眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第三十三話:故郷

 街の様子が、どこかおかしい。

 ドゥラカは、人形探しという一仕事を終え、やっと住み慣れた街に戻ってきた。

 見慣れた街角の風景に、思わず安堵の息が漏れる。

 帰ったら必要経費に上乗せした小遣いをバデーニせびってやろう。そんな算段をつけていた時だった。

 事務所の前に見知らぬ男達の姿。

 咄嗟に身を隠す。危険察知の嗅覚は人一倍鋭いという自負がある。

「なんなんだ。ヨレンタさんとも連絡通じないし。」

 スマホを取り出し、オクジーとバデーニにも連絡を取ってみようかとも考える。しかし、すぐにその考えを捨てた。

 事務所の状況を見るに、あの二人の無事も怪しい。下手に連絡を取って尻尾を出すようなことは避けたほうがいい。

 ドゥラカは考える。

 自分は何をすべきか。

 幾つもの選択肢を頭の中で並べ、ドゥラカは裏路地へと姿を消した。

 

…………………………

 

 ぴかぴかに磨かれた床板を見て、満足げにため息を漏らす。

 レヴァンドロフスキは、今日も清掃の仕事に精を出していた。本来の自分の仕事ではないのだが、今では清掃の仕事が天職なのではないかと思うまでになっている。

 今日もよく働いた。労働の後の晩飯はさぞうまかろう。

 背後に人の気配を感じて立ち止まる。

「どうも、配達でーす。」

 鼻腔をくすぐる懐かしい匂い。

 大麦やベーコン、キノコが入った旨味たっぷりの具沢山のスープ。故郷の炭鉱町を思い出させる匂いだ。

 思わずごくりと唾を飲み込む。

 しかし、そんなものを頼んだ覚えはない。

「え、頼んでない…。」

 配達員の姿を見て、びくりと体を跳ねさせた。

 探偵事務所に出入りしている、妙に馴れ馴れしい娘。

 じとりと座った目を向け、レヴァンドロフスキの鼻先に料理を突きつける。

「食べたいですよね。食べたいって言え。そんで、私をあんた達のリーダーの所に連れて行きなさい。」

 

 …………………………

 

「それで、まんまと案内してきた。というわけか。」

 椅子に座ったまま腕を組んだシュミットの低い声に、レヴァンドロフスキは肩をすぼめた。

「…はい。」

「それで、食事は美味しかったかね。」

「…………はい。すみません。」

 上司の前で小さくなっている男の背後で、ドゥラカもまた腕を組んで立っていた。

 レヴァンドロフスキがドゥラカを連れてやって来たのは、配送業社の倉庫の中であった。

 倉庫内の温度を保つための空調設備が低い音を立てている。うず高く積まれた荷物に囲まれながら、三人はしばらく沈黙を守っていた。

「お久しぶりですね。シュミットさん。」

 痺れを切らして口火を切ったのは、ドゥラカだった。

 できる限り朗らかな声で、友好的に見える笑顔を作り、話しかける。

「君とは、過去に一度顔を合わせただけだった。あの時は互いに名乗りもしなかった。」

 警戒の色を滲ませ、シュミットはドゥラカに問うた。

「どこまで知ってる?」

「ヨレンタさんとあなた達が、レジスタンスだってこと。」

 ドゥラカの答えに、シュミットは眉をぴくりと動かした。ピンと立った髭が口元を隠し、表情は読めない。

「情報収集はお手のもの、か。それで、我々を通報するかね?」

「まさか。私たちは協力できるって話です。

 ヨレンタさんと連絡が取れない。貴方達もそうなんじゃないですか?お互い困ってる。なら、目的は一緒。」

 シュミットに向けて手を差し伸べる。

「私の情報収集能力は知ってるでしょう?貴方達にもメリットはあるはず。

 私を一緒に連れて行ってください。」

「否。」

 シュミットは首を縦には振らなかった。

 いまいち信用されていない雰囲気を感じる。それはおそらく、自分が移民の子であることと、探偵事務所で働くことになった経緯に原因があるのだろう。

 ドゥラカは心の中で、小さく舌打ちする。

「未成年の君を危険な目に遭わすわけには行かない。これは大人としての分別だ。

 彼女を安全なところまで送り届けて来てくれ。」

 正論で押し切られ、レヴァンドロフスキに外へ連れ出すよう指示を出す。

「あ。」

「な、なんだ?」

 記憶の片隅から急浮上して来た、ヨレンタとの何気ないやりとり。誰に当ててかも、どんな意味があるのかも分からなかったが、今がその時ではないかと確信があった。

「そうだ。ヨレンタさん、最後に顔を合わせた時に言ってたんですよ。「今は貴方達が歴史の主役だから。貴方に渡す。と、伝言してくれ。」って。」

 シュミットの表情が初めて崩れた。

「……あの人は、ここまで読んでいたのか。」

 ゆっくりと視線を動かし、ドゥラカを正面から見据える。

「流れが変わった。一緒に来たまえ。」

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