【完結】Pandora   作:扇架

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八話

「あたくしの見るところ」

 ルーピン先生はお気の毒にも、もう長いことはありません。

 クリスマスの昼食時「俗世」に下りたもうた詐欺師が宣った。フェンネル・ポッターは高名な占者の子孫とやらに一瞥もくれず、するりと席を立った。シリウス・ブラック侵入事件を受けて、ホグワーツに残る生徒は両手の指で足りるほどしかいない。教職員を足したところで、たかが知れている。つまり、フェンネルは目立った。

「ポッター」

 もうよいのですか、とミネルバが呼びかけてくる。彼女の眼は詐欺師に向いたままである。フェンネルは控えめに笑んだ。

「胸焼けがしまして」

 ちら、と詐欺師を見やる。ミネルバは鼻を鳴らした。

「ついでに」

 眼が曇りそうで。

 さらりと言う。ミネルバは満足そうに眼を閉じた。お行きなさい、と軽く手を振られたので「皆さん、よいクリスマスを」と言って、大広間を後にする。弟一味がなにやら言いたげであったが。すまない、お兄ちゃんはやつと同じ空気を吸いたくない。磔刑の呪文をかけたくなっちゃう。

 ミネルバもとさかに来ていたようだし、あの詐欺師をこてんぱんにしてくれることであろう。フェンネルはただの生徒だ。詐欺師ことシビル・トレローニーを相手にするわけにはいかない。

 玄関ホールから地下へ向かい、厨房に踏み込む。バスケットを片手に校庭へと出た。

 自称占者、どう考えても詐欺師。しかも他人の不幸を歌い上げる類の馬鹿者に構っていられない。ダンブルドアはどうしてあれをホグワーツに置いているのか。ああいう者を放置することは、占者の信用問題にも関わるのだ。といっても、傾倒されても困るのだけど。占い――先視は万能ではない。読み間違えることもあるし、変化することもある。幾本もの枝、流れの中から可能性の高いものを読みとるに過ぎない。先を知ったとて、回避できるとは限らない。むしろ悪化し……成就させてしまうこともしばしばだ。

 顔をしかめたまま、雪の校庭を歩く。禁断の森のいつもの場所へ行けば、パッドフットが待っていた。メリー・クリスマスと言って軽く撫でてやる。雪を解かし、鞄に手を突っ込む。手のひら大の木の板を取り出し、拡張呪文をかける。たちまちのうちに折り畳み椅子が現れた。広げ、腰を下ろし、パッドフットにチキンを振る舞った。

 座ったまま、魔法を駆使して木の枝を集める。組み上げて、点火。あっという間に焚き火を完成させた。人目がないので無言呪文を連発である。レイブンクローの秀才と呼ばれているが、天才と呼ばれると具合が悪い。あくまでも、ハリー・ポッターの地味な、目立たない兄の立場を崩したくなかった。今のところもくろみは巧くいっていると思いたい。闇の陣営に勧誘されたら面倒だ……とかなんとかで、護衛が張り付くような事態は御免である。

――むしろ

 弟に護衛が付いていないのがどうかと思うが。

 揺らめく焚き火を眺め、傍らに寄り添うパッドフットを撫で、沈思する。生き残った男の子。稲妻を印された者。フェンネルの弟。記憶にもない出来事によって有名になってしまった男の子。ただの、年相応の子だというのに、魔法界の重要人物になってしまっている。本人に自覚がなくとも、生き残った男の子の存在には価値がある……。

 護衛なんかが張り付いたら、弟が爆発するのは想像に難くない。抜け道を使ってホグズミードに行くような子なのだ。窮屈なのは好かないだろう。ただでさえ、およそ十年放置され、魔法界に戻ってみれば有名人だ。虫のよいことだ、都合よく使われている、ダンブルドアなんて信じられない。そういう風に思って世の中を斜めに見る可能性だってあったのだ。

