廊下の奥から足音が押し寄せる。規則正しい靴音と金属の擦れる気配。
扉が開き、軍人たちが一斉に部屋を包囲した。
最後に、悠然とした足取りで現れた男がいた。
「何やら騒がしいと思ったら。ネズミの侵入を許すとは、外の連中は何をしている。」
男――アントニは外に一瞥だけくれて、命じた。
「少年は保護。それ以外は殺せ。」
軍人たちの銃口が、即座にオクジーたちへ向けられる。
「……アントニさん。」
ラファウが、ふらりと一歩前に出た。俯いたまま、その表情は見えない。
「どういうことですか。ポトツキさんのこと。」
「お前の養父か。」
アントニは、ほんの一瞬だけ眉を上げ、肩をすくめた。
「十分に金は与えてやった。それでも、いつまでも息子に縋りついていた。」
淡々と事実を並べる。そこに感情はない。
「本当は、もっと早く消すつもりだったが――。」
アントニの視線が、ラファウを射抜く。
「お前が言うことを聞かなくなった時の、切り札として残しておいた。それが仇になったな。」
部屋が、静まり返る。
ラファウは俯いたまま、一呼吸。
それから、ゆっくりと顔を上げた。
「……そうですか。」
その声は、驚くほど冷静だった。
ラファウは振り返り、オクジーの手元から銃を掴み取った。
「――!」
誰かが叫ぶより早く、引き金が引かれた。銃声と共に、反動に体が弾かれ、ラファウは床に崩れ込む。
銃弾はアントニの肩をかすめ、壁を撃ち抜く。
「なっ――何をしている!」
アントニが叫んだ。
「私を守れ!早く!」
軍人たちの視線が、一瞬、彷徨う。
保護対象であるラファウ。だが、その本人が銃を撃った。
命令の優先順位が崩れる。
その隙を逃さず、隊員の一人が引き金を引いた。
続けざまに銃声が重なり、アントニの周囲を固めていた軍人達が倒れ込む。
場は、混戦を極めた。
「行け!」
叫び声と同時に、オクジーは首元を掴まれ、力尽くで床に伏せさせられる。
ハッと我に返った一行は身を低くし、通路へと滑り込んだ。
背後で、誰かの怒号が響いていた。
一度だけ振り返った先に、座り込み、月を見上げる少年の後ろ姿があった。
病院の倉庫と地下通路をつなぐ穴の前で、オクジーたちは隊員たちの帰還を待った。
しかし、時間が経っても彼らは現れなかった。
ヨレンタは倉庫の壁に寄りかかり、静かに呼吸を繰り返している。
顔色は落ち着き、傷や疲労の色を残しながらも、瞳には穏やかな光が宿っている。
ドゥラカはそっと隣に座り、ヨレンタの手を握った。
冷たくなっていく指先は、もはや握り返すこともなく、ただ静かにその時を待っている。
オクジーとバデーニは、傍らで見守るしかなかった。
ヨレンタがかすかに唇を動かす。声は掠れ、言葉は聞き取れない。
ドゥラカは耳を澄ませ、彼女の最後の意志を胸に刻むように静かに頷いた。
やがて、ヨレンタの呼吸が途絶える。
その表情には、安堵と満足が混じっていた。
静寂の中、ドゥラカは小さく頭を垂れ、心の中で祈った。
「安らかであれ。」
バデーニが呟いた祈りの言葉が、暗闇にそっと溶けていった。
オクジーとドゥラカ、バデーニで土を丁寧に掘り返す。
ヨレンタの身体は地下通路の隅に静かに埋められた。
砂をかぶせ、全員で再び彼女の安らぎを願った。