【完結】Pandora   作:扇架

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十七話

「――だから」

 あんな女なんかより私のほうが。

 美人、優しい、性格がよい、体型が。さあどれを言おうとしたのか。それとも別の言葉を吐こうとしていたのか。

 なんにせよ、名も知らぬ魔女Aはとろんとした眼をし、ふらりとよろめき、意識を失った。フェンネルは嫌々ながら受け止めて、魔女Aを転がした。寒い廊下の突き当たりに。

「人の頭をかき回すのはどうなのかしら?」

 どこからともなく声が降ってくる。ちらと眼をやれば、真珠色の影が滲み出てきた。纏う衣は古い時代のもの。片手には閉じた扇を持っている。切れ長の眼がフェンネルを見やる。そこには叱責の色はなく、わずかな好奇心と、笑みが刷かれていた。出来のよい生徒の、ささやかな悪戯を見守るように。

「身の程知らずにも」

 挑みかかってくるほうもどうかと思いますが。つんと言って、付け加えた。

「ダンブルドアにはご内密に」

 レディ、と。

 レイブンクローの寮付きゴースト、灰色のレディは肩をすくめた。ゴースト界においても謎めいていて、ほとんど首なしニック曰く「近寄りがたいお方」とされる彼女は、気を許した者には寛容である。その線を越えられる者は一握り。フェンネルはその一握りに属していた。なぜならば、彼女の母親の髪飾りを解放したから。ロウェナ・レイブンクローの髪飾りを。

 灰色のレディがロウェナ・レイブンクローの娘、ヘレナ・レイブンクローであると知ったのは『分霊箱』に貶められた髪飾りを破壊した後のことだ。ゴーストの勘なのか、死してなおレイブンクローの血が騒いだのか、ヘレナは校長室に飛んできて、砕けた髪飾りを見て泣き崩れた。髪飾りがいかにして『分霊箱』になったのか詳細を語り、フェンネルにいたく感謝したのである。

 フェンネルはヘレナが哀れと思うやら、兄の罪状に「ゴーストをもたぶらかした罪」が加わったことにげんなりしたやらで、目眩をこらえた。そして諸々の疲労が祟って倒れたのである。

 数ヶ月前の出来事を思い返し、ヘレナとお近づきになれたのは収穫である、と言い聞かせた。まさかロディアの時代で仲良くなれなかったものが、今世で距離が縮まるとは。彼女はどこまでも「高貴な姫君」であったのに。

「いちいち丁寧に断ってられないでしょう」

 ヘレナ、と呼び方を切り替える。鼻を鳴らし、倒れ伏す魔女を軽く睨んだ。

「他人のものはよく見える、ほしくなる性根の愚か者どもが」

 ひっきりなしにやってくる。うっかりこんな廊下の突き当たりに追いつめられる始末。歌うように言い、ため息をこらえる。ため息禁止。幸せが逃げていく。今世も前世も幸せとやらはよくわからないが。

「異性に言い寄られて嬉しいものじゃなくて?」

 殿方は、とヘレナが囁く。彼女の顔にはこう書いていた。「私は余計な好意は鬱陶しいけれど」と。

「殿方を、盛った犬か猿みたいにおっしゃらないでいただきたいですね」

 僕はあなたの寮の出身ですよ。だいたい「私」の時代だってそんな盛ったなんとかじみた真似はしていませんでしたよ。

 思わずぶつくさ言う。ヘレナにはあれこれと開示済みである。『分霊箱』たる髪飾りを破壊した主犯であるので――伏せることなどできなかった。ヘレナは口が堅いし、なぜ髪飾りが『分霊箱』になったのか、知る権利があった。なし崩しにフェンネルの前世についても話したのだ。

「もちろん、あなたは優秀でしたとも」

 ヘレナが宥めるように言った。フェンネルは歯を食いしばった。高貴な姫君は面白がっておられる。

 フェンネル・ポッターが女の子に追いかけ回されていることを。

「……こんなことになると誰が思いますか」

 長居は無用、と歩き出す。クリスマスダンスパーティのお祭り騒ぎが終わり、通常の冬期休暇が戻ってくると思っていたのだ。つい数日前に、フェンネルは己の予想の甘さを痛感した。七年生にお付き合いの申し込みをされた時に。

「お陰で忘却呪文と失神呪文の勘が戻りましたよ」

 両手の指じゃ足りないくらいに「申し込み」があったもので。囁きが凍り、白く流れていく。隣に浮かぶヘレナが、ぱちりと扇を開いて閉じた。

「無駄にできる男だこと」

「ええ、服従の呪文を使いかねないどこかの卿より人道的でしょう」

 悪魔か怪物を見るような眼を向けられた。傷つくな。スリザリンの血筋が精神干渉、操作を得意とするらしい……なんてことは、ヘレナも知っているだろうに。どうやらヘレナがホグワーツの黎明期の生徒であった頃――一期生か、二期生かは不明だが――サラザール・スリザリンはもちろん存命で、生徒を教えていたわけである。ヘレナがなにか見聞きしていてもおかしくないし、母親であるロウェナから聞いている可能性だってある。

