頭が、割れるように痛む。
薬の匂いで眠らされた事を思い出す。無理やり意識を引き上げられたような頭痛とともに、五感が一気に戻る。
バデーニは椅子に縛られていると気づき、指先を動かして異常がないことだけ確かめた。顔の傷が疼く。
目を開けると薄暗い倉庫。タービンの重低音、埃っぽい重油の匂い。石油化学工場かと、おおよその見当をつける。
正面には、黒布を被せられた大柄な男。オクジーだ。
「オクジー君。」
掠れた声で呼びかけても、目の前の男は動かない。生きているのか、死んでいるのか。
警告はしたのに、自分なんかのところに戻って来るからだ。この若者の未来を奪ってしまったという後悔が胸を詰まらせた。
「……目を覚ましたようです。」
側で人の気配と、声がした。機械音が邪魔して距離感が掴めない。声からすると、若い男のようだ。
顔を上げられ、光を当てられた。男は意識を確かめると、部屋の奥に向かって話しかけた。
黒い短髪の若い男だった。神経質そうな顔は無表情で、気味が悪かった。
「法律に基づかない不当な身体拘束は違法だ。拘束の理由は?」
バデーニの問いかけに男は応じず、視線だけを暗闇の奥へ向かわせた。
そこから、ノヴァクが現れた。
「ご苦労さん。」と部下の男を労いながら、手の動きだけで下がるよう指示を出した。
「君のお友達さぁ、勇ましいねぇ。新人とはいえ、日頃訓練を受けてる子達をワンパンで沈めちゃったんだよ。」
場にそぐわぬ明るい声。
まるで世間話でもしているかのような口調で、ノヴァクはオクジーのことを褒めた。
「ま、肉体の強さと内側の強さは、別物だけどね。」
途端に声が低くなる。これは、獲物を狙う猛禽類の目だ。
「本当はこんなことしたくないんだけどね。娘の先生だし。だから、早めにゲロってくれると助かるね。」
ノヴァクは身を屈めて、バデーニの顔を覗き込んだ。目線の高さを合わせ、射抜くような目でバデーニを見つめた。
「あんた達のボス、ヨレンタは今どこにいる?」
「知らない。」
パァン、と頬が跳ねた。
「所長はどこだ。」
「知らない。」
二発目の衝撃が頭に響く。
「この拘束は不当だ。オクジー君の拘束を外してやってください。」
ノヴァクはバデーニの声など聞こえていないかのように振る舞う。まるで自分の欲しい答え以外は認めないという淡々とした態度。これが、彼の仕事なのだろう。
「ヨレンタはどこだ。」
「知らないと言っている。」
「う…。」
オクジーの肩がわずかに動いた。生きている。
だが黒布の下で呼吸が乱れ、喉の奥でかすれた声が漏れた。
ノヴァクはオクジーの左肩を掴んで無造作に揺さぶる。
「――――ッ!?」
声にならない声で悲鳴をあげた。
「彼の拘束を外してください。不毛だ。」
「所長は何処にいる?」
バデーニは唇を強く噛んだ。血の味がした。オクジーの呼吸は浅く短く乱れていた。パニックを起こしている。
「オクジー君。聞こえるか。落ち着け。大丈夫だ。息を吸え。」
声のトーンはできるだけ抑え、一定のリズムで声をかける。バデーニの声が耳に入ると、オクジーの頭が左右に動いた。黒布の暗闇の中でバデーニの姿を探している。
「息をしろ。私は目の前にいる。」
オクジーは体を小刻みに震わせながら、ぎこちなくだが息を吸って、吐くを繰り返した。正常な呼吸に戻っていく。
「ふーん。仲がいいんだね。」
ノヴァクがわざとオクジーの左肩に手をかける。また、オクジーの呼吸が乱れ始めた。
「彼は強いから、痛みよりは内側を壊される方が効くんじゃないかなぁ。」
バデーニは心臓が冷えていくのを感じた。人間の本能は自己を守るために痛覚を切り離すことができるという。しかし、心に入る痛みに逃げ場はない。
「賢い君ならわかるよね。時間はたっぷりある。」
ノヴァクがため息をつくように断言した。
「暗闇は人を狂わせる。」