 幸いにも根性悪にはならず、ごく普通に「皆と同じように」ホグズミードに行きたいと願うような子になったわけだが。

 安全を考えると、そりゃあ城のなかに閉じこめておいたほうがよいのだ。一応「シリウス・ブラックに狙われている」のだし。

「……ロンとハーマイオニーがいるし」

 呪文のように唱えた。彼らが黙認したのだから、よいのではないかという気がしている。フェンネルは弟に口うるさく言いたくない。ホグズミードだって行けばよい。見つかって罰則を食らっても庇わないが。自己責任である。夜の闇横丁の深部に行くというのならば、止めるけれど。

 十三歳だったらあんなものだろう。なにか相談がありそうな素振りをしていたから、後で手紙でも送ってやるとして……。

 額を揉む。考えることが多い。

「バックビークの裁判だろう」

 正確には、まだ開始していないが。数日使って判例を調べたが、結果は微妙なものだった。弟たちとめぼしい資料を当たったが……ほぼ決め打ちのそれをひっくり返せるかどうか。

「よけいなものまで見つけるし」

 ベラトリックス。

 ぽつ、と呟けばパッドフットが鼻を鳴らした。フェンネルは彼に眼をやった。黙ってチキンをもう一つやった。

 魔法生物裁判の判例を調べるついでに、ここ十数年で起こったあれこれも調べたのである。主に、あのろくでなしの凋落後になにがあったかを。もっと言えばシリウス・ブラックの裁判記録がないかを漁った。そしたらまあ、げんなりするようなものが出てきた。ロングボトム夫妻襲撃事件。廃人。犯人はベラトリックス・レストレンジ。旧姓ブラック。そしてレストレンジ兄弟と時の高官バーテミウス・クラウチの子息、バーテミウス・クラウチ・ジュニア……。

 魔法生物裁判調べに夢中な三人をよそに、フェンネルは調べを進めた。そうして、ため息を吐いた。ロングボトムの家の系譜を見てみれば、フランク・ロングボトムとアリス・ロングボトム――旧姓プルウェットが結びついたその先はネビル・ロングボトムに繋がっていたのだ。フェンネルと同学年。ハリーたちと同寮。あまり目立たない子であった。

 我が腐れた兄は、なんという配下を抱えていたのか。高名な闇祓い夫妻を何時間も拷問し、壊すなんて……。

 そして、同じ「ブラック」でもシリウス・ブラックは裁判にかけられなかったようだ。現行犯逮捕からの監獄直送便である。純血名家ゆえ、妙な横槍が入ってはかなわないと思い、さっさと監獄に送られたのか。それとも見せしめ目的か。詳細は不明である。マグルを除けば「たかが一人」を殺しただけ。裁判なんぞ受けさせるのも手間……と魔法省のお偉方は思ったのかもしれない。

 ピーター・ペティグリューは名家の出でもなんでもなく、いわば勝手にシリウス・ブラックと相対して、勝手に死んだのだから。マーリン勲章勲一等でも投げてやればよし、とか。

 シリウス・ブラックの一件は、あちこちに小さな違和感がある。犯人とされる男の行動が不可解なのだ。

 一つ。さっさとポッター一家を闇討ちすればよかったのにそうはしなかった。

 一つ。ピーター・ペティグリューを始末するだけならば、死の呪文を使えばよかったのにそうはしていない。

「爆発を起こす必要性はなかった……はず」

 首を傾げる。死の呪文でなくても、いくらでも賢いやり方はあるのだ。頭を水球で包んで溺死でもよし、セクタムセンプラ滅多切りでもよし。派手にしたいのなら悪霊の火。

 これみよがしにマグル十数人を巻き込んで爆発。どこぞの映画じゃあるまいし。悪趣味である。ピーター・ペティグリューは木っ端みじん。指が一本残っただけ。

 都合よく、一本だけ残された。

 ばらばらと他の部位があってもよさそうなものなのに。そもそも、道の真ん中が陥没し、下水管が破裂するような規模だ。指一本ですら残っているか怪しい。

 誰かを騙したいときはどうするか。

 囮をちらつかせ、そちらに注目させる。

 忠誠遊戯と同じだ。守り人Aを立てる。しかし真の守り人はBである、とか。フェンネルならば守り人Bを立てるという話でしかないが。

 当事者に訊こうにも、ポッター夫妻ことフェンネルの両親は死んでしまっている。ゴーストになっていれば話は別だが……たいていは門の向こうに行くものだ。永遠に地上をさまよう道は選ばない。