「……先生は優れた癒し手だったわ」

 廊下の気温が数度下がった。フェンネルは遠い眼をした。

「その末裔は今や没落、あなたを騙すわ、女生徒を廊下に転がすわ」

「おやめ」

「ちょっといじって転がしただけですって」

 さっと頭の中身をかき回し、時をおかずに失神なんて、あれほど手早くできないわよ。

 ヘレナに言われても無視した。できるんだから仕方がない。ほんの少しいじくっただけなのだ。フェンネル・ポッターに好意あるいは下心を持つという感情を忘却させた。耐え難い苦痛を忘却させるのに比べたら、遊びに等しい。愛の妙薬で疑似的な執着や恋情を植え付けることができるのだから、その逆ができないわけがないのだ。愛の妙薬なんぞより、寝台に潜り込むだけなら、服従の呪文のほうが遙かに楽だが――とまで考え、眼を瞑った。リドルの双子が生まれた経緯らしきものに蓋をする。まったく不愉快であったし、ロディアの母親は愚かであった。

 産めばそれでよいと思っていたのか。彼女は産むだけ産んで、死んで逃げたのだ。

「そのうちおさまるでしょう」

「勘ですか?」

 ヘレナという魔除けのお陰で、女の子たちが寄ってくる気配はない。レイブンクロー生とロウェナ・レイブンクローの娘は、悠々と廊下を行き、階段を上る。

「隣の芝は青く見えるもの」

「それがとびきりの魔女が見初めた男なら、なおさら」

「あるいは」

 秀でた男が見初めた女ならばこそ。

 ヘレナの言に、視線を泳がせた。すれ違った誰かが「あいつ、ゴーストの美人までたぶらかしているぜ」とあざ笑ったので、すかさず全身金縛りをかけながら、

「……僕ら、静かに暮らしたいだけなんですが」

 とぼやいた。ヘレナが鼻を鳴らす。そんな仕草すらも優雅であった。

「お前は賢いのに愚かね」

 生前は何色だったか知れぬ双眸は、哀れみを湛えていた。

 

「初めてじゃない」

 僕らのテーブルに来るの。己と同じ緑の眼が、ぱちぱちと瞬く。ロンと弟の間に身をねじ込み「あまり誉められた行為じゃないからな」と返した。ハーマイオニーが屋敷しもべ妖精の福祉がなんとか、ついては募金がどうこう、と熱心に語りかけてくるのをかわし――ついでにスリザリン方面から飛んでくる矢もかわし――皿に料理をとった。

 矢の放ち手ことビクトール・クラムに向かってわずかに首を振る。君のハーマイオニーに手を出す気はございません、という念が伝わったのか、クラムはきゅっと眉を寄せ、そっと息を吐き、恋しそうにハーマイオニーを見て、食事に戻った。どこぞの寒いところに学校があるくせに、情熱的な男である。

 恋情とは人を酔わせるものだ。燃え上がるのも仕方がないのかも知れない。じゃあなんだ、自分は酔っているのか? と眉を寄せる。考えつつも手は勝手に動き、スープを掬った。

「お前たちがおこちゃまだから」

 忠告しに来てやったんだよ。熱いスープで舌を火傷したのをおくびにも出さず、フェンネルはおこちゃまとおこちゃまをじろりと見た。

「なにが? フェン、君と僕は双子で同い年で」

 おこちゃまってどうなの、と弟がむくれた。そういうところだよ。

「まさか、自分は彼女がいるからおこちゃまじゃないって?」

 というかフラーと付き合ってるってほんと? どうなの。あんな美人どうやって捕まえたの? とロンが矢継ぎ早に問いかけてきた。嫉妬を添えて。だからそういうところだよ。

「僕のことはいいんだよ」

 フラーと付き合ってるのは本当。なにがどうなってこうなったのかはもはや本人たちにも不明。その場の雰囲気や、魅了に酔っていたのかもしれない。おかしいな、前世は酒に強かったのに。心だって閉じていたのに。グリフィンドールの席に滑り込んだのは、なるべくフラーとの接触を避けるためだ。

 嫌いなわけではない。が、同じテーブルにいるだけで注目を集めてしまうのだ。いつまで経っても「隣の芝は青い」面々が発生しかねないのである。冬期休暇も終わりに近づいているというのに、まだうじゃうじゃ出やがるのである。自分はまあいい。勘違い女どもを排除すればいいだけだ。問題はフラーである。フェンネルが希有なだけで、彼女が異性を警戒していないかというとノーである。だというのに言い寄られるのだ。たまらないだろう。うれしくて、ではなく吐きそうで。

 まさか四六時中警護するわけにもいかず、そんなことを彼女が望んでいるとも思えず、事態を静観するしかない。たく、ロジャー・デイビースなんて涙を呑んでフラーを諦め「君なら許せる」と万力のような力でフェンネルの手をぎりぎりと握ってお仕舞いにしたというのに。他の有象無象どもときたら。

 基本的にボーバトンの馬車にいるし、ホグワーツを散策――主に図書館に行くときはフェンネルを呼び出すか、ボーバトンのお友達たちと行動しているから安全だ、と言い聞かせる。わずかな隙をついて忍び寄ってくるクズどもは見つけ次第片づければよい。そもそも、フラーだって自分の身は自分で守れる。

 言い聞かせ、言い聞かせして苛立ちを鎮める。

 ロンの問いにはもちろん答えず、話を振った。

「誰かとお付き合いしているからといって、それが偉いとかカッコイイなんてことはない」

 右ストレートをぶち込み、続けた。

「で、思うにお前たちが誰かとお付き合いする可能性は、魔法薬学で優をとるよりありえない」

「……は?」

 弟が固まった。ロンをちらりと見れば、こちらも固まっていた。なに言ってんのという凝固である。

 こいつら、生き残った男の子という黄金の看板(ネームバリュー)と代表選手という優位性、そんな弟の親友であるというおまけ要素でどうとでもなるとお思いだったと? え、自分たちって女の子とお近づきになれないわけ? という顔である。いや、顔面自体はそう悪くないのだけど。

「ぐずぐず野郎二人を……ちゃんとした女の子が近くにいるのにもかかわらず――」

 ハーマイオニーを見れば、もっとやれという顔をしていた。才媛からのお墨付きをいただいたので、勢いを殺さず突き進む。

「直前になってもパートナーがいない憂き目に遭いそうになったお二人よ」

 お前たちを拾ってくださったのは誰だったっけ?

