呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第5話「審判者」

 翌朝。南条班の三人は、里の合同庁舎にある会議室で重い沈黙に包まれていた。

 昨日の「禁忌保管庫」での現場検証の後、彼らが家に帰されることはなかった。

 重要施設の破壊に加え、敵との接触者である彼らは、情報漏洩を防ぐという名目で宿泊施設に隔離され、一晩中監視付きの待機を命じられたのだ。

 

「……また尋問かよ。俺たちは被害者だぞ」

 

 廻仟が不機嫌そうに椅子に深々と座る。

 一睡もできなかった彼の脳裏には、まだあのアジトのような保管庫の光景──排水溝に流される「元人間」の姿が焼き付いていた。

 

「文句を言うな。今回の事件は規模が大きすぎる。……里のセキュリティが根底から疑われているんだ」

 

 由良恵が諌めるが、その顔色も優れない。

 重苦しい空気の中、コンコン、とドアがノックされた。

 返事を待たずにドアが開き、一人の男が入ってくる。

 黒いスーツのような忍装束。胸ポケットには、公正を表す天秤を模した金色の記章が光っている。

 そして腰には、刀ではなく、(しゃく)のような形状をした奇妙な忍具を下げている。

 疲れた目をした、知的な男だった。

 

「お待たせしました。監査部の葛車(くずるま)です」

 

 男は抑揚のない声で名乗り、席についた。

 

「単刀直入に聞きます。……君たちが北の森で交戦した際、敵は『何か』通信のような行動を取っていましたか?」

「通信……? いや、特には」

 

 由良が記憶を辿る。

 

「ただ、奴らが動き出したタイミングは絶妙でした。南条先生が任務で里を離れ、警備のシフトが切り替わる一瞬の隙……。まるで、こちらの動きが筒抜けだったような」

「ええ。その通りです」

 

 葛車は手元の資料に目を落とした。

 

「今回の襲撃は、内部の手引きがなければ不可能な精度で行われました。……私は、里の中に『裏切り者』がいると見ています」

 

 葛車の目が、鋭く三人を見据えた。

 その瞬間、彼の瞳に異変が起きた。

 一瞬、その虹彩に波紋のような()()()()()が浮かんだように見えたのだ。

 廻仟は背筋が粟立つのを感じた。見られている。服の上からではなく、魂の奥底まで覗き込まれるような感覚。  六道(りくどう)地獄道(じごくどう)

 嘘をつく者の魂を見抜き、罪を裁く閻魔の目。

 

「質問を変えましょう。君たちは、敵の構成員と個人的な接触、あるいは勧誘を受けたことは?」 「ねぇよ! 俺たちはあいつらに殺されかけたんだぞ!」

 

 廻仟が吠える。

 葛車は静かにその目を見つめ続け、ふっと力を抜いた。

 

「……嘘ではなさそうです」

 

 葛車はペンを置いた。

 

「協力感謝します。君たちの証言で、敵──『呪詛師(じゅそし)』たちの手口が絞り込めそうです」

 

 聞き慣れない言葉に、廻仟が眉をひそめた。

 

「じゅそし……?」

「ええ。行政上の定義ですがね」

 

 葛車は淡々と説明を始めた。

 

「かつて滅びた呪術師の思想を悪用し、禁術を用いて社会に害をなす犯罪者たち。……里の法と秩序を乱す『呪い』を振りまく者。我々は彼らを『呪詛師』と呼称し、討伐対象として認定しています」

 

 呪詛師。

 社会に害をなす者。

 その定義は正しいはずだ。光海も、鉄山も、確かに危険な連中だった。

 だが、廻仟の中で何かが引っかかった。

 

「……じゃあ、あんたらの言う『秩序』ってのは何だ?」

 

 廻仟は葛車を睨みつけた。

 

「昨日、俺は見たぞ。地下の保管庫で、人間が電池みたいに扱われてるのを。……あれも、あんたの言う『法と秩序』の内なのか?」

 

 隣で由良と傀儡丸が息を飲む。

 監査部の人間に、里の暗部を詰問する。下手をすれば反逆罪だ。

 だが、葛車の表情は変わらなかった。

 

「……ええ。あれは現行法上、適法な処理です」

 

 葛車は無感情に肯定した。

 

「彼らは死刑囚、あるいは危険な異能力者として処理された検体です。その遺体をどう利用しようと、里の公益に資する限り、法的には問題ありません」

「ふざけんな! 法的にどうとかじゃない! 人としておかしいって言ってんだ!」

「感情論ですね」

 

 葛車は冷たく切り捨てた。

 

「法とは感情ではありません。システムです。……君の言う『人として』という基準は曖昧だ。そんなもので里は守れない。誰かが泥を被り、非情なルールを運用しなければ、より多くの人間が死ぬことになる」

「だからって……!」

「君のその『餓鬼道』も同じですよ」

 

 葛車が、木槌の柄を指先で叩いた。

 コン、と乾いた音が響く。

 

「君の力は、他者のチャクラを奪う略奪の力だ。一歩間違えば、君も『呪詛師』として認定され、あそこの保管庫行きになる。……そうならないよう、里の法が君を管理し、首輪をつけているんです」

 

 廻仟は言葉を失った。

 反論したかった。だが、葛車の言葉には隙がない。

 これが「大人の忍」の理屈。

 正しい。悔しいほどに正しい。

 だが──。

 葛車は立ち上がり、資料をまとめた。

 

「……しかし、君のその怒り自体は、否定しません」

 

 去り際、葛車はふと足を止め、背中越しに呟いた。

 

「法で守れないものがあることは、私も知っていますから」

 

 その横顔には、一瞬だけ、深い疲労と諦めが滲んでいた。

 彼もまた、見えているのだ。

 地獄道の瞳で、里の上層部の嘘も、欺瞞も、腐敗も、全て見えてしまっている。

 それでもなお、崩壊を防ぐために「法」という杭を打ち続けるしかない。その苦悩が、廻仟には痛いほど伝わってきた。

 

「……嫌な目をしてたな」

 

 葛車が出ていった後、廻仟は吐き捨てるように言った。

 

「あいつも、我慢してるんだ。……忍でいるために、自分の心を殺して」

 

 里の闇。それを守る法。

 そして、それを破壊しようとする「呪詛師」。

 どちらも間違っている気がする。

 なら、俺はどこへ行けばいい?

 迷いを抱えたまま、窓の外を見る。

 里はもうすぐ、年に一度の「鎮魂祭」の時期を迎えようとしていた。

 

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