眼の日記/ヨレンタ探偵事務所事件録   作:すう

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第六話:晩餐

「コハンスキ君、喜んでくれて良かったですね。」

 事務所に向かって歩きながら、オクジーは呟いた。

 建物の壁に囲まれた広場から一歩外へ出ると、夕暮れの明るい光に包まれた大通りに出た。先ほどの細い道とは打って変わって、帰宅を急ぐ人や観光客で賑わっていた。車の通りも多く、行き交う人の声やクラクションが入り混じり、喧騒が響く。

 バデーニは考え込んでいる様子でぶつぶつと独り言を漏らしている。

「…ラファウ…?どこかで…。」

「え?」

「…いや、何でもない。それよりもオクジー君。何のつもりだ」

 バデーニが言うのは、オクジーの立ち位置だ。バデーニの死角、右側に立ち、人混みを避けながら誘導するように半歩前を歩く。

「いや、バデーニさん片目が見えなくて歩きにくそうだったから、歩調を合わせた方が歩きやすいんじゃないかと思って。」

「は?」

「あ、そこ段差あります。…もしかしていらぬお世話だったりしますか…?」

「……勝手にしろ。」

「良かったです。さあ、帰りましょう。」

 2人の背後に、同じ長さの影が伸びている。猫の重みが消え、オクジーの気持ちは軽い。もうすぐ日が暮れる。

 

 …………………………

 

「おかえりなさい。うまくいきました?」

 事務所に着くと、エプロンを身につけたドゥラカが出迎えてくれた。所長はまだ帰っていない様子だった。

「はい、飼い主に喜んでもらえました。…すごい!こんな短時間で元通りですね。」

 ドゥラカが鼻高々に胸を張る。

「ハウスキーパーのバイトしてたことあるんで、お手のもんです。」

「へー、…あれ?なんか…。」

 なんだか鼻腔をくすぐるいい匂いがする。食欲をそそる酸味と燻製肉の香り。もしかして。

「ジュレック?」

 ジュレックは一般的な家庭でよく食べられる定番のスープだ。地方によって味付けや具材が異なる。

「はい。オクジーさんが東部の出身と聞いたんで、それに合わせた味付けにしてみました!」

「まじすか!」

 田舎から出てきてはや数年、金欠に喘ぐ毎日のため里帰りもままならず、年々故郷の味への想いが募っていたところだ。

 事務所奥の小さなキッチンを覗くと、ガスコンロに大きな鍋が乗っている。暖かな湯気がふんわり立ち上り、鍋の向こうの景色を霞ませた。

 サワークリームで酸味を効かせ、ベーコンの匂いが食欲をそそる。思わずごくりと喉が鳴る。

「こ、これ、食べていいんですか?」

「はい、もちろん!一食につき、十ズウォティです♪」

「金、取るんですね…。」

「いつもならね。今日はオクジーさんの歓迎会だから、ヨレンタさんから材料費諸々いただいてるので、無料です。」

「え!歓迎会?」

 まさかそんな催しを開いてもらえるとは思っておらず、嬉しいやら恥ずかしいやらで情緒が忙しい。

「そろそろヨレンタさんも帰ってくる頃だと思うんで、本日のゲストにお願いして申し訳ないんですけど、準備手伝ってもらえます?」

 その言葉通り、所長が入り口から顔を出す。

「あらいい匂い。みんなもう揃ってるの?飲み物買ってきたから、みんなでいただきましょう。」

「ヨレンタさん、おかえりなさい。わーいお酒。」

 ドゥラカが喜んでヨレンタから荷物を受け取る。早速中身を覗き込んで歓声をあげる。ズブロッカやビール、リンゴジュースを事務所の客用テーブルに並べていく。

「君は未成年だろう。」

 人数分のカトラリーを用意していたバデーニがピシャリと言い放つ。

「ちぇ、硬いなぁ。」

 所長の登場で、場が一気に和やかになる。テーブルに次々と料理が運ばれると、あっという間に歓迎会の会場となる。

 

「では、新たに仲間に加わったオクジーさんの門出を祝して!」

「「乾杯!」」

 

 具沢山のジュレック。じゃがいもとカッテージチーズのピエロギ、付け合わせのザワークラウト。こんがり焼かれて焦げ目がついたライ麦パン。

 食にあまりお金を割けない貧乏学生にとって、天国のようなご馳走だ。

「美味しいです。こっちで食べるジュレックはまろやかな味わいなんですよね。具は少ないけど、卵とか入ってて。でも俺にとってはやっぱりこっちの酸っぱい方がしっくりくるって言うか。」

 口いっぱいに具材を頬張る。

 三杯目のおかわりをよそうと、ふと頭に故郷の母が作った大鍋のジュレックが浮かんだ。

 ドゥラカがアルバイトしている店の一つが、こうした家庭料理を出す食堂らしい。そこから独自に地方出身者に食文化を聞いてまわり、各地方の家庭料理を研究していったそうだ。今ではほぼ全土の家庭料理の特色とレシピが頭に入っていると言う。

「東部はライ麦の発酵で酸味を出すんです。北部はその日獲れた魚介で味を変えたりします。」

 彼女によると、こうした家庭の味を求める需要は意外と高く、金になるという。

「都会に住んでても、地元の味に慣れ親しんだ舌はそれを覚えてて、疲れた時とか、ちょっとした時に無性に食べたくなる。…そこにつけ込むんです。」

 クククと悪い笑みで料理を語るドゥラカの隣で、幸せそうな顔のオクジーが自分の皿を空にしていく。

「あ、料理のリクエストはプラス五ズウォティで承りまっす。」

「よろしくお願いします!」

「彼女の術中にハマったな、君。」

 バデーニが少しだけ哀れみの表情でオクジーを見て、グラスに残ったズブロッカを飲み干した。

 和やかに夜は更けてゆく。

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