 フェンネルを挟んで、二人がびくりとする。ああ、心当たりはあったし、多少の自覚はあったのか。

「……でも、パーバティはダームストラングの子とホグズミードに出かけるって」

「パドマだって君と楽しそうにしてたじゃないか」

 ならよくない? と首を傾げた。フェンネルは無言で二人の頭に拳骨を落とした。

 自覚があっても反省なし。これは駄目だ。

「せめて一言謝るくらいはしとけよ愚弟」

 お前らの評判、特にグリフィンドールとレイブンクローの女子の間で最悪なんだが。

 とどめの一撃に凍り付いた二人を放って、席を立った。

 

 レイブンクローの席に戻る気もなれず、そのまま大広間を出て、厨房に向かう。五分もしないうちにバスケットが用意され、フェンネルは玄関ホールから外へ出た。一人寂しくピクニックである。盗んだドラゴンのところで食べようか、それともルビウスのところへ行こうか。決めかねて、足が向くままに湖へ向かった。雪を融かし、即席の椅子をこしらえ、少々距離はあるが、ルビウスの小屋から薪を呼び寄せて、焚き火をつくった。

 手を翳す。やっぱりどうかしているんじゃないか、と己を嘲笑する。

 月に酔わされた挙げ句に、いささか激しいくちづけにおよんでしまった。いくらあの夜、魅了持ちとの綱引き状態だったとしても、触れるだけのくちづけで我慢すべきだったのでは?

――記者がうろついていないとは限らないわけだし

 リータ・スキーター。日刊予言者の記者らしい。正式に所属しているのか、いわゆる契約記者(フリーランス)なのかは不明。第一の課題の時、絡まれたのである。ちょうど第一の課題の会場に向かっている途中で、歩きながら「おしゃべり」した。どうやら日陰者の兄特集をしたかったらしいが、笑顔でかわした。弟が誇らしいとか、弟がかわいそうなどの余計な情報は与えなかった。ただ「僕らの後見人が誰かご存じですよね」とだけ言った。かわいくねえ餓鬼だよ、という顔をされたものの、和やかにお別れしたのである。

 記者のなかには購読者数こそ正義だとお思いの手合いがいる。

 残念ながら金や欲に弱いのが人間だ。親愛なるヴォルデモート卿のことも「革新者」「魔法界を憂う者」と新聞が持ち上げていた時代もあったようだ。シリウスの弟レギュラスがいい例だ。ヴォルデモートを純血主義を掲げる救世主、正しい魔法界を取り戻す者だと、疑いもしなかった。気づいたときには遅すぎた。やがて新聞が論調を変えたときにはもう、手遅れだった。ロディアが知らず、フェンネルが過去の新聞を読んで学ぶしかなかった時代の流れ。

 購読者数を伸ばすことしか頭になく、ヴォルデモートの危険性を警告するどころか煽ったのが記者たちである。スキーターも似たような手合いであろう。彼女は注目を集めるためなら、子どものことだって記事にする。彼女にとって「生き残った男の子」はただの子どもではなく、おいしい餌なのだろう。そして生き残った男の子の兄も、まあまあおいしそうな餌に見えていることであろう。

 ダンスパーティの会場にはいなかったが……なんとなく、嫌な予感がしている。庭園でも気を抜かなかったと言いたいところだが、かなり自信がない。なんて恐ろしい女であろう。フラー・デラクールは。調子が狂うわ半ば酩酊状態になるわ、いつものフェンネルではなかったのだ。

 決定的な瞬間! と銘打って「代表選手の兄とボーバトンの魔女が~」なんて記事が出たら最悪である。日刊予言者を滅ぼすしかなくなるではないか。踊りで散々注目を集めるのと、二人きりのあれこれをお出しされるのでは違うのだ。

 大丈夫なはず。気配は読んでいた。薔薇の庭園に隠れ、しかもベンチに座って……とまで考えて眼を瞑る。空き教室や監督生用の風呂じゃなくてよかった。ベンチでよかったのだ。くちづけだけでどうにか止まれたのだから。

「――そんなに興味深いのかしら」

 焚き火。

 かすかな芳香とともに、彼女がやってきた。きちんと外套を着込んでいて、長靴(ブーツ)を履いている。手袋は着けていなくて、だから寒そうに思えた。

「森の賢者たちは」

 炎のなかに未来を視るらしい。ぽつんと返し、彼女の手を取る。椅子をベンチに変身させ、隣に座らせた。冷たい手をさすってやりたい衝動をこらえ、行儀よくする。バスケットから魔法瓶を取り出そうとして、手を止めた。

