眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

43 / 64
第四十二話:再会

 夕暮れが沈みきった街は、どの角を曲がっても影が濃く、車の音だけが必要以上に響いた。

 オクジーは指先が白くなるほどハンドルを握り、バックミラーを何度も何度も確認する。

「あの黒いセダン、さっきもいませんでした?」

「同じ車種だがナンバーが違う…が、念の為三番街を回っておこう。」

 助手席のバデーニは地図を膝に置き、冷静に指示を出す。

 車は何度も同じ通りを迂回し、渋滞に紛れ、わざと開けた通りを選んで背後を確認し続ける。

 

「迂回してアジトに向かう。念には念を入れて、公安の尾行が付いていないか確認する。」

 シュミットの提案だった。知らぬ間に尾行されていた身としては、疑心暗鬼になるというものだ。

 ――フベルトは後部座席で船を漕いでいた。

 日がとっぷりと落ち、ようやくシュミットが指示した地点に着いた頃には、別方向に疲労し尽くしていた。

 オクジーは目の下に薄いクマを作り、バデーニは地図を握りつぶしている。

「……やっと着いたんですね。」

「いや、ここから歩く。念には念を、だ。」

 四人は息をひそめ、暗い裏路地へと足を踏み入れた。

 

 なんの変哲もない、配送倉庫。

 裏手の扉をノックすると内側から開き、作業着の男が顔を出す。シュミットを確認し、無言で中へ招き入れた。

 中は予想より生活感があり、荷物が煩雑に積み上がり、洗濯物が所狭しと吊るされている。

 空気に混じるわずかな硝煙の匂いが、ここがレジスタンスのアジトであることを思い出させた。

 視線を向けてくる隊員たち。

 その隙間を縫うように、小柄な影が勢いよく駆け寄ってきた。

「ドゥラカさん!」

 ドゥラカが二人に飛びつき、力いっぱい抱きしめた。

「無事だったんですね!」

「あなた達こそ!お二人とも鈍臭いから、絶対もうダメだと思ってました!」

 あんまりな言い草だ。オクジーとバデーニは複雑な心境でドゥラカの抱擁を受け入れる。

「とりあえず、今日は休むといい。紹介は明日でいいだろう。」

 シュミットが隊員に目配せし、部屋を用意させる。

 グラスの工房からここまで、丸二日間。不眠不休であった。体力も気力ももう限界だったので、ありがたい申し出であった。

「フベルトさんには、まだお聞きしたいことがある。」

 シュミットの言葉に、フベルトは静かに頷き別室に同行していった。

 バンの中で、自分たちの知っている情報はあらかた話した。シュミットはラファウと言う存在がいることを知ると、「彼こそが我々の探していた人物だ。」と断言した。

 

 オクジーとバデーニに与えられた部屋は簡素だったが、暖かい。

 扉を閉めた瞬間に緊張の糸がぷつりと解け、オクジーは簡易ベッドに倒れ込んだ。お世辞にも柔らかいとは言えないが、清潔なシーツがありがたかった。

 バデーニは向かいのベッドに腰を下ろし、顔を手で覆うようにして息をついた。

「…とんでもないことになりましたね、俺たち。」

「小説家志望の青年がレジスタンス。小説のネタとしてはアリなんじゃないか。」

 オクジーが笑う。

「そう言うバデーニさんだって。貴族で研究者で、レジスタンスなんて、設定盛りすぎです。」

 二人はしばし笑い続けた。

 しばらくして落ち着くと、バデーニがぽつりと問いかける。

「……恨むか? 大学のこと。家族に申し訳ないと言っていたろう。」

 オクジーは天井を見上げたまま、静かに首を振る。

「まさか。俺は自分で決めてここに来たんです。それに…バデーニさんだって同じでは?」

 バデーニは一瞬黙ったあと苦笑した。

「研究はどこでだってできる……と、小さい方のヨレンタさんも言っていた。どこでだってやり直してやる。私は英傑だからな。」

 オクジーも微笑む。

「……不思議ですね。こんな状況なのに、ちっとも怖くない。それどころか、落ち着いてます。」

 二人の呼吸が重なり、ゆっくりと夜が落ちていく。

 

 同じ頃。

 倉庫の一角の小部屋で、ドゥラカはラジオの前で眉根を寄せていた。

 彼女の周りには新聞や雑誌が並べられ、重要と思われる部分は切り抜いて用紙にまとめられていく。

「なんでだ…?」

 深夜の爆発。

 爆発の原因には、どの報道機関も不自然なほど言及していない。

 しかし、唯一、監視カメラ映像を分析し、原因が爆弾である可能性に触れたラジオ局があった。

 だが、その番組を担当したジャーナリストは翌日、突然の降板。

 今や、どの報道機関も芸能スキャンダルで話題は持ちきり。

 ドゥラカはペンを走らせながら、小さく呟いた。

「わざと、目を逸らさせている…?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。