眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第四十六話:ヨレンタの真実

 地下通路の中はカビ臭く、肺に膜が張ったような息苦しさだった。

 人ひとりがやっと通れる通路を、一列になって進む。明かりはカンテラひとつ。背を屈めるたび、骨が軋んだ。

 先頭を歩くバデーニが合図を出して立ち止まる。

「…道が塞がっている。最近崩落したようだな。」

 バデーニがカンテラを動かして道を確認する。土砂が積もって道を塞いでいるようだった。

 後ろに控えていた隊員が名乗り出て、スコップで土砂をかき出していく。ものの数分で通れる広さの穴を広げることができた。

 道が通じると、土に混じり、鉄くさい匂いが感じられた。薄暗い通路を照らすと、奥のひらけた場所で、黒い影が身じろぎした。

「まさか…ヨレンタさん?」

 最初に気がついたのは、オクジーだった。思わず駆け寄ると、鉄臭さが濃くなった。血だ。

 オレンジがかった金の髪は埃を被り、顔には無数のあざ。真っ赤に染まった右腕に、オクジーは目を逸らした。肘から下が、見当たらなかった。

「……ヨレンタさん!」

 か細い呼吸を繰り返しながらぐったりと倒れ込んだヨレンタに、声をかける。

 ヨレンタはうっすらと目を開くと、瞳にオクジーを写して、微笑んだ。

「またお会いできましたね…オクジーさん。地動説は、完成したのですか…?」

 彼女が口走ったのは、謎の言葉だった。

「……?そうです、オクジーです。わかりますか?」

 呼びかけに少し意識がはっきりしたのか、ヨレンタは顔を上げ、ひび割れた唇を動かした。

「ずっと……ラファ、ウ……探して……。わた、し……前世……六百……年前……。」

 地動説?…処刑?

 傷の痛みが見せた、夢だろうか。そう、思うことにした。

 オクジーは小さく首を振り、今すべきことに頭を切り替える。

「無事に、ここから生きて出ましょう。そして、その話をもっと聞かせてほしい。」

 そう言ってヨレンタを抱え、先を目指す。

 

 …………………………

 

 

 同時刻。

 外部アンテナを搭載した車両の中で、ドゥラカとフベルトが待機していた。

 作戦決行とともに無線が雑音しか拾わなくなった。

 痺れを切らしたドゥラカは無意識にドアの取手を掴んでいた。

 フベルトに短く嗜められる。

「冷静になれ。」

「でも……!」

 その時、無線機から不鮮明に届く音があった。

 オクジーの持つ無線だ。

 雑音の中に、ヨレンタという音が聞こえた気がする。咄嗟に車外へ飛び出した。

「……なに、あれ。」

 さっきまで真っ暗だった雑木林付近が、今は煌々と明かりに照らされている。

 風に混じって聞こえる、無数の銃声と、叫び声。

 足が震えだす。

 何が起こっているの。作戦では、戦闘になるのは病院潜入後だったはず。

「…計画には無い事が起こっているらしいな。」

 追いかけてきたフベルトがドゥラカの肩を叩いた。

「ごめん、フベルトさん。私行くよ。」

 フベルトも頷き、同行を申し出る。

「ああ、行こう。」

 

…………………………

 

「ここだ。ここから十時の方角に掘り進めてくれ。」

 バデーニの計算では、その先が旧病院の地下に繋がっている。

 オクジーと隊員達が道具を駆使して掘り進めていく。

 地上がどうなっているのか、という疑問は誰も口には出さなかった。知る術もなく、今自分たちがやっている事に意味があるのかすら分からない。無言でひたすら土を掘り、出てきた土砂の運搬を繰り返す。

 その間、バデーニが壁にもたれかかっていたヨレンタのそばにひざまずいた。

 崩落の現場から少し這った跡があった。片腕を失ってもまだ、彼女は生きようとした証だ。

 ヨレンタは意識を再び朦朧とさせたまま、目をうっすらと開く。

 衛生状態の良くない環境での治療は感染リスクが高い。しかし、このままではヨレンタの容体は悪化する一方だ。

「失礼します。」

 荷物の中から応急セットを取り出すと、ヨレンタにかけられていたオクジーの上着をめくる。

「……?」

 ヨレンタの指が、何か硬いものを握り込んでいるのに気がついた。

 土に汚れた、錆びた金属片。指先にわずかな凹凸が触れた。バデーニは一瞬だけそれを見つめたが、今は考えている余裕がなかった。それを彼女の手から外し、自分の上着のポケットに突っ込んだ。

「……出血は止まっている…しかし多量の出血があったと思われる…体温低下……呼吸は浅いが規則的…。」

 容体を口に出していく。

 知識はある。しかし実践などあろうはずもない。アイーダの顔が浮かんだ。

「断端は…。」

 傷口は想像以上で、バデーニは一瞬だけ目を伏せ、息を整えた。消毒されたガーゼで周りについた血液を拭うと、患部へ消毒液を垂らした。

「ぅ……。」

 ヨレンタの微かな身じろぎに、バデーニの手が止まる。

 消毒が終わると、包帯を巻いていく。どの程度巻けばいいのか、力加減は。

 不格好ながら治療が終わると、ヨレンタの震える体に上着を体にかけた。

「……あり…とう…。」

「極度の脱水症状が出ている。水、飲めますか?」

 ペットボトルの口を開け、ヨレンタに近づける。ほとんど溢れていったが、わずかに喉をこくりと鳴らした。

 ヨレンタの目には、弱々しいが僅かに光が宿っていた。

「…バデ…さん。」

「ヨレンタさん、あまり、喋らない方がいい。」

「黙っ…いて…ごめ…なさい。巻き込……でしま…。」

「いい、いいんだ。」

 バデーニが首を振る。

 ヨレンタは止まらず、乾いた声で言葉を続けた。

「ずっと…ラファ、ウ…探して……。わた、しも…前世…の、記憶……。六百…前…。」

 ゴホ、ゴホ。

 血痰がヨレンタの口元を汚す。

 彼女に残された時間は、そう多くないのかもしれない。バデーニが唇を噛み締める。

 その時。

 バデーニが、ハッとして顔を上げた。

 地下の反響に紛れて、何かが確かに聞こえた。

「オクジー君。」

 小さくオクジーを呼ぶ。

 バデーニの表情から悟ったオクジーは、素早く地面に置かれたライフル銃に手を伸ばした。

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