 わからん。守り人AB問題は不明だ。あくまでも推測で、フェンネルの勘でしかない。棚上げにするしかない。弟がシリウス・ブラックを捜索して――どうやって捜索するんだ弟よ――復讐に走るなんて馬鹿をしないか心配だが。

 要観察である。ロンとハーマイオニーに任せよう。弟が馬鹿をしそうになったら止めてくれるだろう。お兄ちゃんは忙しいのだ。謎の贈り物があったことだし。

 フェンネルはローブのポケットから鍵を取り出す。誰かからのクリスマスの贈り物だ。本十数冊と鍵が一本。カードも何もなし。呪いはかかっていなかった。ダンブルドアからか? と思いはしたが訊いていない。両親が彼にグリンゴッツの鍵を預けていても不思議はない。鍵に刻まれた番号は七一二であった。ポッター家もとい双子の金庫からは少し離れている。深い階層にある、と言ったほうが正しいか……。ポッター家に縁のある人物の金庫なのかもしれない。集約せず、独立して遺しておいた、とか。夏にグリンゴッツに行った時にでも照会すればいいか。

 重要なことは、フェンネル・ポッターの資産が増えたということだ。新たな金庫にいくら入っているかはわからないが、少々の遊びに使えるであろう。

――たとえば

 焚き火を見つめる。そして、鍵に眼をやる。フェンネルは面倒なことが嫌いである。なるべく最短で事を終わらせたい類であるし、こじれて泥沼になる前に事態を収拾したほうが楽だと知っている。

 バックビーク絡みで、友人が泣かずに済むのならば単純で楽な方法で丸く収めたい。

 

 禁断の森を抜け、ルビウスの小屋へ向かった。クリスマスの飾り付けがされたその場所は……。

「何杯飲んだの」

 酒臭かった。クリスマスを口実に浮かれようにも浮かれられず、しかしバックビークのことが気にかかり、なにかをしていないと落ち着かず。ルビウスは酒に走ったらしい。

 身体が子どもだから、酒は飲めないんだよなあ残念、と思いつつ湯を沸かす。白湯の入った茶器を卓に置いた。

「ほんとうにお前さんはしっかりしちょる……リリーみたいに……」

 あの子は監督生だったし、首席にもなったし。いい子で……。俺のことを怖がらなかったし……。ちょっとハーマイオニーに似てる。優しいところが……。あんな死に方をしなくても……。

 おいおいとルビウスが泣き始めた。フェンネルは己の容姿がリリー・ポッター寄りであったら、かなりややこしいことになったのでは、と危惧した。誰も彼もリリーの面影をフェンネルに見てしまうとか。弟のことをジェームズの生き写しと誉める者が多いように。どうも、セブルス・スネイプはジェームズ似の弟に当たりが強いようだった。好きで似たわけでもないのに、かわいそうなものだった。双子の兄のフェンネルのことはほぼ無視であった。スネイプにとって憎いのはジェームズであり、彼に似たハリー・ポッターであるという証左だ。父がなにかをやらかしたのか、スネイプが大人気なさすぎるのか、真実はわからない。噂で聞く限り、ネビル・ロングボトムを虐めているようで……スネイプが根性悪に一票である。

 遺伝子の不思議と、根性悪の教師を頭から追いやる。勝手に紅茶を淹れ、フェンネルはひとくち飲んだ。

 べろべろに酔って、泣きじゃくっているルビウスの肩を叩く。

「あのね、ハグリッド」

 お願いがあるんだけど、と言ってみる。ぐずぐずと鼻を鳴らし、ルビウスが瞬いた。

「どうしたフェン」

 おねだりなんて珍しい。お前さんもハリーも、もうちょっと欲を出していいと俺は思っちょったよ。

 苦労してるのに……とルビウスがまた泣き始めた。いや、君も相当苦労しているんだけどもね、とフェンネルはなんとも言えない気持ちになった。八割は兄が悪いが、二割くらいはロディアが悪いのだ。

 なんだか気がくじけそうになる。が、己に鞭打ってフェンネルは続けた。

「あのね」

 バックビークを僕にくれないかな?

