街の様子が、どこかおかしい。
ドゥラカは、人形探しという一仕事を終え、やっと住み慣れた街に戻ってきた。
見慣れた街角の風景に、思わず安堵の息が漏れる。
帰ったら必要経費に上乗せした小遣いをバデーニせびってやろう。そんな算段をつけていた時だった。
事務所の前に見知らぬ男達の姿。
咄嗟に身を隠す。危険察知の嗅覚は人一倍鋭いという自負がある。
「なんなんだ。ヨレンタさんとも連絡通じないし。」
スマホを取り出し、オクジーとバデーニにも連絡を取ってみようかとも考える。しかし、すぐにその考えを捨てた。
事務所の状況を見るに、あの二人の無事も怪しい。下手に連絡を取って尻尾を出すようなことは避けたほうがいい。
ドゥラカは考える。
自分は何をすべきか。
幾つもの選択肢を頭の中で並べ、ドゥラカは裏路地へと姿を消した。
…………………………
ぴかぴかに磨かれた床板を見て、満足げにため息を漏らす。
レヴァンドロフスキは、今日も清掃の仕事に精を出していた。本来の自分の仕事ではないのだが、今では清掃の仕事が天職なのではないかと思うまでになっている。
今日もよく働いた。労働の後の晩飯はさぞうまかろう。
背後に人の気配を感じて立ち止まる。
「どうも、配達でーす。」
鼻腔をくすぐる懐かしい匂い。
大麦やベーコン、キノコが入った旨味たっぷりの具沢山のスープ。故郷の炭鉱町を思い出させる匂いだ。
思わずごくりと唾を飲み込む。
しかし、そんなものを頼んだ覚えはない。
「え、頼んでない…。」
配達員の姿を見て、びくりと体を跳ねさせた。
探偵事務所に出入りしている、妙に馴れ馴れしい娘。
じとりと座った目を向け、レヴァンドロフスキの鼻先に料理を突きつける。
「食べたいですよね。食べたいって言え。そんで、私をあんた達のリーダーの所に連れて行きなさい。」
…………………………
「それで、まんまと案内してきた。というわけか。」
椅子に座ったまま腕を組んだシュミットの低い声に、レヴァンドロフスキは肩をすぼめた。
「…はい。」
「それで、食事は美味しかったかね。」
「…………はい。すみません。」
上司の前で小さくなっている男の背後で、ドゥラカもまた腕を組んで立っていた。
レヴァンドロフスキがドゥラカを連れてやって来たのは、配送業社の倉庫の中であった。
倉庫内の温度を保つための空調設備が低い音を立てている。うず高く積まれた荷物に囲まれながら、三人はしばらく沈黙を守っていた。
「お久しぶりですね。シュミットさん。」
痺れを切らして口火を切ったのは、ドゥラカだった。
できる限り朗らかな声で、友好的に見える笑顔を作り、話しかける。
「君とは、過去に一度顔を合わせただけだった。あの時は互いに名乗りもしなかった。」
警戒の色を滲ませ、シュミットはドゥラカに問うた。
「どこまで知ってる?」
「ヨレンタさんとあなた達が、レジスタンスだってこと。」
ドゥラカの答えに、シュミットは眉をぴくりと動かした。ピンと立った髭が口元を隠し、表情は読めない。
「情報収集はお手のもの、か。それで、我々を通報するかね?」
「まさか。私たちは協力できるって話です。
ヨレンタさんと連絡が取れない。貴方達もそうなんじゃないですか?お互い困ってる。なら、目的は一緒。」
シュミットに向けて手を差し伸べる。
「私の情報収集能力は知ってるでしょう?貴方達にもメリットはあるはず。
私を一緒に連れて行ってください。」
「否。」
シュミットは首を縦には振らなかった。
いまいち信用されていない雰囲気を感じる。それはおそらく、自分が移民の子であることと、探偵事務所で働くことになった経緯に原因があるのだろう。
ドゥラカは心の中で、小さく舌打ちする。
「未成年の君を危険な目に遭わすわけには行かない。これは大人としての分別だ。
彼女を安全なところまで送り届けて来てくれ。」
正論で押し切られ、レヴァンドロフスキに外へ連れ出すよう指示を出す。
「あ。」
「な、なんだ?」
記憶の片隅から急浮上して来た、ヨレンタとの何気ないやりとり。誰に当ててかも、どんな意味があるのかも分からなかったが、今がその時ではないかと確信があった。
「そうだ。ヨレンタさん、最後に顔を合わせた時に言ってたんですよ。「今は貴方達が歴史の主役だから。貴方に渡す。と、伝言してくれ。」って。」
シュミットの表情が初めて崩れた。
「……あの人は、ここまで読んでいたのか。」
ゆっくりと視線を動かし、ドゥラカを正面から見据える。
「流れが変わった。一緒に来たまえ。」