれた。同時にやつれた姿のバデーニが現れる。

「……疲れた。」

 客用ソファに乱暴に沈み込む。

「お帰りなさい。バデーニさん。」

「今日だけで一生分の中身のないお喋りを聞かされた。」

「普段閉鎖的な人間関係の中で過ごす子達にとって、バデーニさんのような若い男性はさぞ刺激的だったんでしょうね。」

 所長の言葉通り、授業の質問と称して多くの少女がバデーニのところに押しかけたらしい。

 所長がバデーニを労い、ココアを入れるためにキッチンに向かった。

 バデーニのスマホが鳴る。ディスプレイに表示された人物を確認して、そのまま放り出す。

「え、ちょっ、ドゥラカさんからじゃないですか。急ぎの要件だったらどうするんですか。」

「あの年頃の娘ともう話したくない…。」

 学院での経験は相当堪えたようだった。オクジーが代わりに通話ボタンを押す。

「はい。」

『ドゥラカです。あれ?オクジーさん?バデーニさんは?』

「それが。」

オクジーが簡単に事のあらましを話すと、ドゥラカからスピーカーに切り替えるよう伝えられる。

『あんた!人に大変な仕事振っておいて!どういう了見だ!』

「………………。」

『こっちは!聞いた情報を頼りに!わざわざ現地まで!足を運んでるんですよ!』

「………………すまなかった。礼は弾む。」

『それならいいです。』

「いいんだ…。」

 ちょろすぎないか、ドゥラカさん。と思ったが、口に出さないでおく。

『今、古い陶器ギルドの記録を調べてるんですが、なんせ百年も前なんで量が膨大で。しかも大半は戦争で焼けたときてる。

 地道に探しますけど、別の方面からもアタックしたいんで、制作を依頼した夫婦について、もっと覚えてることないかエミル君に聞いてもらえますか?』

「分かりました。聞いてみます。」

「そろそろドゥラカさんのご飯が恋しいわねぇ。」

 所長がキッチンから声をかける。オクジーがうんうんと頷いた。

「この前のピエロギ、絶品でした。」

『ぐふふふ、仕方ありませんねぇ。ドゥラカさんが帰ってくるまでしっかりお腹を空かせて待っててください。』

 ドゥラカからの通話が切れると、すぐに自分のスマホからシモンに連絡を入れる。

 先ほどドゥラカから伝えられた情報をそのまま伝えると、シモンは快く了承してくれた。明日にでも、エミルに夫婦についての新たな情報が無いか聞いてくれるらしい。

 ドゥラカも、シモンも、こうして協力してくれる。自分もこうしちゃいられない、と気合を入れ直す。

「よし。俺、もう一度ポトツキさんのとこに行ってきます。」

「無駄足だ。また門前払いを受けるのがオチだ。」

 ひらひらと手を振るバデーニに、オクジーは言う。

「行ってみないと分からないですよ。今日は話を聞いてくれるかも。バデーニさんは疲れてるから、休んでてください。俺だけ行ってきます。」

「はぁ、勝手にしろ。」

「はい。」

 ダウンを羽織りながら出ていくオクジーを見送りながら、所長は一つため息をつく。

「何事も、なければいいけど…。」

 所長の独り言は、誰にも聞かれる事なくふつふつと温まるココアの中に吸い込まれていった。

 

 ずっと覚悟を持ってやってきたつもりだったのに、ここに来て手放したく無いものを手に入れてしまった。

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