「ガリオンならあるし……まあその、金銭でやりとりするのはちょっと嫌だけど」

「フェン」

 ルビウスが泣きやむ。じっとフェンネルを見つめ、低い声で言った。

「なにを企んじょる?」

 フェンネルはにやりとした。森番がジェームズに似ているなこの子も、と思っていることなど知らず、さらりと言った。

「あのみっともないお貴族様も」

 子どもに、有名なハリー・ポッターの、双子の兄相手に――。

 裁判を起こすほど馬鹿じゃないでしょう。

「どうかな?」

 一番楽な解決法だと思うよ。

 高らかに解決策を歌った、面倒くさがりなレイブンクロー生は知らなかった。

 友人の問題をほぼ片づけたと思ったら。

 弟に謎の『炎の雷』が贈られているなんてことは。

 

 

 便せんの手触りを指先に感じながら、連ねられた文字を追う。

 安価な便せんと安価なインクに、手紙の送り主の身分を思い出さざるを得なかった。まだ学生で、子ども。普段使いの羊皮紙やインクを使わず、わざわざ別に便せんを買い求め、インクも少しいいものを使ったとて……子どもの小遣いで買える範囲のものである。

「……ダンブルドアの差し金か?」

 呟き、眼を開ける。流れるような筆跡で用件がしたためられていた。要するに件のヒッポグリフの所有権移行の知らせである。僕がねだって譲ってもらいました……。ご子息の怪我はすっかりよくなったようです。とても元気ですよ、等々。

 まるで親戚のおじに送るような内容である。まったく微笑ましくないが。

「手打ちになさったら」

 あなた。ソファ――隣に腰掛けた妻が言う。ルシウスは唸った。

「しかしだな、」

 息子が傷つけられたのは確かで、そりゃあ切り傷だけども。ダンブルドアを引きずり下ろすのにちょっと利用しようとは思ったけれど。

 ルシウス・マルフォイはここのところ踏んだり蹴ったりであった。行方知れずの「我が君」に預けられた闇の品を使って少し遊んだら、預かりものは壊される、屋敷しもべは自由の身となってしまう。己は理事を解任させられる、である。ほぼ自業自得なのだが、ルシウスは認めたくなった。大体全部、ダンブルドアと……ポッターの弟のほうが悪い。

「……あの坊やは」

 ここでやめましょう、と言っているのよ。

 重ねて言われ、ルシウスは眉間に皺を立てた。ポッター家の双子の兄、フェンネル・ポッターはルシウスを非難していなかった。単に事実を述べていた。マルフォイ家の子、つまりルシウスの息子が後遺症もなく回復しているとも述べていた。

 当初の目的は頓挫した。あくまでも本命はダンブルドアの失脚であった。あれが庇護している半巨人にたいして興味はなかった。あんな混ざり者がホグワーツにいるのはどうかしている、とは思っていたが。半巨人を解雇させようとしたがこれも頓挫。なんらかの成果、あるいは瑕疵が必要だった。ところが、たかがヒッポグリフの処分が裁判沙汰にもつれ込んだ。危険生物処理委員会は役立たずで、裁判を行った、勝ったという体裁が必要なのだと宣った……。

 正直に言おう。ルシウスは面倒になっていた。ついでに言えば、死喰い人の中には裁判なしで監獄に直行したのもいるのに? たかが獣に裁判が必要なのか? とものすごく面倒になっていた。労力と利益が釣り合わなかった。

