眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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眼の日記/前日譚 奪われたものたちへ6 同志

 

 人魚姫を失ったギャングは、組織としての統制を失い、静かに瓦解していった。

 大元である警察の上層部は事の発覚を恐れて沈黙を貫く。

 これまで手足のように操ってきたというのに、最初から関係なかったかのように連絡を断ち、断絶する。切り捨てられたギャングの末路は、路頭に迷うことだった。

 ギャングたちは繁華街に流れ込み、至る所でたむろし始める。

 新しい仕事にありつく者もいたが、小さな町の繁華街に多くの求人があるはずもなく、殆どの者はやることを無くして昼間から酒に浸り、諍いを起こした。

 そんな頃、彼らの中に噂話が立ち上がり始めた。

 グラジナの店に出入りしている女のところへ行けば、この最悪な状況を何とかしてくれるらしい、というのだ。

末端だった連中が、今はその女の元で働いているのを見た――そんな話を、誰かが持ち出した。

 ひとり、またひとりと、人がグラジナの店に集まりだした。

 

「……なんかこの店、変わった?」

 暫くぶりに店に顔を出したヨレンタとシュミットが、視線を巡らす。

 建具や物の置き場所が変わったとかではない。なんとなく、店が明るいのだ。

「……」

 店内ではいつもの定位置、カウンターに女主人。そばかすの女給の他、レヴァンドロフスキの姿があった。

 手には薄汚れた布を持っている。

「よう」

 レヴァンドロフスキが汗の浮いた額を拭う。

 以前は埃の積もっていた酒瓶やグラスはぴかぴかにされ、ヤニの染みついた壁は磨かれている。部屋の隅には埃ひとつない。

「……意外な特技があったんだな。お前」

 シュミットは感心しながらレヴァンドロフスキに話しかけた。

「ほれ、アンタに用があるっていう連中の連絡先だよ」

「ありがとう」

 グラジナの手から束になったメモを受け取り、ヨレンタが一枚一枚確認していく。

 ここまでで、かなりの人数が集まってきている。

「ヨレンタという女がいるのは、ここか」

 カラン、とベルを鳴らして男が入って来る。

「ああ、そこに――」

 レヴァンドロフスキがヨレンタを示しかけた手をピタと止める。

 見覚えのある顔に硬直する。

「お前、ヤ」

 言いかけた言葉より速く、男が包帯の巻かれた右手をまっすぐにヨレンタに向ける。

「お前のせいでお前のせいでお前のせいで!!」

 血走った目と不自然に引き攣った口角で、涎を撒き散らす。

 巻かれた包帯の隙間から、鈍い金属の色が覗いた。

 ヤンの視線は、真っ直ぐにヨレンタを射抜いている。

 

——間に合わない。

 

ズン。

 

 銃声が遅れて、耳に届いた。

 倒れたのは、ヤンだった。

 額にめり込んだ銃弾が、全てを終わらせたことを悟らせた。

 シュミットの猟銃から、白煙が立ち上っている。

 殺すと決めて、引き金を引いた。

 後悔はなかった。

「……」

 ヨレンタは、倒れた男を見ていた。それから、猟銃を下ろしたシュミットを見る。

 何も言わない。

 視線を逸らさなかった。

 

 数日後。

 グラジナの店に、かつてのギャングたちが集っていた。

 照明の下に、ヨレンタは立つ。

 数歩引いたところで、シュミットは彼女を見守っていた。

 ヨレンタは、自分の言葉が彼らをどこへ連れていくのかを思い、わずかに唇を噛んだ。

 けれど、もう、進まないといけない。

 一度、小さく息を吸う。

「……私は、貴方たちのことを同志だと思ってる」

 権力に翻弄され、奪われた経験をした者たちがここに集っている。全ての目が、ヨレンタを見ていた。

「声を失った者のための、組織を作ろう。奪われた自由と人生を取り戻すための」

 ヨレンタの声は店内によく響き、聞く者の心を魅了した。

「おぅ!」

 レヴァンドロフスキのひと声をきっかけに、かつてギャングだった人々が頷きあう。

 ヨレンタが表情を緩ませ、張り詰めていた息を吐く姿を、シュミットだけが見ていた。

 彼女の隣に立ち続けたいと思った。

 同志であることを選んだ以上、自分には許されないと分かっていても。

 カウンターではグラジナと女給がその姿を眺めていた。

「……アンタ、変わったわね」

 ずっとひとりでいた女の周りには、今やこんなにも人が増えた。

 

 この日、ヨレンタを長とするレジスタンスが立ち上がったのだ。

 

 …………………………

 

 十三年後。

 記憶の沼に浸っていたシュミットは、ヨレンタの声に意識を浮かび上がらせた。

「ねぇ、また、あれやってくれない?」

 ヨレンタが両手を広げてシュミットを促している。

「――は?……あれ、とは」

 シュミットの胸が、熱くなる。

 はるか昔に抱きしめた時の体温が思い出された。

「あれ。ほら、昔のように呼び捨てで呼んで欲しいな。喋り口調も前みたいに」

 レジスタンスを立ち上げた後。

 シュミットは組織長としての格を落とすわけにはいかないと、ヨレンタへの喋り口調を改めた。今やすっかり定着した話し方だったが、当時はなかなか慣れず、こそばゆく感じたものだ。

「戯れはやめていただきたい」

 辞退する。

 残念がるヨレンタに、シュミットは彼女をまっすぐに見つめる。

 少しだけ、熱を込めて。

「……あの時。

 レジスタンスという籠があれば、貴方がどこにも行かず、俺はそばにいられると思った」

 いつになく真剣なシュミットの視線に、ヨレンタは微笑みで返す。

「私はいつもそばにいるでしょう。だって、私たちは……」

「同志、ですからな」

 シュミットは目を閉じて、静かに頷いた。

 探偵事務所の中で過ごす彼女の姿を見て、シュミットは、それが続けばいいと思った。

 

 おしまい




これで眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録シリーズはおしまいです。
初めて書いた長編の小説でした。
チ。と言う素晴らしい作品に会えた事をきっかけに、人生初めての二次創作をはじめました。
読みづらいところや間違っているところもあるかもしれませんが、これが自分の今持てる力です。

今後は短編や中編を書いていく予定ですので、よろしければ今後ともお付き合いよろしくお願いします。
では!
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