眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第五十二話:眼の日記

 それはある日、ネット上の匿名掲示板に投稿された短い文章だった。

 誰かの独り言のようで、記録の断片のようでもあった。

 

 短い文が並ぶ。

 数人の目に留まったが、反応は残されなかった。

 閲覧数は伸びない。

 意味を見出すには材料が少なすぎた。

 

 数日後。

 別の掲示板によく似た文体の文章が投稿された。

 さらに別の場所でも。

 文章が、さまざまな場所で現れ始めた。

 

「これ、同じ人物の文章じゃないか?」

「誰かの日記みたいだな。」

 

 しかし。

 騒ぐには弱く、話題性に乏しい。

 そのつぶやきも押し寄せる情報の波に飲まれ、瞬く間に見えなくなっていった。

 

 さらに数日の沈黙の後、変化が起きた。

 

 かつてラジオ局でジャーナリストをしていたという配信者が、私的な配信動画の中で、ふと口にした。

 

「最近、気になる文章を見かけますね。……意味は、よく分からないんですけど。気になるっていうか。」

 

 たったそれだけ。

 ただの雑談。

 だが、何気ないその一言が、リスナーの好奇心を呼び起こした。

 多くの者が自分の目で確かめ始めた。

 

 文章を探し出し、読んだ者が引用して再投稿する。

 次第に多くの者の目に触れられるようになる。

 それの持つ不思議な魅力に、取り憑かれていく。

 文章は瑞々しく、視点は飾らない。

 けれど読まずにはいられない。

 読むものの心に訴えかける何かがある。

 

 それが、静かな熱を生んだ。

 

 誰かが断片を集め、

 誰かが順序を仮定し、

 誰かが時系列を組み立てる。

 

 点は線になり、線は形を持ち始める。

 

 最初の投稿者のアカウント名が「眼」を意味していたことから、それらは、いつしかこう呼ばれるようになった。

 

 『眼の日記』

 

 誰が書いたのか。

 暗号ではないか。

 記録か。

 予言か。

 

 推測が飛び交い始めた、その頃。

 

 当局が動いた。

 

 あっという間に投稿は削除され、関連する語句が検索結果から消えた。

 理由は、虚偽。

 危険思想。

 社会不安を煽るため。

 

 だが、その対応が裏目に出る。

 人が持つ、知りたいという欲求に火をつけた。

 かえって注目される結果となったのだ。

 

 削除された文章のスクリーンショットが出回っては消されることを繰り返す、イタチごっこが始まった。

 

 テレビや新聞は沈黙し、触れなかった。

 その沈黙が、さらなる燃料となった。

 

 拡散、拡散、拡散……。

 もはや、感染。

 疑問は増殖する。

 規制は証明となり、否定は注目を集めていく。

 

 文章の中に「権力者の影」を見つけ出す者が現れ、実際の事件や事故が取り上げられて、事実と照らし合わされていく。

 

 候補は、自然と、絞られていった。

 

 読者たちは証拠を粗探しし、まとめを作り、配信し、皮肉とパロディで扱い始める。

 

 誰が制御しているのか、もはや分からない。

 眼の日記は、いつの間にか――誰の手にも負えない怪獣へと変貌していった。

 

 名を挙げられた既得権益者たちは、怯えた。

 距離を取り、縁を切り、保身に走る。

 

 権力に寄り添うことで得ていた利益は、静かに、しかし確実に破綻していった。

 

 もう、眼は開かれてしまった。

 

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