眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第五十話:帰還

 地下通路を抜け出したオクジーたちは、ある場所を目指していた。

 雑木林の枝の隙間から、朝日が差し込んでいた。

 昨夜の戦闘がまるで幻だったかのように、森は静けさを取り戻している。

 通路の入り口は巧みに隠されており、特殊部隊の目に触れることはなかったようだ。

「地下部隊にいた人が、私たちを見つけてここまで案内してくれたんです。」

 ドゥラカは、自分たちがここに辿り着いた経緯を語った。

 改めて思う。

 レジスタンスの仲間がいなければ、今の自分は存在していなかった。

 繋いでくれた命の糸を、途絶えさせてはいけない。

「アントニは用心深い男です。自分にとって邪魔になる者は、何としても排除するでしょう。」

 オクジーたちはまだ、安全を確信できる状況にはない。

 朝日の作る影に身を隠しながら、彼らが目指したのは――グラスの工房だった。

 

「……おかえり、オクジー君。」

 オクジー達の突然の来訪に、グラスは柔らかな声で出迎えた。

「すみません、他に頼れる人がいなくて。」

「いやいや、頼りにされるのは悪くない。……よく無事に戻ったね。」

 グラスはニコニコとオクジー達を工房に迎え入れた。久方ぶりの石油ストーブの匂いに、安堵のため息が出た。

 ドゥラカが一歩前に出て、頭を下げる。

「初めまして、ドゥラカです。お世話になります。」

「アイーダさんのところの子だね。後で顔を見せてやるといい。彼も随分と心配していたよ。」

 フベルトはグラスと顔を合わせると、小さく頭を下げた。

「やるべきことは、叶ったのか?」

「ああ。……たった今やったよ。」

 フベルトの視線の先には、オクジー、ドゥラカ、バデーニの三人がいる。

 傷だらけで、疲弊し、泥だらけの若者達。彼らの姿は、フベルトの目には未来そのもののように映っている。

 

 グラスの工房で、全員が頭を突き合わせる形で作戦会議が開かれた。

「……アントニは、あらゆる手を使ってお前たちを探し出そうとするだろうな。」

 これまでの経緯を聞いたグラスは、皆が抱いていた不安を、そのまま言葉にした。

 場に、重苦しい沈黙が落ちる。

 ヨレンタを危険人物として祭り上げ、公安に追わせていたのも、おそらくアントニだ。

 政治、宗教、報道機関。

 彼の息がかかっている組織は、あまりにも多い。

 こんな巨大な権力に、反撃の糸口などあるのだろうか。

 誰もが答えを見つけられずにいた。

 その時。

 

「やめだ、やめだ!」

 

 突然、グラスが大きな声を上げた。

「全員、今日は休め!」

 グラスが強引にその場の解散を言い出した。

 「でも…。」

 オクジーが言いかける。

 立て続けに起こった出来事を思えば、休む気になれないのも無理はない。

 だがグラスは、はっきりと言い切った。

「寝て、食って、満たされた時に、心ってのはようやく動き出すんだ。それが生きてる者の特権だ。」

 ニッカリと笑うグラスの言葉には、妙な説得力がある。 

 誰も、それ以上反論できなかった。

 

 …………………………

 

 熱いシャワーを浴びて部屋に戻ったバデーニは、部屋の隅のオクジーの背中に気づいた。

 机に向かい、何かを熱心に書き続けている。

 思わず覗き込み、バデーニはハッとする。以前も、同じ事をして、随分と反省する羽目になった。

 だがオクジーは気分を害した様子もなく、ペンを動かしたまま背後に語りかけた。

「……今までのことを、文章に残してるんです。こうして書いていると、頭が整理されて、落ち着くんです。」

 以前、オクジーが持っていたノートは、公安の手に渡ってしまった。

 ノヴァクが尋問で彼の家族の話を持ち出したのも、あのノートの内容を利用した可能性が高い。

 その瞬間。

 バデーニの中で、何かが弾けた。

 

「よし! よし! よし! よし!」

 

 拳を痛めるほど壁を叩き始める奇行に、オクジーはぎょっとして振り返る。

「な、何してるんですか!?」

「行けるかもしれん……!」

 バデーニは両手を合わせ、祈るように、しかし確信を込めて呟いた。

 反撃の糸口は、ここにあった。

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