眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第三十七話:ラファウの実験

 たった数分話しただけで、バデーニはフベルトの聡明さを悟った。

 論理的な考え方、柔軟な発想。そして、底なしの知的好奇心。自分と同種の考えをしている。

「もしや、研究職についていたのでは?」

 バデーニの指摘に、フベルトは頷いた。

「まあ、私に関する事柄は研究記録もろとも全て消去され、存在しないことになっているわけだが。」

 淡々と述べる声の裏に、どれほどの喪失が隠れているのだろう、とオクジーは胸がざわついた。

 そしてフベルトは、ラファウに会いに行かなくてはならない、とも言った。自分をあれほど酷い目に合わせた人間にまた会いに行こうだなどと、普通思うものだろうか。

「一体、何のために?」

「やり残したことがあるからだ。」

 短い返答に、強い決意がにじんでいた。

「協力者が必要だった。出来れば、ラファウに用のある、同じ目的の者が。

 一人で戻ったところで、私はまた実験台に戻されるだけだからな。」

「それで、ラファウとは何者なんだ?なぜ彼の研究と論文だけが、時代を超えて機密データベースに残り続けている?」

 バデーニが車の窓枠を指先で叩きながらフベルトに質問をぶつけた。

「ラファウは前世の記憶を研究していた。

 彼自身にもまた、前世の記憶があるらしい。六百年以上、記憶を保持したまま生まれ変わり続けているという。」

 にわかには信じがたい。が、オクジー達はエミル…前世の記憶を持つ少年に会ったことがある。

 そして何より、ラファウの研究が時代を超えて一本のテーマのもと連続しているという証拠があった。

「だが、なぜ国は研究を秘匿する必要がある?」」

「世間の混乱を避けるためじゃないでしょうか?」

「それも一理ある。」

 フベルトがかすかに笑う。

「が、もっと直接的な理由がある。国の中枢にいる者がラファウの知識を独占するためだ。」

 バデーニの表情に険が走る。彼が研究職にいた折にも、研究成果を政治的に利用しようとする輩は多かった。そう言った駆け引きには嫌気がさす。

「で、貴方は何故ラファウの実験体になっていた?」

 バデーニの問いに、それまで円滑だったフベルトの口が重くなった。

「?」

「ラファウは、私に前世の記憶を呼び起こさせようとしていたらしい。」

 二年前。突然すべてを奪われ、拉致された。

 ラファウは十五世紀――六百年前の、前世のフベルトを知っていたという。

 彼はフベルトから宇宙の新しい形を教わり、美しい真理を学んだのだと語ったらしい。

 ラファウの仮説は、過去の体験を再現すれば、当時の記憶が蘇るというものだった。当時のフベルトが宗教的異端者として受けた、同じ尋問と拷問が繰り返された。

「あとは知っての通り。拷問担当の若い隊員の錯乱により実験は中断。どさくさに紛れて逃げ出したところをグラスに保護されていた、という訳だ。」

「そんな…こんな理不尽な事って。」

 オクジーが肩を振るわせた。

「ラファウ──いや、彼を取り巻く既得権益者たちにとっては、人間一人の人生など、自分たちの利益の前には取るに足らないのさ。」

 フベルトの言葉は達観していて、それでいて深い諦念がにじんでいる。

「街の東北に、病院の跡地がある。ラファウの実験はそこで行われていた。そこに、私を連れて行ってくれ。」

「そこにラファウが?」

「おそらく。」

 フベルトが指差す方角は夜の闇に沈んでいる。バンで向かえば五分もかからない。

 オクジーがアクセルに力を込めようとした、その瞬間。

 

 青みがかったオレンジの閃光。

 

 轟音。大地が揺れる。

「爆発…!?」

 木々の向こうに黒煙が立ち上る。

 場所は、バデーニが以前調査していた雑木林。その奥に旧病院があったはずだ。

「何が起こった…?」

 バデーニの声が震えている。

 フベルトは窓に張り付き、眩んだ視界で煙を追う。

「……行きましょう。」

 オクジーがハンドルを握りしめた。

 

 …………………………

 

 雪の残る林をひとり、歩く。

 三つ編みにした髪が風にあおられ、感覚の失われた指先は荷物の重みをもう感じない。

 ヨレンタは荒い息を整えて木に背を預ける。

 迂闊だった。

 執拗な捜査の手がすぐ側まで迫っている。

 現場に優秀な捜査官がいるらしい。潜伏先を次々に突き止められ、ついに包囲された。

 犬の咆哮が近づく。

 息を吸い、白い吐息を見送りながら空を見上げた。

 土星が見える。

 そういえば、十五年ぶりに土星の輪が消失、とニュースでやっていたっけ。

 惑星はそれぞれ異なる速度で軌道を巡る。土星が同じ位置に戻るのに三十年。

 自分は何度、この空を見上げただろう。

 足音が雪を踏みしめ、迫ってくる。

 ああ。やっと、「今回」はここまで辿り着いたというのに。

「レジスタンスの組織長、ヨレンタだな。」

 若い捜査官が先頭で声を張り上げた。

 暗がりの中で顔は見えない。だが、猛禽類のような目をした男と視線がぶつかった。

「…如何にも。私が組織長だ。」

 悔いはある。だが、遺せたものはある。

 起爆装置に指をかけ――一度だけ躊躇し──強く握り締めた。

 

 閃光、爆音。視界が暗転する。

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