眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第四十九話:祈り

 廊下の奥から足音が押し寄せる。規則正しい靴音と金属の擦れる気配。

 扉が開き、軍人たちが一斉に部屋を包囲した。

 最後に、悠然とした足取りで現れた男がいた。

「何やら騒がしいと思ったら。ネズミの侵入を許すとは、外の連中は何をしている。」

 男――アントニは外に一瞥だけくれて、命じた。

「少年は保護。それ以外は殺せ。」

 軍人たちの銃口が、即座にオクジーたちへ向けられる。

「……アントニさん。」

 ラファウが、ふらりと一歩前に出た。俯いたまま、その表情は見えない。

「どういうことですか。ポトツキさんのこと。」

「お前の養父か。」

 アントニは、ほんの一瞬だけ眉を上げ、肩をすくめた。

「十分に金は与えてやった。それでも、いつまでも息子に縋りついていた。」

 淡々と事実を並べる。そこに感情はない。

「本当は、もっと早く消すつもりだったが――。」

 アントニの視線が、ラファウを射抜く。

「お前が言うことを聞かなくなった時の、切り札として残しておいた。それが仇になったな。」

 部屋が、静まり返る。

 ラファウは俯いたまま、一呼吸。

 それから、ゆっくりと顔を上げた。

「……そうですか。」

 その声は、驚くほど冷静だった。

 ラファウは振り返り、オクジーの手元から銃を掴み取った。

「――!」

 誰かが叫ぶより早く、引き金が引かれた。銃声と共に、反動に体が弾かれ、ラファウは床に崩れ込む。

 銃弾はアントニの肩をかすめ、壁を撃ち抜く。

「なっ――何をしている!」

 アントニが叫んだ。

「私を守れ!早く!」

 軍人たちの視線が、一瞬、彷徨う。

 保護対象であるラファウ。だが、その本人が銃を撃った。

 命令の優先順位が崩れる。

 その隙を逃さず、隊員の一人が引き金を引いた。

 続けざまに銃声が重なり、アントニの周囲を固めていた軍人達が倒れ込む。

 場は、混戦を極めた。

「行け!」

 叫び声と同時に、オクジーは首元を掴まれ、力尽くで床に伏せさせられる。

 ハッと我に返った一行は身を低くし、通路へと滑り込んだ。

 背後で、誰かの怒号が響いていた。

 一度だけ振り返った先に、座り込み、月を見上げる少年の後ろ姿があった。

 

 病院の倉庫と地下通路をつなぐ穴の前で、オクジーたちは隊員たちの帰還を待った。

 しかし、時間が経っても彼らは現れなかった。

 ヨレンタは倉庫の壁に寄りかかり、静かに呼吸を繰り返している。

 顔色は落ち着き、傷や疲労の色を残しながらも、瞳には穏やかな光が宿っている。

 ドゥラカはそっと隣に座り、ヨレンタの手を握った。

 冷たくなっていく指先は、もはや握り返すこともなく、ただ静かにその時を待っている。

 オクジーとバデーニは、傍らで見守るしかなかった。

 ヨレンタがかすかに唇を動かす。声は掠れ、言葉は聞き取れない。

 ドゥラカは耳を澄ませ、彼女の最後の意志を胸に刻むように静かに頷いた。

 やがて、ヨレンタの呼吸が途絶える。

 その表情には、安堵と満足が混じっていた。

 静寂の中、ドゥラカは小さく頭を垂れ、心の中で祈った。

「安らかであれ。」

 バデーニが呟いた祈りの言葉が、暗闇にそっと溶けていった。

 オクジーとドゥラカ、バデーニで土を丁寧に掘り返す。

 ヨレンタの身体は地下通路の隅に静かに埋められた。

 砂をかぶせ、全員で再び彼女の安らぎを願った。

 

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