眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第四十八話:贖罪

 少数で動いたことが功を奏したのか、それとも病院の外の騒ぎに意識を取られていたのか。

 数度の小競り合いはあったものの、一行は想定よりも早く目的地に辿り着いた。

 軍人たちの遺体は、発見を遅らせるために物陰へと引きずり込まれている。

 銃を構え、合図と同時に扉を蹴破った。

 一瞬、部屋の主が目を見開く。

 机に向かっていた少年は、ゆっくりと立ち上がる。その背後の窓から、高みに昇った満月が覗いていた。

 

「君が、ラファウなのか?」

 問いかけに、少年は一拍置いて頷く。

 月光に照らされた金髪と、澄んだ青い瞳。

「そうですよ。」

 声は高く、落ち着いていた。

「悪いが、俺たちと来てもらう。」

 隊員が銃口を向け、低い声で告げる。

 だがラファウは、肩をすくめるようにして言った。

「困るなあ。今、資料をまとめている途中なんです。

 アントニさんに叱られてしまう。」

 場違いなほど、のんびりした口調だった。

「……やっぱり、アントニと繋がってる。」

 ドゥラカが密かに喉を鳴らす。

 ラファウは一瞬だけ顔を歪め、すぐに不機嫌そうに眉を寄せた。

「神に認められた、僕の崇高な研究です。

 それを理解できない者が、僕の時間を奪う権利はありません。」

 その言葉に、部屋の空気が変わる。

 傲慢。

 彼の言葉には揺るぎがない。

 背筋を撫でる寒気は、武器を持たない少年のものではなかった。

「……傲慢さや、過度な欲望は――。」

 静かな声が、背後から割って入る。

「――イカロスのような破滅を招くわ。」

 バデーニの背後で、ヨレンタが目を覚ましていた。彼の背から降りると、ヨレンタはラファウをまっすぐな視線で射抜いた。

 先ほどまで瀕死だったとは思えないほど、彼女の足取りは確かだった。

 その姿を見た瞬間、バデーニは悟る。これが、彼女の最後の時間なのかと。

「あなたは……僕と同じ、ですね?」

 ラファウの問いに、ヨレンタは一瞬だけ目を伏せたあと、静かに頷いた。

「やっぱり!」

 ラファウは、心から嬉しそうに笑った。それは歓迎の笑みであり、確信の笑みだった。

「やっと会えた。特別な存在に。」

 その言い方に、バデーニの眉がわずかに動く。

「……違うわ。」

 ヨレンタの声は、掠れていた。

「私は、罰を受けているだけ。」

ラファウはきょとんと目を瞬かせる。

「罰?どうして?」

「間違えたからよ。だから…あなたをここから降ろしにきたの。」

 一歩、踏み出す。

「あなたが利用している既得権益者達は多くの不幸を生んでる。もう、終わらせましょう。」

 一瞬、ラファウの笑みが消えた。

「……おかしなことを言いますね。」

 冷えた声で、ラファウが返す。

「惑星が美しい軌道を描くように、太陽が宇宙の中心であるように、神の御技はとても美しい。」

 ラファウの演説に、ぞわり、とその場の空気が軋んだ。

「神が意味なく別の肉体に同じ記憶を与えるはずがない。僕は、だから知りたいんだ。」

 ラファウは目の前の何かを強く握りしめる。

「それが、何を指しているのかを。」

 ドゥラカが、一歩前に出た。

「あなたのお父さん…ポトツキさんを殺したのも、神ってやつの思し召しな訳?」

「……?」

「あなたに繋がる痕跡を消すために消されたの。あなたが利用してる奴は、手段を選ばないらしい。」

 初めて、ラファウの呼吸が乱れた。情報としては理解できるはずなのに、思考が先へ進まない。

「……ポトツキさん……嘘、だ。」

「…知らなかったの?」

 ドゥラカの言葉が、ラファウに刺さる。

 ラファウは何かを言い出そうとして――できないでいた。

「久しぶりだな。ラファウ。」

 不意にかけられた言葉に、ラファウは視線を上げた。扉の向こうから現れた男の姿を見た瞬間、息を詰まらせる。

「……フベルトさん……?」

 ラファウの胸に、永い時間が一気に押し寄せた。

 泣き笑いのような表情で、ラファウは一歩、前に出る。

「もしかして、記憶が戻ったんですか?」

 縋るような声だった。

 フベルトは答えない。

 ただ、静かにラファウを見つめている。

「そのために来たんでしょう?僕と同じ場所に立つために……。」

 その言葉を遮るように、フベルトが口を開いた。

「違う。」

 短く、はっきりと言い放つ。

「記憶は戻っていない。お前の実験は失敗だ。」

「……じゃあ、なぜ戻って来たんです。」

「君の、知への暴走を、止めるためだ。」

 ラファウの胸の奥で、何かが崩れ落ちた。

 理解者足り得る、唯一の存在だと思っていたのに。フベルトの言葉は、ラファウにとって拒絶だった。

 守るつもりでいた養父の死。

 それらが同時に重なって、のしかかる。

「……じゃあ、僕は……」

 声が、かすれる。

 神に選ばれた特別な存在。

 そう信じていなければ、六百年の孤独に耐えられなかった。

 自分の存在には意味があるのだと、自分に言い聞かせ続けてきた。

 もしそれが――ヨレンタの言うように、罰なのだと認めてしまえば。

「――僕は、何者なんだ?」

 ヨレンタが静かに口を開いた。

「六百年前…私は自らの命を絶った。仲間と、感動を守るため。後悔はしていない。」

 ラファウが、ゆっくりと彼女を見る。

「……でも、後に生を受けて、自分に今とは違う記憶があると気づいた時。……神は私の行いをお許しにならなかったのだと思った。私は多くの命を死地に向かわせ、自分で生を終わらせたのだから。」

 死んだら魂は神の御許に行くはずでは。

 なのに、私は何度もこの世界に引き戻された。

 これは贖罪だ。

 なら、私のすべきことは何なのか。

「あなたの存在を知った時、これが私に課せられた使命なのだと思った。」

 ラファウの視線が揺れる。

 六百年前のあの日。

 僕は自ら毒をあおった。

 ラファウの中で、世界の前提が、音を立てて軋み始めていた。

 フベルトはその姿を見届け、くるりと踵を返した。

「……私の目的は果たした。」

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