 ルシウスは隣の妻を見た。ブラック家から娶った女は、灰色の眼を細めている。

「私が馬鹿みたいではないか」

「お気づきにならなかったの」

 口調こそ柔らかだったが、言っていることは手厳しい。

「ナルシッサ、あの出来損ないのせいで息子は怪我をしたのだ」

 妻は肩をすくめた。

「杖の下ろしどころがあるんですから」

 乗っておしまいなさい。

「ダンブルドアは恐らく噛んでいないでしょう。彼は多忙ですから」

 馬鹿な従弟の件もあって、ヒッポグリフなんかに構っていられないでしょう。

 フェンネル・ポッターは物事がわかっているようです。

「生き残った男の子本人ではない。しかし双子の兄で、子ども」

 その所有物となったヒッポグリフを、大人が奪い取り、首を斬る……。

 呟き、ため息を吐いた。いくらなんでも心証が悪い。半巨人のヒッポグリフの首を斬ろうが問題はなかろうが、生き残った男の子の双子の兄のヒッポグリフの首を斬るのは……。

「口だけでない証に、ヒッポグリフの売買証明書の写しまで付けているではありませんか」

 妻の手が、同封されていた書類を摘んだ。

 子どもの小遣い程度であっても、売買は成立した。ヒッポグリフはフェンネル・ポッターのものとなった。

 細い指が、フェンネル・ポッターの署名をなぞる。

「その「坊や」のことを気に入っているようだな?」

「礼儀をわきまえていますよ、あの子は」

 スリザリンに入れたでしょうね、と妻は付け加える。ルシウスは手紙を睨んだ。ハリー・ポッターの双子の兄。レイブンクロー生だと聞いていた。頭の回転が速い類だろう。こうして「杖の下ろしどころ」を提示するくらいには。

「なにもなしで済まされんだろう」

「ドラコの見舞いに行ったとき、ダンブルドアに釘は刺しておきましたよ」

 解雇までは至らないでしょう。常ならば減給でしょうね。

「……ケトルバーンのほうがよほどな……」

 多少の怪我くらいはあった。火事も起こしていたような。まともな教師はいないのか、とルシウスは常々思っていた。そう、たとえば……。

 銀色の髪に緑の眼の……とまで考え、瞬く。優しげな人であった。後に主となる人と同じ顔をしていて。

 幼い時……三つかそこらだろう……宴に退屈していた子どもたちを、こっそりと連れ出してくれた……と思う。雪の庭園で、ドラゴンや一角獣の雪像を作ってくれた。はしゃぐ子どもたちを雪像の背に乗せてくれた。生き物が好きなのだと言っていた。

『特に、ドラゴンがね』

 私はもう二度と、会えないだろうけれども。切なげに言っていた。坊や、君は幸せにおなり、と囁いて。きっと高貴な姫君と結ばれることだろう。

 淡い色彩の思い出。また来てくれたらいいのにな、と思い……。

 再会は果たせなかった。ルシウスが闇の陣営に入り、印を刻まれた時には、我が君の双子の弟は、実体のない影となっていた。

 時折、古参の死喰い人が嘆いていた。

 ああ、大君がいらっしゃれば。

 帝王を宥めてくださるのに……と。

 彼はどこに消えたのだろう、とルシウスは時折考え――やがて忘れていった。ふとした拍子に思い出しては、淡い情景を胸に仕舞い込む。

 あの人の末路は容易に想像がついた。

 慕われていたらしい大君。

 彼はきっと、殺されてしまったのだろう。

 実の兄によって。

 わずかな痛みを強いて無視する。過去から現在へと意識を戻した。

「……仕舞いにするしかないか」

 ぽつ、と呟いた。

 

 なんだろうか。自分は前世も今世も、こういう星回りに生まれついているのか。

「シリウス・ブラックが送って寄越したに決まっているじゃない」

 なのに、なのに……と呟くハーマイオニー。フェンネルは黙って課題を続けた。ここ数日、ハーマイオニーからもロンからも弟からも色々聞かされていた。

 どちらの肩も持たないようにして、しかしどちらの意見にも耳を傾けた。弟は『炎の雷』が奪われたことに立腹していて、ロンも同じく。ハーマイオニーが告げ口したんだ、と唸っていた。対してハーマイオニーは「必要な措置なのよ」と我を通した。

