翌朝。南条班の三人は、里の合同庁舎にある会議室で重い沈黙に包まれていた。
昨日の「禁忌保管庫」での現場検証の後、彼らが家に帰されることはなかった。
重要施設の破壊に加え、敵との接触者である彼らは、情報漏洩を防ぐという名目で宿泊施設に隔離され、一晩中監視付きの待機を命じられたのだ。
「……また尋問かよ。俺たちは被害者だぞ」
廻仟が不機嫌そうに椅子に深々と座る。
一睡もできなかった彼の脳裏には、まだあのアジトのような保管庫の光景──排水溝に流される「元人間」の姿が焼き付いていた。
「文句を言うな。今回の事件は規模が大きすぎる。……里のセキュリティが根底から疑われているんだ」
由良恵が諌めるが、その顔色も優れない。
重苦しい空気の中、コンコン、とドアがノックされた。
返事を待たずにドアが開き、一人の男が入ってくる。
黒いスーツのような忍装束。胸ポケットには、公正を表す天秤を模した金色の記章が光っている。
そして腰には、刀ではなく、
疲れた目をした、知的な男だった。
「お待たせしました。監査部の
男は抑揚のない声で名乗り、席についた。
「単刀直入に聞きます。……君たちが北の森で交戦した際、敵は『何か』通信のような行動を取っていましたか?」
「通信……? いや、特には」
由良が記憶を辿る。
「ただ、奴らが動き出したタイミングは絶妙でした。南条先生が任務で里を離れ、警備のシフトが切り替わる一瞬の隙……。まるで、こちらの動きが筒抜けだったような」
「ええ。その通りです」
葛車は手元の資料に目を落とした。
「今回の襲撃は、内部の手引きがなければ不可能な精度で行われました。……私は、里の中に『裏切り者』がいると見ています」
葛車の目が、鋭く三人を見据えた。
その瞬間、彼の瞳に異変が起きた。
一瞬、その虹彩に波紋のような
廻仟は背筋が粟立つのを感じた。見られている。服の上からではなく、魂の奥底まで覗き込まれるような感覚。
嘘をつく者の魂を見抜き、罪を裁く閻魔の目。
「質問を変えましょう。君たちは、敵の構成員と個人的な接触、あるいは勧誘を受けたことは?」 「ねぇよ! 俺たちはあいつらに殺されかけたんだぞ!」
廻仟が吠える。
葛車は静かにその目を見つめ続け、ふっと力を抜いた。
「……嘘ではなさそうです」
葛車はペンを置いた。
「協力感謝します。君たちの証言で、敵──『
聞き慣れない言葉に、廻仟が眉をひそめた。
「じゅそし……?」
「ええ。行政上の定義ですがね」
葛車は淡々と説明を始めた。
「かつて滅びた呪術師の思想を悪用し、禁術を用いて社会に害をなす犯罪者たち。……里の法と秩序を乱す『呪い』を振りまく者。我々は彼らを『呪詛師』と呼称し、討伐対象として認定しています」
呪詛師。
社会に害をなす者。
その定義は正しいはずだ。光海も、鉄山も、確かに危険な連中だった。
だが、廻仟の中で何かが引っかかった。
「……じゃあ、あんたらの言う『秩序』ってのは何だ?」
廻仟は葛車を睨みつけた。
「昨日、俺は見たぞ。地下の保管庫で、人間が電池みたいに扱われてるのを。……あれも、あんたの言う『法と秩序』の内なのか?」
隣で由良と傀儡丸が息を飲む。
監査部の人間に、里の暗部を詰問する。下手をすれば反逆罪だ。
だが、葛車の表情は変わらなかった。
「……ええ。あれは現行法上、適法な処理です」
葛車は無感情に肯定した。
「彼らは死刑囚、あるいは危険な異能力者として処理された検体です。その遺体をどう利用しようと、里の公益に資する限り、法的には問題ありません」
「ふざけんな! 法的にどうとかじゃない! 人としておかしいって言ってんだ!」
「感情論ですね」
葛車は冷たく切り捨てた。
「法とは感情ではありません。システムです。……君の言う『人として』という基準は曖昧だ。そんなもので里は守れない。誰かが泥を被り、非情なルールを運用しなければ、より多くの人間が死ぬことになる」
「だからって……!」
「君のその『餓鬼道』も同じですよ」
葛車が、木槌の柄を指先で叩いた。
コン、と乾いた音が響く。
「君の力は、他者のチャクラを奪う略奪の力だ。一歩間違えば、君も『呪詛師』として認定され、あそこの保管庫行きになる。……そうならないよう、里の法が君を管理し、首輪をつけているんです」
廻仟は言葉を失った。
反論したかった。だが、葛車の言葉には隙がない。
これが「大人の忍」の理屈。
正しい。悔しいほどに正しい。
だが──。
葛車は立ち上がり、資料をまとめた。
「……しかし、君のその怒り自体は、否定しません」
去り際、葛車はふと足を止め、背中越しに呟いた。
「法で守れないものがあることは、私も知っていますから」
その横顔には、一瞬だけ、深い疲労と諦めが滲んでいた。
彼もまた、見えているのだ。
地獄道の瞳で、里の上層部の嘘も、欺瞞も、腐敗も、全て見えてしまっている。
それでもなお、崩壊を防ぐために「法」という杭を打ち続けるしかない。その苦悩が、廻仟には痛いほど伝わってきた。
「……嫌な目をしてたな」
葛車が出ていった後、廻仟は吐き捨てるように言った。
「あいつも、我慢してるんだ。……忍でいるために、自分の心を殺して」
里の闇。それを守る法。
そして、それを破壊しようとする「呪詛師」。
どちらも間違っている気がする。
なら、俺はどこへ行けばいい?
迷いを抱えたまま、窓の外を見る。
里はもうすぐ、年に一度の「鎮魂祭」の時期を迎えようとしていた。