眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第四十七話:合流

 オクジーは目を凝らし、アサルトライフルを構えた。

 隣でバデーニが目を伏せて、耳を澄ます。通路の奥から響く――規則正しい――人の足音だ。一人ではない。おそらく、二人。

 足音に、僅かに引きずるような音が混じる。オクジーの構えたライフルの上に、バデーニが手を置いた。

「……なんで来た。」

 鋭い眼差しのまま、バデーニは通路の奥に声をかけた。

「バデーニさん?」

 暗闇から現れたのは、少女と、少し遅れて姿を見せた大男――ドゥラカとフベルトだった。

「ゴメン。でも……。」

 言葉の途中で、ドゥラカは息を呑む。

「……!?ヨレンタさん?」

 バデーニの背後に横たわる人物に気づき、ドゥラカは駆け寄った。しかし、間近でその姿を目にした瞬間、膝から崩れ落ちる。

 ヨレンタは、かすかに口の形だけで「ドゥラカさん。」と呼び、微笑んだ。

 そして、そのまま瞼を閉じた。

「ヨレ、タさん。」

「…眠っただけだ。」

 バデーニはヨレンタの腕を取り、脈を確かめながら、ドゥラカにそう告げる。

 ドゥラカは目に溜まった涙を乱暴に拭い、黙って頷いた。そして、ゆっくりと立ち上がる。

「……先ほど、地上部隊が瓦解するのを見ました。」

 ドゥラカが言った。

「公安に潜入していた隊員が裏切り、情報を流したらしい」

「……!?」

「もう持たないと思う。シュミットさんがやられて指揮系統を失い、隊員たちの戦意は消失した。退路も、ほぼ押さえられていた」

 それは、誰の耳にも明らかな絶望だった。

 作業をしていた隊員たちは手を止め、ドゥラカの言葉に耳を傾ける。誰も、言葉を挟まなかった。

 沈黙。

 その中で、オクジーが銃を地面に置き、再びスコップを手に取った。

「……進みましょう。俺たちだけで、計画を成し遂げます。」

 土を削る単調な音が響き始める。やがて、電動ドリルの音や、他のスコップの音が重なった。

「引き返したって、逃げ道はないんだ。こうなりゃ、とことんやってやろうじゃないか。」

「お前、逃げ道があったら逃げるのか!?」

「んなわけねえだろ。俺たちはレジスタンス唯一の生き残りだ!英雄になるぜ!!」

 豪快な笑い声が地下に反響する。

 オクジーも、つられるように笑った。

 胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。不思議と、スコップを握る腕が軽くなった。

 ドゥラカも掘り起こされた土をかき集め、運搬に加わる。

「バデーニ、私達はここを使おう。」

 フベルトが自らの頭を指先で叩いた。

 バデーニは頷き、掘り進められていく通路の先を見つめた。

 

 その時は、突然訪れた。

 スコップの先が、鈍い感触を返したのだ。

 今までとは明らかに違う、硬質な手応え。

 慎重に土を避けていく。

「……外壁だ。」

 隊員たちは互いに顔を見合わせ、無言で頷き合った。荷物の中から、手早くプラスチック爆弾が取り出される。

「やりましたねっ。」

 互いに顔を泥だらけにしながら、オクジーはドゥラカと拳を突き合わせた。続いて、二人はバデーニにも拳を差し出す。

「……ん。ご苦労だった。

 少し休んだら、作戦を聞いてくれ。」

 バデーニは顔をわずかに背けながら、拳を合わせた。

 地面には、病院内部の細密な見取り図が広げられている。フベルトがアジトから持ち出してきたものらしい。

「……このどこかに、ラファウがいるのですね。」

 全員で見取り図を囲む。

 赤い印が三箇所、散らばるように記されていた。病院は地下と三階建ての、コの字型の建物である。

 内部は軍人たちが警備に当たっている。フベルトからの情報だった。

 戦力を割く余裕はない。少人数で、しかも無用な衝突を避け、素早く目的を果たす必要がある。

 ラファウがいる可能性を、最も高い一点に絞らなければならなかった。

「ここだ。」

 フベルトが、そのうちの一つを指で叩いた。

 三階、東側の部屋。

「根拠は?」

「ここは、月が見える部屋だからだ。」

 フベルトの言葉には、一切の澱みがなかった。

 現在地から最も遠いその場所を目標に、最短ルートが割り出されていく。

 全員の頭に経路が入ったところで、次の段階へ移る。

 隊員の一人が起爆装置に手を掛け、離れた位置にいる全員に合図を送った。

「いくぜ。三、二、一。」

 爆破。

 低い衝撃音とともに、粉塵が舞い上がる。

 煙が収まると、人一人が屈んで通れるほどの穴が、コンクリート壁に穿たれていた。

 成功だ。

 瓦礫をどけ、鉄筋のはみ出た壁をくぐり抜ける。

 隊員たちを先頭に、続いてライフルを構えたオクジー、フベルト、ドゥラカ、最後尾にはヨレンタを背負ったバデーニ。

 病院内部に侵入した。

 中は倉庫のような空間だった。薬品名の書かれた段ボール箱が無数に積まれ、埃が舞っている。

 倉庫を抜け、扉に手をかける。

 外は消毒液の匂いが漂う廊下だった。白い照明が壁に反射し、一瞬、目が眩む。

 フベルトが足を止め、廊下の奥を見つめた。

「どうしました?」

 廊下の突き当たりには、無機質な白い扉があった。

 オクジーは目を凝らし、その扉がわずかに歪んでいることに気づく。

「あそこで、私は実験を受けていた。」

「……!!」

「昔は、毎朝あの扉を見るだけで足がすくみ、気が狂いそうだった。不思議だな。今は、気持ちが凪いでいる。」

 そう言って、フベルトは目を細める。

「急ごう。」

 促され、全員が動き出した。

 曲がり角で、軍人と鉢合わせる。

 一瞬の静止。

 銃声が二つ、重なった。

 ほとんど同時に、軍人二人が床に倒れる。

 オクジーの指は、引き金にかかったまま、動かなかった。

 隣にいた隊員が、ちらりとオクジーを見る。

「……お前はそのままでいろ。撃つのは俺たちがやる。」

 そう言って、隊員は微笑んだ。

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