「彼らに訊いてみたいものだわ」

 あなたたちの眼には、何が映っているのかと。

 炎を受けて輝く眸は、ぼうやりと湖を見つめていた。寄る辺がないような、揺れるまなざし。

「……第二の課題か?」

 ええ、とだけフラーは頷く。しかし、その唇は課題について語ることを拒んでいた。フェンネルもまた沈黙を守った。言えないことが多いときは黙るに限る。黄金の卵が金属音を奏でるのだと、フェンネルは弟から聞いていた。すぐに当たりをつけたのだが、誰にも言っていない。水中人の声が、地上では破壊的な不協和音なのだということを。彼らは湖にいるのだということも。

 余計な手出しは禁物だ。三校対抗試合は始まってしまった。第一の課題が終わり、次は第二の課題。いまさら中止などできるまい。

「僕は、」

 フラーから眼を逸らす。そっと呟きを落とした。

「競技の順位なんてどうでもいいんだ」

「あら、私が負けると思っているの?」

 心外だ、というようにフラーが唇を尖らせる。フェンネルは彼女の手をとって、そっと息を吐きかけた。

「侮っているつもりはない。弱いと言うつもりもない」

 君はドラゴンを魅了した人だからね。

 祈るように囁いた。

 彼女をそっと抱きしめる、死の影を祓うように。

 

 

 

「……私たちの世代の流儀は」

 構うな、だったんですが。

 新学期が始まる二日前。ホグワーツ校長室にてフェンネルは茶器を傾けた。卓には新聞の切り抜きが置かれている。題は『ダンブルドアの「巨大な」過ち』。記者の欄にはリータ・スキーターと書かれている。

「投げる球が無くなったので変化球……のつもりなんでしょうね」

 フェンネルはクリスマスダンスパーティであんなに目立ったのに、まさかルビウスを標的にするとは。弟は守れたが、こんな結果は望んでいなかった。

 うんざりしながら角砂糖を入れる。ミルクも足した。甘党というわけではないが、フェンネルの脳は切実に糖分を欲していた。

 一読し、覚えてしまった記事を反芻する。ホグワーツの森番、ルビウス・ハグリッドは巨人との混血である。純血の魔法族どころか純粋なヒトですらない。

 母親は巨人のフリドウルファと推測される。巨人族は凶暴で、しばしば仲間内で殺し合い、数を減らした。生き残った者たちのほとんどは『名前を言ってはいけない例のあの人』に仕え、闇祓いに殺された。フリドウルファは巨人族の集落に逃れたのであろう。

 よりにもよって巨人の血が半分流れている、ヒトもどきが森番のみならず魔法生物飼育学の教授の座に就いているのはいかがなものか……。生徒の身の安全は保証されるのか、等々。酷い記事だ。どれも推測でしかない。母親とされるフリドウルファが闇の陣営に仕えていたと読み手を誘導する類のものだ。すなわち、ルビウス・ハグリッドは狂暴かつ闇の陣営に仕えていた巨人の息子「ではないか」という。

 これみよがしにルビウスの凶暴性を補強するような話も添えている。フェンネルとて尻尾爆発スクリュートはよろしくないだろうと思っているが。それは本件には関係ない。

 シリウスに感謝だ。いち早く記事を届けてくれた。クリスマスダンスパーティが無事に終わった報告と、正装一式の礼を手紙で送ったら、返信がやってきたのだ。曰く使者である黒ふくろうはお前が飼えばよい。俺が見立てたんだから、正装が似合って当然。それはさておいて、大丈夫なのか? ハグリッドは。そっちに話が伝わっているか? という手紙とともに、切り抜いた記事が同封されていた、というわけだ。

「まだ学内には広がっていないが」

 ダンブルドアはため息を吐く。長い髭をしごき、窓へ眼をやった。

「……ハグリッドは閉じ籠っておっての」

 さもあらん、と天を仰いだ。ルビウスが日刊予言者の購読者とはついぞ知らなかったが、出自をほじくり返されて「ダンブルドア先生の迷惑になる」としょげているのだろう。

「どうやら、いらぬことを言う輩がおるようで」

 瓶が卓――記事の上に置かれる。中に入っているのはくしゃくしゃになった紙だ。

 呪詛のにおいを嗅ぎ取って、フェンネルは顔をしかめた。切り抜き記事が嫌がるように身をよじっている。手を伸ばし、蓋を取る。指を突っ込み『天高く』の浄火で軽く炙った。

 しくしくと泣くそれを広げ、眉間に皺を寄せる。どす黒い字で「出来損ないの怪物め、恥を知れ」と書かれている。

「暇人どもめ」

 しかも無駄に素早いときた。向かいに座るダンブルドアを見れば「ふくろうの襲撃で窓が破られておったよ」と返される。やはり「暇人ども」だ。百人はいないだろうが、少なくとも五人から二十人くらいはいそうである。性格のねじ曲がった、哀れな暇人が。かわいそうにルビウスは格好の憂さ晴らしの的である。

「物は回収済みとお見受けしましたが」

「第一便はの」

 何便まであるんでしょうねえ……と呟く。嘆かわしいことである。ロディアの世代はルビウスと在学期間が重なっていて、よくも悪くも彼を知っている。半巨人であろうと当たりをつけていた生徒も多かったであろう。しかし、声高に誹謗中傷することはなかった。ゲラート・グリンデルバルドとかいうどこかの詐欺師が大活躍していた時代で、どちらかというとマグル生まれを穢れた血というほうが楽しいと思う連中が多かった。残念ながらここには兄も含まれる。お前だって半分穢れた血だろうがよ。

