眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第四十五話:裏切り

 それは、瞬く間の出来事であった。

 シュミットの号令と同時に、突如現れた特殊部隊。彼らの前に、レジスタンスは一瞬で取り押さえられた。

 あまりにもあっけない幕切れ。

 何一つ、遂行されることはなかった。レヴァンドロフスキは慟哭を漏らす。

 特殊部隊に向かって発砲したボルコが肩を撃たれて地面に倒れている。

 顔見知りの隊員達が次々に頭に銃口を突きつけられ、降伏を迫られている。

 シュミットの姿は見当たらない。逃げられたのか。

 そして、レヴァンドロフスキの恨みは、この場にいない人物に向けられる。

 フライ。

 こんなにも用意周到に自分たちの行動が読まれていたなど、心当たりは一つしかない。

 裏切りだ。

 自分とそう歳の変わらないあの青年も、自分と同じ志を持っているのかと親近感すら持っていたのに。

 後ろ手に回され、縛られた拳をギリと握り込む。

 ふと、視界の端に見覚えのある姿が映り込む。怒りのあまり幻覚でも見ているのかと思った。防護服で全身を包んでいるが、それは紛れもなくあの男だった。

「フライ!!てめぇ!!」

 衝動的に飛び掛かろうとして体を浮かすが、拘束のため叶わない。無数の銃がレヴァンドロフスキに向けられる。

 バシュッ

 鋭い音と同時に左太腿に強烈な熱さを感じ、項垂れる。

 フライの持つ銃口から白煙が上がっていた。

 あたりを見渡し、うっすらと堪えきれない笑みを見せ、フライが防護メットとゴーグルを取り外した。

「よかった。これでちゃんと一巻の終わりだ。」

 姿を現したフライを見て、隊員達が絶望の滲んだ眼差しを向けた。

「……!!何故、裏切った!?誰の命令だ!!」

「どこにも?有志だよ。強いて言うなら神と正義かな。」

 そう言うと、フライは表情から薄ら笑いを消した。

「……俺はな、ずっと憎かったんだ。貴様らみたいなクズ共がな!」

 冷静なフライが初めて見せた激しい感情に、あたりはしんと静まり返った。

 

 正義のグレーハッカー。

 フライは自分をそう称していた。

 エンジニアの才能溢れる若者は、己の技術的好奇心を満たすために様々な企業にハッキングを繰り返していた。

 自分は犯罪者ではない。

 セキュリティの盲点を突き、警告を鳴らすことで悪人からデータを守っているのだ。そう信じて疑わなかった。

 故に、自分は正義の側の人間である。

 その対象は企業にとどまらず、国へと向かう。

 今回も、システムに侵入し置き土産に可愛いイタズラを仕掛けただけだったのに。

 フライが仕掛けたのは、データを起動するとびっくり箱からピエロが飛び出すと言うコンピュータウイルスだった。害はないはずだったのに、彼の行動は境界線を超えてしまっていた。

 程なくして、彼は警察から目をつけられる。逮捕の寸前でレジスタンスの隊員に救われたのだった。

 諜報員として頭角を表したフライはレジスタンスとして活動しながら、公安からも勧誘を受ける。以後、二重スパイとして二足の草鞋を履くこととなった。

 公安とレジスタンス。

 この二つを天秤にかけた時、フライにとって重要なのは国や誰かの為ではなく、どちらが自分の正義か悪か、であった。

 今、こうしてレジスタンスを壊滅に追いやった自分は、間違いなく英雄だ。

「ククク…。」

 勝利に酔いしれた、その瞬間。

 衝撃が喉を貫く。

 何が起きたかわからないまま、フライが驚愕の表情で前のめりに倒れていく。

 木の影から硝煙が立ち上る。特殊部隊の手から逃れていたシュミットだった。

 居場所を現したシュミットに向けて、銃声が鳴り響く。

 喉を撃たれ、シュミットは一瞬よろめいた。その隙を逃さず、次の弾丸が胴体を穿つ。彼は言葉を発することなく、地に崩れ落ちた。

「優秀だったのに、残念だったなぁ。ちょーっと詰めが甘いんだよね。」

 ヤレヤレと頭をかき、ゴーグルを外したのはノヴァクであった。地に臥したフライに話しかける。

「俺の、正義は、間違って、な…。」

「はいはい。お疲れさん。」

 ノヴァクの言葉からは、何の感情も感じられなかった。   彼はもう、フライを見ていなかった。

 目の前で起きた一連の出来事を前に、レジスタンスの隊員達の戦意は完全に削がれてしまった。

 

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