ドゥラカはワゴンの後部座席で揺られている。カーテンの隙間から覗く景色はどんどん流れて行く。
これで良かったはずだと自分に言い聞かせながら、沈んでいく夕日に目を細めた。
…………………………
時は、三年前に遡る。
身寄りのないドゥラカは、移民コミュニティの共同住宅に身を寄せていた。
六人部屋に十人での生活にはプライバシーといったものは無い。深夜に帰ってくる大人達の物音で眠れないこともしばしばあったし、盗難も起こりやすいので、荷物は肌身離さず抱えていなければならない。
不安が首をもたげ、眠れぬ夜を過ごすことも一度や二度では無い。
私は一生、このままで終わる運命なんじゃ。
しかし、十五のドゥラカに選択権など無く、最低賃金以下の労働に生活は圧迫され、貯金もままならない。成人しなければ賃貸契約も結べない。負の連鎖から抜ける道は見えなかった。
今日も、金の匂いを求めて街へ足を向ける。街のことならドゥラカに知らないことはない。情報こそが稼ぐための武器だった。
数ヶ月前、ひっそりと開かれた探偵事務所のことも知っていた。しかし、受ける依頼は便利屋のような雑用ばかり、なのに謝礼は受け取らないという。
「大方、金持ちの道楽だろ。」
けっ。と吐き捨て、探偵事務所の立派な看板を見上げた。
その時。
「!」
よそ見の油断から、通行人にぶつかってしまう。
倒れかけた体を咄嗟に掴まれる。
「怪我はないかしら?」
見上げた顔に思わず息を呑む。よりにもよって、ぶつかった相手は探偵事務所の女ではないか。
「大丈夫ですか、ヨレンタさん。」
背後から付き添いらしき男が駆け寄ってくる。
「……いつまで手を握っているつもりだね?」
ドゥラカが腕を掴み返したまま、ヨレンタの顔をまじまじと眺めていたのが不躾に映ったらしい。
鼻の上に皺を寄せ、男が睨みつけてくる。
「あ、あぁ。すみません。」
「怖がらせないで、シュミット。」
口元から見える欠けた歯列。少し荒れた手。
何より、彼女の纏う空気はどこか異質だ。
直感がそう告げている。
ドゥラカは一度離しかけた手をもう一度握り返した。
「私を、探偵事務所で雇ってください。」
シュミットと呼ばれた男がドゥラカを引き剥がそうと手を伸ばすが、その手はヨレンタの視線に止められた。
「…どうして?何か理由があるの?」
「貴方についてけば、大儲けできそうだから。」
同情を誘うでもなく、打算でもなく、本音が口を突いて出た。
「この瞬間を逃したら、私はもう…。」
このチャンスは逃せない。
「そんなにお金が重要?」
「……はい。それが私の信念だから。」
「そう。貴方、名前は?」
「ドゥラカ。」
「私はヨレンタ。分かった。ついて来て。
でも、私と来るからには、私が感じた価値の話もさせてほしい。お金儲け以外のね。」
ヨレンタが優しく微笑み、ドゥラカの痩せた手を握った。
………………………………
ワゴンの揺れに、意識が現実に呼び戻される。
うたた寝していたらしい。窓の外はすでに宵闇だ。
今より少し若いヨレンタの顔を思い出しながら、ドゥラカは自身の掌を見つめる。
あの後、ヨレンタはドゥラカの未成年後見人となった。正式なアルバイトとしての雇用契約。住む場所。法律に守られた賃金。
口約束の契約と賃金の誤魔化しが日常茶飯事だった数日前とは、取り巻く環境が一変した。
彼女からもらったチャンスを無駄にはしない。だが、そこにヨレンタの姿が無いかもしれないなんて、想像だにしていなかった。
「疲れたか?」
前の席に座っていたレヴァンドロフスキが振り向き、パンを差し出す。
「腹減ったろ。しっかり味わって食っとけよ。俺らと来るなら、いつ最後の飯になるかわからねぇからな。」
「あ、ありがとう、ございます。」
パンを受け取り一口かじる。時間の経ったパンはポソポソと味がしない。
「…これ、どこに向かってるんです?」
「さあな。シュミット隊長のみぞ知るってな。」
レヴァンドロフスキは首を傾げて車の前方に座る人物に視線を投げかけた。
運転席に座っている男は、ボルコと名乗った。シュミットは助手席で何処かと連絡をとりながら指示を出している。
「さっきから、同じ場所をぐるぐる回ってません?」
また同じ標識。これで三度目だ。
「検問が敷かれている。」
シュミットは視線を鋭く前に向けたまま答えた。
遠くに赤いランプが点滅し、検問員達が通行車を次々と停めている。
「仲間から検問の知らせが遅れた。ここで積み荷を見られるわけには行かない。」
後部荷室には、布をかけられた木箱がぎっしりと積まれている。
「中身は?」
「プラスチック爆弾。」
「な…。」
なんという危険な車に乗せてくれてるんだ。
「迂回路を探させているが、大通りは全て封鎖された。」
シュミットはそう言ったが、ワゴンの動きを見れば手詰まりなのは明白であった。
「目的地は?」
「目抜通り七番地の倉庫」
頭の中に街の地図を思い浮かべる。
大きな道は全て使えないと考え、使える道だけに絞って行く。頭の中で、現在地から目的地までのルートが一本線でつながった。
「私は、生まれてからずっとこの街で暮らして来た。街の抜け道なら誰より知ってる。私に、案内させてくれませんか?」