どちらもありうる……
そんだけだ
第1話「飢餓の器」
ピー、ピー、ピー。 無機質な電子音が、病室の静寂を規則的に切り刻んでいた。
窓の外には、無数の配管と蒸気が絡み合う「
かつてこの島を支配していた呪術師たちの古都。その焼け跡と遺跡を埋め立てるように建設されたこの里は、どこか歪で、古びた墓標のような空気を纏っていた。
「……爺ちゃん」
里立病院の一室。丸椅子に腰掛けた少年──
指先が震える。
──触れれば、奪ってしまう。 ここ数ヶ月、廻仟はずっとその感覚に
花に触れれば枯れ、小動物を抱けば衰弱する。
まるで掌に、見えない「穴」が開いているかのように、触れた相手から温かい
祖父が急激に弱ったのも、自分が看病と称して傍に居続けたからではないか。
その疑念が、喉の奥に鉛のように詰まっていた。
「……廻仟、か」
酸素マスクの下から、枯れ木のような声が漏れた。
廻仟は弾かれたように顔を上げる。濁った瞳が、彼を捉えていた。
「爺ちゃん! 今、人を呼ぶ……」
「いい……呼ぶな」
「でも!」
「最期くらい、静かに逝かせろ」
祖父は痩せこけた腕を、重力に逆らうように持ち上げた。廻仟は反射的に身を引くが、その手は廻仟の頬には触れず、空を掴むように彷徨った。
「廻仟。……お前、気づいてるな?」
「え……?」
「お前のその……特異な体質だ」
心臓が早鐘を打った。祖父は、知っていたのだ。
「お前は強い。だがその強さは、飢えた獣のそれだ。……放っておけば、お前はただ奪うだけの化け物になる」
「……俺、どうすればいいんだよ。誰とも触れ合えないなんて」
「だからこそ、だ」
祖父の言葉に、最期の力が籠る。
「その飢えを、己のためだけに使うな。誰かを助けるために使え。……俺みたいに、傷つけるのを恐れて独りで死ぬな。大勢に囲まれて死ね」
「爺ちゃん……」
「人を、助けろ。……約束、だぞ」
ガクッ、と腕が落ちた。
電子音が一本の線になり、けたたましい警告音へと変わる。
駆け込んできた看護師たちの喧騒の中で、廻仟はただ、自分の掌を見つめていた。
奪ったばかりの微かな温もりが、呪いのように手に残っていた。
◆
火葬を終え、病院を出た頃には、里は深い夜に沈んでいた。
湿った海風が、錆びた鉄の臭いを運んでくる。
芥隠れの里は特殊な場所だ。
大昔、この地で「
その後、残党の監視と、島に残る強力な「負の遺産」を管理するために作られたのが、この里だという。
だからだろうか。この里の夜は、他のどの国よりも暗く、重い。
(人を、助けろ……か)
祖父の遺言を反芻しながら、人気のない路地を歩く──その時だった。
「──そこで止まれ」
冷ややかな声が、頭上から降ってきた。
廻仟が足を止めると、電信柱の上に人影があった。
逆立った黒髪、学ランのような特徴的な詰め襟の忍装束。額には、忍びの証である額当て。 月光を背に、その少年は冷たい瞳で廻仟を見下ろしていた。
「お前が廻仟だな」
「……誰だ」
「
由良が音もなく地面に降り立つ。その手には、既に印が結ばれていた。
「喪中のところ悪いが、緊急事態だ。お前、自分が周囲にどんな影響を与えているか自覚があるか?」
冷たいものが伝う感覚がした。思い当たる節があった。たった今、それに悩まされていたところだった。
「お前は周囲のチャクラを無差別に吸収し続けている。まるで歩くブラックホールだ」
由良の視線が、廻仟の胸元へと突き刺さる。
「この周辺の空間チャクラ濃度が低下している。……その特異体質、里の結界維持に支障をきたすレベルだ。場合によっては、その場で『
処理。その単語の意味を理解した瞬間、廻仟の背筋が凍る。
やはり自分は、人間ではなく、排除されるべき化け物なのか。
「……俺は、人を傷つけるつもりなんてない」
「意思の問題じゃない。事実、お前の近くにいた人間は衰弱している。……祖父もそうだったんじゃないか?」
図星だった。
廻仟の顔が歪む。否定したかった。だが、その言葉こそが真実だと、手が覚えている感覚が告げていた。
「抵抗するな。大人しくくれば、悪いようにはしな……」
由良が一歩踏み出した、その時。
ぞわり、と空間が歪んだ。
由良の言葉を遮るように、路地裏の深い闇から、どす黒い殺気が溢れ出した。
「──おやおや。忍者が先に接触しちゃうなんて、計算外だなぁ」
ねっとりとした声。
その主が、路地の陰から姿を現す。
ツギハギだらけの奇妙な青年だった。額当てはしておらず、ボロボロの法衣を纏っている。 だが、その瞳だけが、無邪気な子供のように輝き、廻仟を見つめていた。
「初めまして、廻仟くん。僕は
「……助ける?」
「そうさ。君は病気じゃない。ましてや、処理されるべき欠陥品なんかじゃないよ」
間仁は、由良の存在など無視するように、両手を広げて廻仟へ歩み寄る。
「君は選ばれたんだ。『
間仁の言葉は甘く、そしてどこまでも不気味に響いた。
「僕らと一緒に、正しい世界を取り戻そうじゃないか」