 兄が大活躍した時代に比べ控えめで密やかであったが、確実に差別はあった。マグル排斥に忙しく「混ざり者」をいじくって遊ぶのは二の次であった。

 もちろん、うっすらと醸成された空気に反発する者もいた。ミネルバなんかはその筆頭である。少女時代だって公明正大な才媛は、マグル生まれ差別によい顔をせず、主に頭の悪いスリザリン生に立ち向かっていた。ポモーナも似たようなもので、せっせとハッフルパフのマグル生まれを庇っていた。ハッフルパフは寮生の数が多く、マグル生まれの比率が高かった。

 ロディアはどうだったか。なんとなしにフィリウスと行動をともにすることが多かった。同性で同寮、混ざり者と孤児で、危うく排斥されかかった仲だったのだ。やーい混ざり者と言われて決闘をしてちぎっては投げするフィリウスと、孤児めと言われて沈黙呪文と笑わせ呪文を重ねがけして、地獄をみせたロディアである。一年生だろうが嘗めるなよ、であった。学年が上がるにつれて、馬鹿なからかいはなくなり「手出し無用」が暗黙の了解となった。ロディアの兄が「あの」秀才、トム・マールヴォロ・リドルであったことも手出し無用の一因だったろう。不愉快なことである。

 上の学年――ロディアたちの世代がせめぎ合い、純血主義、反純血主義を行ったり来たりしているうちに、ルビウスが入学してきた。幸い、彼への攻撃はさほどなかったと思う。「構うな」という暗黙の了解が出来上がっていた。寮が違うといえど、ロディアがそれなりにルビウスの世話を焼いたのも大きいかもしれない。それに、ルビウスは体格がよかった。小柄なマグル生まれを傷つけることに躊躇はなくても、ルビウスに手を出すのは躊躇われたのだろう。

「ディペット先生だって」

 ルビウスを追放する理由に半分巨人だから、なんて都合のよい罪状を使わなかったものを。

 ぼそりと呟けば、誰かがくしゃみをした。ダンブルドアの前の校長、ディペットの肖像画が眼をしょぼしょぼさせていた。雨に濡れたみすぼらしい犬を思わせた。

 ルビウスを追放はしたが、森番の仕事を与えるという妥協点には同意したのだから、そう悪い校長ではないのだ。積極的に責める気にはならないが、被害者面をしているのは気にくわない。軽く彼を睨み、卓に視線を戻す。

「先生、回収した手紙、全部くださいな」

 素敵なお返事を出して差し上げますよ。

 つ、と口端を吊り上げる。君ならそう言うと思っておった、とダンブルドアは笑う。卓に革袋を置いた。

「こんなのは対処療法でしかありませんがね」

 革袋に手を伸ばす。瓶に手紙を突っ込み、蓋をした。

「ルビウスにかけられた呪いを解くには」

 別の方法が必要でしょう。

 

 校長室を退出したその足でルビウスの小屋へ向かった。扉を叩いても応答なし。幸い、新たなふくろうはいなかった。家主が引きこもっているのをよいことに、フェンネルは適当な木の枝を調達し、小屋の周りに魔法の環を描く。発動させ、出来映えに満足する。ちょうどそのとき小さな影が三つ空から降りてきて、小屋へ向かい――方向転換する。フェンネルが手を伸べれば、手紙を三通落として去っていった。

「慈善活動でもして」

 暇つぶしをすればいいものを。侮蔑の眼で手紙をみやり、革袋に放り込む。魔法の環の効果は確かなようだ。守りの術を応用し、悪意を――この場合は呪詛付きの手紙――弾き、フェンネルの元へ行くようにしたのだ。弾く「ついでに」攻撃までする魔法の環も、あるにはある。たとえばゲラート・グリンデルバルドの『聖にして邪なる炎環(プロテゴ・ディアボリカ)』だ。名ばかり有名で、実態は曖昧模糊としている。なにせ目撃しながらも生き残った者は少なく、数少ない生き残りは口を閉ざす傾向にある。ダンブルドアもその一人で、極めて有名な、グリンデルバルドとの決闘についても歴史書は簡潔にしか語らない。二人が戦って、ゲラート・グリンデルバルドは敗北した、としか。

 おそらく『聖にして邪なる炎環』は、術者を中心に展開し、襲い来る敵を灼き尽くす守りの術であろう。攻守一体の厄介な術である。

 フェンネルが仕掛けた環は、いわば呪いの肩代わりのようなものだ。蒼炎に比べれば、なんともささやかな魔法である。

――閉じこめて

 灼いてしまってもいいのだが、と片手に持った革袋を見やる。魔法の環は二種に大別される。一つが守りの環。一つが敵を閉じこめるための環。後者は主に封印や束縛に使用される。閉じこめられた対象者――内側から破ることは困難だ。外部からの干渉によって……等々の魔法理論は隅に放る。要は、革袋を魔法の環で囲み、点火して処理するのが安全な方法である。呪詛が飛び散る心配がないのだ。

 一通二通ならフェンネルはそうしていただろう。だが、ルビウスへの中傷どころか呪詛はおさまる気配がない。どこぞの馬鹿どもには仕置きが必要だ。ダンブルドアがフェンネルに手紙を託したのは、任せたということだ。