 どうしろというのだ。フェンネルはハーマイオニーと行動を共にするようになった。がらんとした図書館で勉強している。なにせ生徒の大半が帰省し、寮は貸し切り状態である。ハーマイオニーは弟たちとみっちりと顔を合わせるはめになる。よって図書館に逃げ込んでいる。フェンネルはなし崩しに一緒にいるのである。

「ブラックのやりくちにしては回りくどいけれどね」

 道を吹き飛ばして十数人殺害したのにね、とフェンネルは呟いた。どっちの味方なのよと詰られても無視した。

 面倒なことになってしまった。バックビークの件は片が付きそうだし、恐らくルビウスの減給が落としどころになると踏んでいるが……ルシウスがごねるようなら、帰省中のロジャーとアンソニーに手紙を送って噂を撒くつもりだった。貴族たるマルフォイ家のルシウスが、子ども相手に裁判を起こそうとしている。ああ、みっともないこと……とか。ご子息の「ひっかき傷」で大騒ぎするなんて、とか。生き残った男の子の兄に難癖をつけるなんて、やはりマルフォイは闇側では? 服従の呪文にかけられていたなんて嘘では? とか。

 ロジャーは顔が広い。アンソニーは貴族で、闇祓いを輩出しているゴールドスタインなので社交界に顔が利く。両者に頼めば噂は拡散するだろうと読んでいた。ルシウスに手紙を送って数日。なんの沙汰もないので、この一件は手打ちになるであろう。小細工の必要もなくなった。

「本当に呪いがかけられていたら、どうするのよ」

 ハーマイオニーが涙声を出した。フェンネルはため息を吐いた。本気で弟を心配しているのだろう。ついでに言えば、色々と参っている。バックビークの件は落ち着く見込みで、彼女の負担は減るにしろ……。

「占い学とマグル学をやめればいい」

 体力的に限界だろう、と口にする。逆転時計を使っているとして――目撃されてはいけないし、何度も何度も使用すれば気がおかしくなる。時間を巻き戻したところで、疲労が薄れるわけでもない。一日にいくつも授業を受けることには変わらない。

 ホグワーツの時間割は十二科目受講を前提に作られていないのだ。だからこその特別措置である。

 ハーマイオニーはそっぽを向いた。できるもん、とその横顔が言っている。ここでできないと思う、無茶だと思うと言えばさらに意固地になるだろう。かわいそうだが一回倒れて現実を知るしかない。

「フェンだって、その気になれば十二科目受けられるでしょう」

「仲間に引き込もうたって無駄だよ」

 前世ですら十二科目受ける気にならなかったのに、今世なんてもっと嫌だ。特に占い学。

「楽しいのに」

 マグル学とか。

「占い学は?」

 そっと訊いてみれば、ハーマイオニーは眼を逸らした。ああ、遠からず占い学をやめるだろうなこれは。

「どうせ勉強で忙しいんだから」

 弟のことは放っておけばいい。

 話を戻した。宙を見やり、フェンネルは苦く笑った。

「僕が下手に『炎の雷』を買ってしまったものだから」

 あれは羨ましかったんだろう。

 間が悪すぎた。ニンバスが木っ端みじんとなって意気消沈しているのに、兄は『炎の雷』を手に入れて、デビュー戦を飾った。

 そしたら親切な誰かが『炎の雷』を贈ってくれたのに取り上げられた。

 シリウス・ブラックの裏切りを知り、揺れ動いている最中にこれだ。爆発してもおかしくはない。

 あんな高級箒をぽんと贈れる者は限られる。シリウス・ブラックの線が濃厚だ。弟はそんなこと知ったことではないだろうが。

 困ったことだな、と眉根を寄せたフェンネルに、ハーマイオニーは首を傾げた。

「ねえ、フェン。あなたには怪しい贈り物はなかったの?」

「知らないのかハーマイオニー」

 フェンネルは口笛を吹いた。

「僕は生き残った男の子じゃなくて」

 その兄でしかないんだけどね。

 差出人不明の贈り物、本十数冊――冒険ものから戦記ものまで色々――と、グリンゴッツの鍵の存在など、フェンネルが悟らせるわけがなかった。

 弟のように取り上げられるなんて冗談じゃない。

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