呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第4話「忌むべき記憶」

 激闘の末、光海は撤退した。

 南条悟の放った規格外の一撃「双極点・茈」によって森の地形は変わり、敵は深手を負って地中へと消えた。

 一応の勝利。だが、里に帰還した南条班を待っていたのは、物々しい警戒態勢だった。

 

「南条班、休んでいる暇はないぞ。至急、地下保管庫へ向かえ」

 

 門をくぐるなり、暗部の小隊長が指示を飛ばしてきた。

 

「敵の陽動部隊と交戦したのはお前たちだけだ。保管庫に残された『敵の残留チャクラ』と、お前たちが戦った光海のチャクラが一致するか、現場で照合を行う」

 

 廻仟たちは、治療もそこそこに、襲撃された里の中枢──地下深くにある「禁忌保管庫」へと連れて行かれた。

 

   ◆

 

 エレベーターが地下深くへと降りていく。

 扉が開いた瞬間、鼻をつく異臭が廻仟たちを襲った。

 鉄錆の臭いと、薬品の臭い。そして濃厚な死臭。

 

「……うぇ、なんだこの臭い」

 

 廻仟が鼻を覆う。

 そこは、無機質なコンクリートの広間だった。

 しかし今は、爆破された壁の瓦礫と、破壊された無数の巨大な円筒形カプセルが散乱し、床一面に緑色の粘液が広がっていた。

 

「足元に気をつけろ。……劇薬が含まれてるかもしれん」

 

 傀儡丸が『機巧・阿修羅』の足で床を探りながら進む。

 現場では、ガスマスクをつけた医療班や鑑識班が、淡々と事後処理を行っていた。

 

「南条班か。こっちだ」

 

 鑑識の男が手招きする。彼は破壊されたカプセルの一つを指差した。

 

「ここにあった『()()()』が持ち去られた。……付着している残り香を嗅いでみろ」

 

 由良恵がカプセルの残骸に近づく。

 そこには、森で感じたものとは違う、だが同質の不気味なチャクラの痕跡があった。

 

「……間違いありません。間仁のチャクラです。鉄山を連れ去った奴と同じ……」

「やはりな。陽動と潜入、完全に連携が取れている」

 

 鑑識の男は事務的にメモを取る。

 その横で、廻仟は足元に落ちていた「何か」を拾い上げた。

 それは、割れたガラス片についた金属プレートだった。

 

 『管理番号:J-098 処理済み 脳髄・視神経保管』

 

「……なんだこれ?」

 

 廻仟が眉をひそめる。

 周囲を見渡すと、破壊されたカプセルには似たようなプレートが散らばっている。

 『生体チャクラ炉心』『呪印抽出用・心臓』……。

 まるで工業製品のラベルだ。

 

「おい、アンタ。ここには何があったんだ? 呪物じゃねぇのか?」

 

 廻仟が近くにいた医療班員に尋ねる。

 男は汚れた手袋を脱ぎながら、面倒くさそうに答えた。

 

「ああ、そっちは『部品(パーツ)』の保管エリアだ。かつて処分された呪術師のな」

「……部品?」

「生かしておくと危険だが、殺すには惜しいチャクラを持つ連中さ。だから脳や経絡系だけ摘出して、里の結界維持用の『()()』に加工して保存してたんだよ」

 

 男は、割れたカプセルからこぼれた肉片──人間の脳の一部に見えるもの──をトングでつまみ、ゴミ袋へと放り込んだ。

 

「チッ……全部持ち出されたか、壊されたかだ。これじゃ結界の出力が落ちるな。新しい『素材』を補填しなきゃならん」

 

 日常業務。

 男の口調には、悪意も罪悪感もなかった。ただ、備品が壊されて困るという、事務的な苛立ちだけがあった。

 廻仟の背筋が凍りついた。

 目の前に広がる粘液と肉片。それが、かつて自分と同じ人間だったモノの成れの果て。

 

「ふざけんな……」

 

 廻仟の声が震える。

 

「人間だぞ……。それを、電池だの素材だの……」

「ん? なんだ下忍。初めて見たのか?」

 

 医療班員は不思議そうに廻仟を見た。

 

「これは里の平和を守るための有効活用だ。彼らは社会を乱す異端者だった。どうせ処刑される運命なら、里の(いしずえ)になれるだけ光栄だろう?」

 

 純度100%の正論。里の論理。

 廻仟は吐き気を堪えられず、口元を押さえた。

 

「……廻仟、行くぞ」

 

 由良が廻仟の腕を引く。その顔も青ざめていたが、これ以上ここで騒げばマズイと判断したのだ。

 廻仟は引きずられるように現場を後にした。

 最後に振り返った視界の端で、医療班員がデッキブラシで「元人間」だった液体を排水溝へ流しているのが見えた。

 

   ◆

 

 地上の廊下に出ても、あの異臭が鼻について離れない。

 重苦しい沈黙の中、傀儡丸がポツリと呟いた。

 

「……感情的には同意できないが、論理的には理解できる」

 

 廻仟がギロリと睨む。

 

「なんだって?」

「呪術師のチャクラは質が高い。それを廃棄せずリサイクルすることで、里の防衛システムを低コストで維持できる。……里を運営する側からすれば、合理的な判断だ」

 

 傀儡丸は科学者としての見解を述べた。彼に悪意はない。ただ、事実を事実として分析しているだけだ。

 だが、その「合理性」こそが、今の廻仟には最も恐ろしかった。

 

「お前……本気で言ってんのか? 俺の『餓鬼道』も、あいつらにとっちゃ便利な掃除機か? 俺が死んだら、俺もあそこで瓶詰めにされるのかよ」

 

 傀儡丸は答えに詰まり、視線を逸らした。

 否定できない。それが忍の里というシステムなのだから。

 

(本当に、それでいいのか?)

 

 廻仟の脳裏に、祖父の遺言が蘇る。

 『人を助けろ』。

 里がやっていることは「人を助ける」ことなのか?

 多数の平穏のために、少数の異能者を生贄にし、死してなお尊厳を奪うこと。それが忍の正義なのか?

 

「……俺は嫌だ」

 

 廻仟は拳を握りしめた。

 爪が食い込み、血が滲む。

 

「そんなのが『忍』だって言うなら、俺は……」

 

 言葉は続かなかった。

 だが、廻仟の中にあった里への信頼は、あの地下室の汚泥と共に排水溝へと流れて消えた。  光海が言っていた言葉が、呪いのように頭を回る。

 

 『今の忍びの世界は歪だ』。

 

「……帰る。今日はもう、何も考えたくない」

 

 廻仟は仲間たちに背を向け、一人歩き出した。

 その背中には、額あての重みが、以前よりも遥かに冷たく、呪いのようにのしかかっていた。

 

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