オクジーは目を凝らし、アサルトライフルを構えた。
隣でバデーニが目を伏せて、耳を澄ます。通路の奥から響く――規則正しい――人の足音だ。一人ではない。おそらく、二人。
足音に、僅かに引きずるような音が混じる。オクジーの構えたライフルの上に、バデーニが手を置いた。
「……なんで来た。」
鋭い眼差しのまま、バデーニは通路の奥に声をかけた。
「バデーニさん?」
暗闇から現れたのは、少女と、少し遅れて姿を見せた大男――ドゥラカとフベルトだった。
「ゴメン。でも……。」
言葉の途中で、ドゥラカは息を呑む。
「……!?ヨレンタさん?」
バデーニの背後に横たわる人物に気づき、ドゥラカは駆け寄った。しかし、間近でその姿を目にした瞬間、膝から崩れ落ちる。
ヨレンタは、かすかに口の形だけで「ドゥラカさん。」と呼び、微笑んだ。
そして、そのまま瞼を閉じた。
「ヨレ、タさん。」
「…眠っただけだ。」
バデーニはヨレンタの腕を取り、脈を確かめながら、ドゥラカにそう告げる。
ドゥラカは目に溜まった涙を乱暴に拭い、黙って頷いた。そして、ゆっくりと立ち上がる。
「……先ほど、地上部隊が瓦解するのを見ました。」
ドゥラカが言った。
「公安に潜入していた隊員が裏切り、情報を流したらしい」
「……!?」
「もう持たないと思う。シュミットさんがやられて指揮系統を失い、隊員たちの戦意は消失した。退路も、ほぼ押さえられていた」
それは、誰の耳にも明らかな絶望だった。
作業をしていた隊員たちは手を止め、ドゥラカの言葉に耳を傾ける。誰も、言葉を挟まなかった。
沈黙。
その中で、オクジーが銃を地面に置き、再びスコップを手に取った。
「……進みましょう。俺たちだけで、計画を成し遂げます。」
土を削る単調な音が響き始める。やがて、電動ドリルの音や、他のスコップの音が重なった。
「引き返したって、逃げ道はないんだ。こうなりゃ、とことんやってやろうじゃないか。」
「お前、逃げ道があったら逃げるのか!?」
「んなわけねえだろ。俺たちはレジスタンス唯一の生き残りだ!英雄になるぜ!!」
豪快な笑い声が地下に反響する。
オクジーも、つられるように笑った。
胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。不思議と、スコップを握る腕が軽くなった。
ドゥラカも掘り起こされた土をかき集め、運搬に加わる。
「バデーニ、私達はここを使おう。」
フベルトが自らの頭を指先で叩いた。
バデーニは頷き、掘り進められていく通路の先を見つめた。
その時は、突然訪れた。
スコップの先が、鈍い感触を返したのだ。
今までとは明らかに違う、硬質な手応え。
慎重に土を避けていく。
「……外壁だ。」
隊員たちは互いに顔を見合わせ、無言で頷き合った。荷物の中から、手早くプラスチック爆弾が取り出される。
「やりましたねっ。」
互いに顔を泥だらけにしながら、オクジーはドゥラカと拳を突き合わせた。続いて、二人はバデーニにも拳を差し出す。
「……ん。ご苦労だった。
少し休んだら、作戦を聞いてくれ。」
バデーニは顔をわずかに背けながら、拳を合わせた。
地面には、病院内部の細密な見取り図が広げられている。フベルトがアジトから持ち出してきたものらしい。
「……このどこかに、ラファウがいるのですね。」
全員で見取り図を囲む。
赤い印が三箇所、散らばるように記されていた。病院は地下と三階建ての、コの字型の建物である。
内部は軍人たちが警備に当たっている。フベルトからの情報だった。
戦力を割く余裕はない。少人数で、しかも無用な衝突を避け、素早く目的を果たす必要がある。
ラファウがいる可能性を、最も高い一点に絞らなければならなかった。
「ここだ。」
フベルトが、そのうちの一つを指で叩いた。
三階、東側の部屋。
「根拠は?」
「ここは、月が見える部屋だからだ。」
フベルトの言葉には、一切の澱みがなかった。
現在地から最も遠いその場所を目標に、最短ルートが割り出されていく。
全員の頭に経路が入ったところで、次の段階へ移る。
隊員の一人が起爆装置に手を掛け、離れた位置にいる全員に合図を送った。
「いくぜ。三、二、一。」
爆破。
低い衝撃音とともに、粉塵が舞い上がる。
煙が収まると、人一人が屈んで通れるほどの穴が、コンクリート壁に穿たれていた。
成功だ。
瓦礫をどけ、鉄筋のはみ出た壁をくぐり抜ける。
隊員たちを先頭に、続いてライフルを構えたオクジー、フベルト、ドゥラカ、最後尾にはヨレンタを背負ったバデーニ。
病院内部に侵入した。
中は倉庫のような空間だった。薬品名の書かれた段ボール箱が無数に積まれ、埃が舞っている。
倉庫を抜け、扉に手をかける。
外は消毒液の匂いが漂う廊下だった。白い照明が壁に反射し、一瞬、目が眩む。
フベルトが足を止め、廊下の奥を見つめた。
「どうしました?」
廊下の突き当たりには、無機質な白い扉があった。
オクジーは目を凝らし、その扉がわずかに歪んでいることに気づく。
「あそこで、私は実験を受けていた。」
「……!!」
「昔は、毎朝あの扉を見るだけで足がすくみ、気が狂いそうだった。不思議だな。今は、気持ちが凪いでいる。」
そう言って、フベルトは目を細める。
「急ごう。」
促され、全員が動き出した。
曲がり角で、軍人と鉢合わせる。
一瞬の静止。
銃声が二つ、重なった。
ほとんど同時に、軍人二人が床に倒れる。
オクジーの指は、引き金にかかったまま、動かなかった。
隣にいた隊員が、ちらりとオクジーを見る。
「……お前はそのままでいろ。撃つのは俺たちがやる。」
そう言って、隊員は微笑んだ。