 呪い返しは久々だな……と弾むような足取りで小屋を後にしようとする。ふと空を見れば、艶やかな黒が舞い降りてきた。

「シリウスからか?」

 頭の上に乗った黒ふくろうがほうっと鳴いた。そうしてひょいと下り、フェンネルの手に手紙を落とす。紐を解けば、手紙が二通。一通は簡易なもので「ハグリッドに渡してくれ」とあった。ふくろうに託すだけでは受け取ってくれるかわからない、と案じたのだろう。気の利く男である。大正解でもあった。フェンネルは数歩戻った。扉の隙間から、どうにか手紙をねじ込む。

 面倒になって、家主の同意なしに扉を改造した。

 魔法界にだって、郵便受けが必要な時はあるだろう。これからどんどん手紙が来るだろうから。

 

 頭の中で呪い返しを組み立てながら――毒ツルヘビの皮の千切りが少々、墓土も少しほしいな。適当に鏡を使うか……マートルの根城なんて、陰の気がたっぷりだからちょうどよいだろう――ぶらぶらと歩く。攻撃性を高めるために、ドラゴン由来の素材を少しもらおう、と決めた。

 森に踏み入ろうとして、ボーバトンの馬車が眼に入った。正確には、馬車の外で佇む、何人もの生徒を。中でも銀髪の魔女に眼が吸い寄せられた。抗いがたく、引き寄せられるように馬車へと向かう。

「フェン」

 ぱっと顔を上げ、駆けてきたのはフラーであった。冬の陽に、銀の髪が輝く。飛びつかれ、受け止めた。

「雪合戦の相談じゃあなさそうだけど」

「マダム・マクシームが……」

 フラーが声を震わせる。青い眼がわずかに潤んでいた。危険な青い宝石からわずかに視線を外す。そこらの野郎ならば、一瞬にも満たないうちに陥落するであろう。フェンネルとて、見つめ続けて正気を保てる自信はない。

「彼女が?」

 フラーは馬車へ眼を向ける。

「落ち込んでいて」

 あなたのところの記事、とフラーが囁いた。耳に吐息がかかり、暴れそうになる心臓を宥めた。このお嬢様は、己がどんな危うい体勢なのかわかっていらっしゃるのだろうか。かなり密着している。まるで恋人どうしのように。

 別に僕の記事じゃあないんだけどね、と茶々を入れるのは控えた。フラーの言わんとするところは明白だ。

「ハグリッドの記事を読んだ、と」

「そう……マダムは……」

 フラーが口ごもる。フェンネルは「恥ずべきことだけど、我が国の新聞とかいう紙切れは、豊かな体格の者をけなしたいらしい」と軽く言った。瞬く青い眼に、感謝の念が浮かぶ。半巨人と口にするのは躊躇われるのだろう。

「私たち、マダムが「豊か」でも、そんな……」

 関係ないのよ。すごい人で、賢くて、レディだもの……。

「混ざっていても、マダムはマダムなのに」

 ずっと呼びかけてたんだけど、マダムはだんまりなの。フラーは俯く。フェンネルは彼女の頬に軽くくちづけて、囁いた。

「心配ない。ハグリッドの呪いは解けるよ」

「彼にはたくさんの「教え子」がいるからね」

 君たちのマダムと同じように。

 空を指さす。天に舞ういくつもの影が、矢のように降りていく。

 彼らが「教え子」からの手紙を携えているのだと、フェンネルは確信している。

 やがて小屋の扉が開かれて、眼を真っ赤にしたルビウスが現れる。馬車からマダム・マクシームが出てきて、生徒にしがみつかれる光景がちらりと過ぎり、フェンネルは淡い笑みを浮かべた。

「マダムも大丈夫だよ」

 軽くフラーを抱きしめ、その場を後にした。

 ドラゴンから小さな火を拝借し、己の仕事に取りかかった。

 そうして、呪詛は止んだ。風の噂で聖マンゴの寝台がいくつか埋まったと聞いたが、知ったことではない。

 人を呪わば穴二つ、と言うではないか。

 

 

――次から次へと

 飽きもせず。

 時は流れて二月二十四日。フェンネルは眼を覚ました。真冬の湖のど真ん中で。意識は戻ったものの、どうにも身動きができず、のろのろと誰かに引っ張られる。起きなさいよ、死んだらどうしよう、死んだら殺してやる、だいたい私、女子校育ちなんだから恋人なんて初めてなのよ殺してやる、等々の物騒な……切実な囁きが耳を犯す。

 くちづけしたら起きるかしら? で完全に覚醒した。まずは曇り空が映り、湖面が映り、歯を鳴らし、すすり泣きと忙しい恋人が映る。

「……おはようのくちづけなら歓迎だね」

 びくり、と恋人――フラーが動きを止める。ずるずると沈みそうになり、フェンネルはそっと彼女を支え、腕を引くようにして泳いだ。

「フェン」

 心配かけないでよ、と叫ぶように言うフラーを無視する。心配したいのはこっちなんだが。顔色が悪すぎるし、寒さに震えている。銀糸はほつれるどころか切られている。あちこちにひっかき傷があるようで、頬にあるものは一段と深い。誰だやったのは始末してやる。

 唸り声を上げ――それは竜の怒気を宿していた――足が着いたのを幸いに、フラーを抱き上げる。荷のように担ぐのは気が進まず、背負うのはいささかまずいところが密着するので却下。結果、横抱きにした。悲しいことに身長はまだ抜かせていないが――だいたい同じくらいである――華奢な妖精くらいなら、フェンネルは運べるのだ。

