呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第3話「双極点」

 白と黒が混ざり合う混沌の空間。

 由良恵の影が、光海の花畑を泥のように汚し、付与された術効果を打ち消していく。

 

「今だッ!! 行けェ!!」

 

 由良の絶叫が響く。彼は印を結んだまま、鼻血を滴らせて膝をついていた。

 領域の維持に全神経を注いでいるため、指一本動かせない。

 だが、その隙は仲間が埋める。

 

「うおォォォッ!!」

 

 廻仟が飛び出した。

 必中効果は消えた。だが、光海の操る木遁の脅威が去ったわけではない。

 地面から槍のように突き出す木の根。廻仟はそれを紙一重で回避し、避けきれないものは餓鬼道のチャクラを纏った手刀で切り払う。

 

(硬え……! 術の威力は吸えても、木の質量までは消せねぇ!)

 

 腕が痺れる。だが、止まるわけにはいかない。

 光海が掌を向ける。無数の枝が蛇のように廻仟へ殺到する。

 

「させん! 阿修羅、パージ!」

 

 傀儡丸が叫ぶ。

 『機巧・阿修羅』の外部装甲が弾け飛び、内部フレームとチャクラ炉心が露出した軽量形態へと移行する。

 防御を捨てた捨て身の突撃。阿修羅は高速で廻仟の前に割り込み、回転するドリルアームで枝を粉砕して道を切り開く。

 

「今だ廻仟!」

「おぅッ!!」

 

 廻仟が阿修羅の背中を足場に跳躍する。

 光海の眼前に、廻仟の拳が迫る。

 

「小賢しい」

 

 光海は防御姿勢を取ろうとするが、足元の影──由良が最後の力を振り絞って操作した泥沼が、光海の足をわずかに沈ませた。

 一瞬の拘束。

 

 ゴガッ!!

 

 廻仟の拳が光海の顔面を捉えた。

 餓鬼道の吸引と、体重を乗せた渾身の一撃。

 光海の巨体が揺らぎ、その頬が砕ける。

 

「ぐぅ……ッ!?」

 

 光海が大きく後退する。

 領域を維持しながらの戦闘、そして度重なる再生。仙術チャクラといえど底が見え始めていた。

 

「忍者ごときが……ここまで粘るとは」

 

 光海の表情から慈悲が消えた。

 このままでは押し切られる。彼は決断した。

 領域の維持を捨て、残る全てのチャクラを物理的な破壊力へと変換する。

 

「木遁・大樹界壁(だいじゅかいへき)

 

 光海が領域を解いた。

 花畑が消滅し、元の荒れた森へと戻る。

 だが、それは終わりではない。光海の合掌に呼応し、周囲の森が爆発的に活性化した。

 数メートル級の木々が、瞬く間に数十メートルの巨木へと成長し、巨大な津波となって三人を圧殺せんと迫りくる。

 

「飲み込まれろ。土へと還れ」

 

 圧倒的な質量攻撃。

 由良は動けず、廻仟と傀儡丸も空中にいるため回避できない。

 全滅──誰もがそう思った、その時だ。

 音はなかった。

 予兆も、殺気さえも感じる暇はなかった。

 ただ、世界の一部が「消滅」した。

 

 ズォッ!!!!

 

 光海の半身と、彼が展開しようとした巨大な樹木の壁。それらが一瞬にして抉り取られ、虚空へと消え失せた。

 

「……?」

 

 光海は何が起きたのか理解できなかった。

 痛みより先に、喪失感が襲う。

 右半身がない。

 そして、自分の背後に広がっていた森が、円筒状にくり抜かれたように消失していた。

 

   ◆

 

 ──数秒前。

 戦場から遥か数キロメートル上空。

 雲海を突き抜けた彼方に、南条悟は浮遊していた。

 彼の「転生眼」は、地上の戦いを詳細に捉えていた。

 

「よく粘ったね。合格だよ」

 

