眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第四十話:勧誘

 深夜に起こった爆発。

 現場には消防や警察が急行し、あっという間に規制線が張られていった。

 「……近づけませんね。」

 雑木林から立ち昇る黒煙が徐々に細くなっていくのを見ながら、オクジーが呟く。

 遠巻きに現場をうかがっていたが、野次馬が集まり始めたため、バンを建物の陰に移動させる。

 夜空は少しずつ星を手放し、淡い色を帯び始めていた。

 狭いバンの中でアイーダが用意してくれたサンドイッチを頬張りながら、三人は頭を突き合わせていた。

「バデーニさん、以前、雑木林一帯の調査をしてましたよね。地下通路があるって。」

「ああ」

 バデーニの研究――情報考古学。

 彼の研究で、かつて異端と呼ばれた者達が迫害から逃れるために掘った地下通路があることが分かっていた。

「しかしそう都合よく病院までは繋がっていないし、通路の入り口までたどり着くことがまず難しい。」

 バデーニは口を濁した。

「そもそも、何の爆発だったのか。」

 フベルトがラジオ局のチャンネルを切り替える。

 複数の局が未明の爆発について触れていたが、どこも原因については言及せず、周辺への立ち入り禁止の警告のみ。

 オクジーは爆発の瞬間に見た光景を、慎重に記憶から手繰り寄せた。

「ええと、雑木林の中ほどで……オレンジのような、青いような光がピカッと……」

「……オクジー君、今なんと言った?」

「え?」

「オレンジと青の閃光。プラスチック爆弾の特徴だな。」

 フベルトが顎に手を当て、眉間に深い皺を刻む。

「えぇ!ばく、爆弾?」

「……報道の仕方が不自然だ。意図的に隠している可能性があるな。」

「クソ。だが今の我々には情報を集める手段がない……」

 情報。その単語に、ある人物の顔がよぎる。

 ドゥラカ。

 彼女は無事だろうか。今、どこにいるのだろう。じくりと胸の奥を焼く。

 手詰まりの中、車内には長い沈黙が落ちる。

 

 トン、トン。

 

 太陽の明るみがにじむように広がってくる頃、バンの後部ドアが静かに二度、叩かれた。

 三人は反射的に息を呑み、身構える。

 バデーニがそっと小銃を握り、オクジーに目配せする。

 しかし、車窓から顔を覗かせた意外な人物に、オクジーは目を見開いた。

「あなたは。」

 特徴的な髭。黒髪。男の無表情を朝日が薄く照らしている。

 立っていたのは、シュミットだった。

「中に入れてくれるかな。」

 シュミットの言葉に、オクジーが恐る恐るドアに手をかける。

 ドアが開くと、手早く車内に乗り込んだシュミットは、ふうと息を整えた。

 他に人影はなく、彼一人のようだった。

「……な、なぜここが。」

「忘れたかね。公安の手から君達を逃したのは我々の仲間だ。」

 尋問を受けたオクジー達の拘束を解いてくれた若い男。

 そういえば彼は逃げる時にシュミットの名を口にした。

「あなたが俺たちを助けてくれたんですね。」

「半分は、そうなるかな。君たちは公安にわざと逃がされて、泳がされていたのだよ。まあ、すぐに君たちへの監視は解かれたようだが。」

 バデーニは警戒心を滲ませながらシュミットを睨みつける。腕を組んだ彼の右手には、密かに小銃が握られたままだ。

「だが、あなた方はずっと我々を監視していたと。」

「そうだ。私は、ヨレンタさんの後を継ぐのは君たちだと思っていたからな。」

「後…?所長のことを何か知っているんですか?」

「彼女は亡くなった。」

「は……!?なんで。」

 シュミットの言葉に、声が震える。

 バデーニは手を口元に当てたまま固まった。

「彼女は我々レジスタンスの組織長だった。単独行動を取っていた彼女は公安に追い詰められ、自らの手で命を絶った。」

 シュミットは読めない表情のまま、淡々と言葉を続けていく。

「組織の存続には彼女のようなカリスマが必要だ。

 バデーニ。君は天才的な頭脳を持ち、度胸もある。だが研究以外に興味がなく、傲慢な性格で人間関係も得意ではない。」

「……余計なお世話だな。」

「だが君一人では組織を任せられるほどの度量がない。」

 次にオクジーへ視線を向ける。

「オクジー。自己否定的な言動が散見され、戦う意志がない。だが、周りをよく見ており冷静な判断が出来る。君のひたむきさは美しく、心を掴む。

 ただ、君一人でも届かない。」

 二人を交互に見る。

「だが、二人が揃えば話は変わる。君たちは互いを補い合ってこそ力を発揮する。」

 オクジーとバデーニは息を呑む。

 所長…ヨレンタには探偵事務所とは違う顔があることに何となく気づいていたが、まさかレジスタンスと関わっていたとは。

 公安の男、ノヴァクの言葉が思い出される。

 あの時は、自分たちを揺さぶるための言葉だろうと思っていた。バラバラだったピースが思っていたのとは違う形で繋がっていく。

「君たちにレジスタンスに入ってほしい。力を貸してくれ。」

 シュミットの言葉に、オクジーは言葉を失い、バデーニはゆっくり首を振る。

「先ほどから聞いていれば、好き勝手に言ってくれるじゃないか。我々に、レジスタンスとやらに肩入れする義理はない。」

「私は行く。」

 声をあげたのはフベルトだった。

「フ、フベルトさん!?」

「君らが探していた人物は死んだのだろう。ここで手を引くと言うのなら、もう君たちに用はない。」

「……。」

「レジスタンスの目的はラファウに関わっているのだろう?なら、利害は一致する。」

 シュミットは小さく頷き、了承を示す。視線はそのままオクジーの元へ注がれる。

 冷や汗がオクジーの背中を伝った。

 返事ひとつで進む道が大きく変わる。胸が強く脈打つのを感じた。

 初めての依頼で、猫を抱えて帰り着いたオクジーを迎えたヨレンタ。文字を愛し、奇蹟だと語った彼女の言葉は、今でも心に残っている。

 オクジーにとってヨレンタは、テロリストでも、危険思想を持つ悪人でもない。

 ヨレンタが目指す先に、もし自分ができることがあるのなら。

「俺は…ヨレンタさんがレジスタンスの活動で何を見ようとしていたのか、知りたい、です。」

 オクジーの返事に、バデーニが目を閉じて「はあ。」と大袈裟なため息をついた。

「どちらか一人では役不足なのでしょう。……仕方ない。」

「バデーニさん!良かったんですか?」

「まあ。ヨレンタさんには恩もあるしな。私も彼女が目指した景色を見てみたくなっただけだ。」

 シュミットは頷き、初めてわずかに笑った。

「恩に着る。

 ああ、もう一つ。ドゥラカという娘も今、我々と共に行動している。」

「……先に言ってくださいよ。そういうことは。」

「やっぱり無事だったな。」

 オクジーの胸に小さな熱が灯る。

 その熱は、迷いを溶かしていく。

 

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