 ルード・バグマンもボーバトンの生徒もまあうるさいが、どうでもよい。さっさとマダム・ポンフリーが待機している天幕へ行きたいのである。

「フェン、下ろし――」

「やだね」

 ぴしゃりと返し、岸辺へ到着する。天幕に突入し「わあ、まるでおはなしの騎士様みたい!」とガブリエルにありがたい感想を頂く。簡易寝台にフラーを転がし、さっさと彼女を乾かし、己も乾かした。ざっとフラーを点検し、ハナハッカのエキスが入った小瓶を渡そうとする。が、彼女は震えていて、埒が明かなかった。

「フェン、聞いて」

「後で」

 世話を焼かせるのは悪いとか、自分は年上だとかいうくだらない話だろう、と取り合わないつもりだった。

 次の一言を聞くまでは。

「あなたの弟、まだ湖に残っているの」

 手が止まる。まじまじと彼女を見た。

「たぶん、人質が全員助かるまで」

 見届けようと、とまでフラーが言ったか言わないかのうちに、フェンネルはローブを脱ぎ捨てて彼女に押しつけた。歩きながらシャツを脱ぎ捨て、放り投げる。下着も同じ運命を辿った。靴も靴下も脱いでしまう。

 スボンのベルトから杖を引き抜く。飛ぶように湖に向かった。

「おっと! デラクール選手のパートナーが……え、湖に?」

 ルード・バグマンの戸惑いも、ミネルバの「ポッター! 戻りなさい」という叫びも「落ち着くんじゃフェン!」という呼びかけも引きちぎり、フェンネルは湖に飛び込んだ。

 お人好しで馬鹿な弟め、と毒を吐きながら。

 

 

 

――四人目の代表選手は選ばれるし

 第二の課題はこんなことになったし、とフラー・デラクールは寝台を眺める。黒髪の少年――あと一、二年もしないうちに青年となるだろう――が眼を閉じている。時に金に輝き、時に眼の縁に金環を浮かべる緑瞳は隠されている。そのことを惜しみながら、フラーはぼんやりと椅子に腰掛けていた。

 第二の課題は終了した。本当なら、馬車に戻ってマダム・マクシームや同輩たちとお茶でもしていただろう。出ていたら出ていたで、散々からかわれていたかもしれない。「あの」フラー・デラクールが、年下の少年と付き合い始めた……と最初は面白がられていたものだ。そもそも、ボーバトンの精鋭たちは切磋琢磨する仲で、代表選手の座を誰もが欲していた。フラーが選ばれた時、同輩たちは泣いたし、悔しがったものだ。ちょっぴり意地悪な子もいて、そんな子にとっては「年下の少年」は絶好の的であり、フラーの弱点とみなされていた。

 クリスマスダンスパーティで目立った挙げ句、今回の救出劇である。そろそろ品のない揶揄も止むであろう。

――こんな事態を

 想定していなかったけれど、とフラーは唇を噛んだ。颯爽と恋人を救い出すどころか、激流に巻き込まれ、水魔の大群に襲われ、傷だらけになって湖底にたどり着いた。とっくの昔に帰還していて当然のはずの、ハリー・ポッターが居残っていたものだから絶句した。「早くフェンを」と身振り手振りで促され、フラーは歯噛みしながら恋人を救出し、地上へ戻ったのである。

 そこで終わればよかったのに、恋人ことフェンネル・ポッターは湖に戻ってしまった。フラーの安全を確保したとみるや、弟ことハリー・ポッターを迎えに行ったのである……。

 審査員たちの話し合いは割れた。ハリー・ポッターは最後に帰還した。しかも双子の兄が介入した。いや、介入したといえるが、どうせポッターは制限時間を大幅に超えていた。しかもそれは人質の安全確保を念頭に置いての行動だった……。フェンネル・ポッターは魔法の眠りから覚めたばかりで正気ではなかった。弟を「救出」に行ったといえど、湖に飛び込んでから十分ほどで帰還した。よってハリー・ポッターは地上付近――太陽の光が届く範囲には少なくともいたのだろう。たいした誤差ではあるまい。ポッター家は兄弟そろって馬鹿なのか。弟は愚かにも湖底に残り、兄は愚かにも湖に飛び込んだ……。

 ポッター兄弟を愚かと断じたのはカルカロフで、彼は強硬にハリー・ポッターは自らの愚かさの教訓を知るべきだ、最下位に値すると主張したらしい。

 フラーは伝聞でしか知らないのだ。審査員たちのやりとりも、採点がどうだったかも、マダム・マクシームから聞いたので。

 あなたの運命の男(オム・ファタール)の面倒を看なさい、と送り出されてしまったのだ。フラーが指笛を吹いてみれば、運命の男ことフェンネルのヒッポグリフが舞い降りてきたので、助けを借りた。魅了――精神干渉の魔法を叩き込み、寝かしつけたフェンネルをヒッポグリフの背に乗せた。彼の案内に従ってホグワーツへ。妹のガブリエルも一緒だった。

「ねえ、ガブリエル」

 隣の椅子に腰掛けた妹に顔を向ける。足をぶらぶらさせていた妹は、自分と同じ眼を瞬かせた。大陸――家族の元にいるはずの妹に、問いかけた。

「どうして招かれたの?」

 答えは半分わかっていた。だけれども、確認せねばならなかったのだ。

「私はお姉ちゃんの宝物だから、って」

 でも、ダンブルドア先生がフェンも呼んだの。

 妹はくすくす笑う。

 それでフェンがね、と妹が囁き――フラーは顔を熱くした。

「……なんて男なの」

 