 南条は右手を掲げる。その指先には、強烈な斥力を宿した赤い光点が生成される。

 

 「極点・(あか)

 

 天道の力を用いて圧縮された、触れるものを弾き飛ばす拒絶の点。

 続いて左手。そこには、全てを飲み込む引力を宿した蒼い光点が生まれる。

 

 「極点・(あお)

 

 同じく天道の力による、空間すら歪める吸引の点。

 

 相反する二つの極点。

 通常なら混ざり合うことのない二つの力を、南条は掌の上で螺旋を描くように回転させた。

 

 ──混ざり合うな。反発し、惹かれ合い、踊れ。

 

 二つの点は決して衝突しない。

 互いの周りを猛烈な速度で追いかけっこをするように旋回し始める。

 引力と斥力。プラスとマイナス。

 その二点の間には、空間そのものを引き裂くほどの、凄まじい「潮汐力(ちょうせきりょく)」が発生していた。

 

「──双極点(そうきょくてん)

 

 南条が指鉄砲の形を作り、地上の森へと狙いを定めた。

 もつれあい、回転する二つの光は、紫色の余波を撒き散らしながら一つに重なって見えるほどの速度へ加速する。

 

「『(むらさき)』」

 

 放たれたのは、エネルギー弾ではない。

 高速回転する引力と斥力の渦。

 その渦に触れた物質は、素粒子レベルで引き裂かれ、ねじ切られ、存在を維持できずに霧散する。

 それは天から降り注ぐ、不可視の断頭台だった。

 

   ◆

 

 ドッッッ……ゴオオオオオオオォォォォン!!

 

 遅れて届いた衝撃波が、森を薙ぎ倒した。

 大地には、定規で引いたような一直線の巨大な溝が刻まれていた。

 その延長線上にある山が、風穴を開けられて崩落していく。

 

「……は?」

 

 廻仟は尻餅をついたまま、呆然と目の前の光景を見つめていた。

 巨木の津波も、光海の右半身も、跡形もない。

 

「……逃げたか」

 

 残された光海の下半身が、泥のように崩れて地面に吸い込まれていくのを見て、由良が呟いた。  本体は直撃の瞬間、地中へ逃れたのだ。だが、あれだけの深手だ。当分は動けないだろう。

 空を見上げる。

 そこには、豆粒ほどにしか見えないが、確かな「最強」の気配があった。

 

   ◆

 

 同時刻。芥隠れの里、重罪人収容施設。

 不気味なほどの静寂が、廊下を支配していた。

 警報装置は破壊され、赤い回転灯だけが虚しく回っている。

 

 床には、無数の警備忍たちが転がっていた。

 彼らの死に様は異様だった。雑巾のように絞られた者、風船のように膨張して破裂した者、あるいは粘土細工のように手足を結ばれた者。

 忍術による攻撃ではない。()()()()()()()()()()()()()()痕跡。

 

 最奥の独房。

 分厚い鉄扉は、内側から爆ぜたようにひしゃげていた。

 中には、誰もいない。引きちぎられた拘束衣と、封印札の残骸だけが散らばっていた。

 鉄山は奪われた。

 

 だが、被害はそれだけではなかった。

 里の地下深く、厳重に封印されていた「禁忌保管庫」もまた、同様の手口で破られていたのだ。

 保管庫の棚は空っぽになっていた。

 かつて回収された特級呪物たち。そして、歴史の闇に葬られたはずの「呪術師」に関する禁断の書物や祭具。

 それら全てが、跡形もなく消え失せていた。

 光海の陽動。そして南条の不在。

 その隙を突いた、何者かによる鮮やかな、そして致命的な犯行。

 敵は、ただ仲間を救出しただけではない。

 来るべき大戦に向けた「戦力」と「知識」を、まんまと手に入れたのだ。

 

 里に忍び寄る「呪術師」たちの影は、もはや無視できないほど巨大に膨れ上がっていた。

 

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