 

 第二の課題前日に、ミネルバの室に呼び出された。そこにはダンブルドアとミネルバがいて、なぜかフラーの妹がいた。いったい何を始めようっていうんだ? と訝っているうちにハーマイオニーとチョウがやってきた。その時点でフェンネルの頭脳は一つの回答を弾き出した。すなわち、ここにいる女の子たち三人と自分は第二の課題でなにかしらの役割を演じることになる、と。手持ちの情報が少ないせいで、具体的な仕事はわからなかった。水中人関係、すなわち会場が湖であるということしか予想できなかったのだ。

 疑問は多かった。けれど、フェンネルは出された椅子に腰掛け、穏和しく耳を傾けた。その昔、ダンブルドアの変身術の授業を聞いていたように。

 自分たちが宝物であること、湖底にて眠り、人質になる――とまで聞いて、眉をひそめた。ちらと、なぜかフェンネルの隣に座っている、小さな魔女を見やった。ガブリエル・デラクール。確か八歳だと聞いていた。就学年齢前の、幼い魔女である。

 こんな小さな子を、英国北方、真冬の湖に沈めるって。いくら安全を確保していようが酷くはないか……という非難を眼に籠めて、ダンブルドアを見た。前世からの仲ゆえか、反発を予想していたからか、ダンブルドアは息を吐いた。

「……ところで君はデラクール嬢か弟か」

 どちらの宝物になりたいかの?

「まさか分身の術を使うわけにもいきませんしね」

 軽口を飛ばし、さらに軽口を重ねた。

「僕の心は引き裂かれそうですよ」

 なんで夏に開催しないんですか。湖がどれだけ冷たいことか、等々好き放題に言った。

「断言しますがね」

 フラーは妹が湖に沈められたなんて知ったら、先生を始末しかねないですよ。

 言葉の鞭で打ち据えようが、ダンブルドアは眼を煌めかせるだけだった。なんだか誘導されている気がしたが、もはや後戻りはできなかった。チョウとハーマイオニーを窺えば、彼女たちも眉を寄せていた。就学し、魔法を学び、何事かあっても対処できる見込みがある者たちを沈めるのと、幼い魔女を沈めるのとでは天と地ほどの差がある。いくら安全だと言われようが懸念はあった。

「君はハリーの宝物候補なんじゃが」

「恋人と――」

 ガブリエルとハーマイオニーとチョウがきゃあきゃあ言った。楽しそうだね。

「家族の二者択一を迫るなんて、酷い人だ」

 では? とダンブルドアが返す。フェンネルはため息を吐いた。

「囚われの姫役に甘んじましょう」

 男女逆転もたまには悪くない。銀の騎士様の迎えを待つことにしますよ。

「妹だろうが恋人だろうが」

 彼女は必ず助けに来る。

 

――ふっと眼を開けた

 今がいつで、どこなのか混乱する。眼を細め、ちらつく灯りを見つめた。湖底から浮かぶ泡沫のように、記憶が無秩序に弾けた。暗い暗いどこか――いいや、魔法の眠りに落とされて、覚醒した……。いくらダンブルドアがいようとも、彼手ずからの魔法であろうとも、強制的な眠りは恐ろしかった。我慢するしかなかった……。ガブリエルには、あたたかくなったら湖を案内しようと約束して……。

 人質が足りないから、ロンを連行したのだった。彼は青ざめていた。実は弟は湖の中で呼吸する術を見つけていなかった。そもそも泳げないのだ……。

 だというのに湖底に残って――どうやって手段を見つけたのだ――鰓昆布なんて。

 フェンネルが飛び込んで、しばらく潜ったとき、変身が解けかけていた。ロンと仲良く溺れるところだったんだぞ考えなしが。

 考えなしは自分もだ、と呻く。湖は深く広い。弟がまだ戻っていないと聞いたとき、衝動的に飛び込んだ。あんな暗いところに沈んでいるかもしれないと思えば、いてもたってもいられなかった。

 それに、弟をどこかに拉致して始末しようとすれば、絶好の機会だと思った。ダームストラングは船に乗ってやってきた。つまり、湖とどこかの水場を接続し、やってきたのだろうと推測できた。たかが一人を通す「通路」くらい、どこかに隠れているであろう、兄の配下が構築できないはずがない。

 速くなる呼吸を鎮める。弟は無事だ。暗い暗い、月がない夜、星が翳ったあの夜の光景を振り払う。ロディアは殺された……もはや終わったことだ。今は暗いどこかではなく、きっと医務室にいるのだ。

 薬のにおいに目眩がする。かすかな音とともに、誰かがのぞき込んできた。

「お目覚めかしら」

 姫、と笑いかけてくるのは、銀色の妖精だった。雪白の肌の持ち主は、ほんのわずかに目元を赤くしていた。

 フェンネルは眼を瞑った。あーあ、全部露見したわけか。そりゃあガブリエルは姉に話すだろう。健気な「姫」よろしく、騎士様は絶対に私を助けに来てくださるもの、とダンブルドアに啖呵を切ったことを。信じて待つのも強さである。そうして、騎士様は信頼を裏切らなかった。

 怪我はどうだい、と返す代わりにおねだりした。

「ここはあれでしょう騎士様」

 眠り姫におはようのくちづ――とまで言って、銀のまつげが視界に入り、青い眸に絡め取られた。

 そうして、竜の繰り手は魅了の使い手に屈服した。

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