呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第6話「宵祭り」

 芥隠れの里が、一年で最も華やぐ夜がやってきた。

 「鎮魂祭(ちんこんさい)」。

 過去の大戦で散った英霊たちを慰め、里の安寧を祈る祭りだ。メインストリートには無数の提灯が灯り、屋台が軒を連ね、浴衣姿の人々が行き交う。

 

「……平和ボケしたツラしやがって」

 

 廻仟は人混みの中、不貞腐れたように林檎飴をかじった。

 あの地下保管庫の惨状を知ってから数日。里の日常が、薄氷の上に成り立つ虚構のように思えてならなかった。

 この明るい提灯の光も、地下で部品にされた「元人間」たちのチャクラによって維持されている結界の下で輝いているのだ。

 

「まあそう言うな。英気を養うのも任務のうちだ」

 

 由良恵が焼きイカを片手に宥める。

 その隣で、傀儡丸は珍しく『機巧・阿修羅』を待機モードの箱に納め、歩いていた。

 

「あ、七丹先生だ」

 

 傀儡丸が指差した先。屋台のベンチで、いつものスーツ姿の七丹健人が、焼きそばを食べていた。

 その横には、意外な人物──監査部の葛車も座っている。

 

「……君たちも祭りですか」

 

 七丹が三人に気づき、箸を止めた。

 

「仕事は? まだ定時前でしょう」

「今は休憩時間もらってるんですよ。七丹先生こそ、まだ定時前じゃないですか」

 

 由良が苦笑いで返す。

 七丹は「私はこれから残業確定ですから、今のうちに腹ごしらえです」と溜息をついた。

 その横で、葛車は焼き鳥(塩)をつまみに、ノンアルコールビールを飲んでいた。

 

「葛車さんも、お仕事ですか?」

「ええ、巡回中です。……人が集まる場所には、罪も集まりますから」

 

 葛車は静かに答えた。

 先日の冷徹な尋問官としての顔とは少し違う、仕事に疲れた哀愁が漂っている。

 

「……君たちも、座りなさい。奢りますよ」

 

 七丹が財布を取り出した。

 廻仟たちは顔を見合わせ、少し離れて座った。

 

「……なぁ、先生達は知ってて平気なのかよ」

 

 廻仟は、葛車に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

 

「この祭りの光が、地下の犠牲の上に成り立ってるってことを」

 

 葛車の手が止まる。彼は遠くの提灯の明かりを見つめた。

 

「……平気なわけがありません」

「え?」

「ですが、見てみなさい」

 

 葛車が視線で示した先では、親子連れが花火を手に笑い合っていた。

 

「システムは腐っているかもしれない。ですが、そこで生きる人々の笑顔まで偽物というわけではない。……私は法を守ることで、せめてこの『()()』だけは守りたいと思っているんです」

 

 法という汚れ役を引き受ける覚悟。

 廻仟は何も言い返せなかった。

 

   ◆

 

 その後、三人は人混みを離れ、里を一望できる高台の公園へと移動した。

 眼下には、光の川のように輝く里の夜景が広がっている。

 

「……綺麗だな」

 

 傀儡丸がポツリと漏らした。

 彼は夜景を見つめたまま、唐突に口を開いた。

 

「なぁ。俺がなんで『傀儡丸(くぐつまる)』なんてコードネームを使ってるか、知ってるか?」

 

 廻仟と由良が顔を見合わせる。

 そういえば、アカデミーの頃から彼はその名で通していた。本名を知る者はほとんどいない。

 

「俺は、昔からクラスで浮いていた。忍術の才能がなく、体術も苦手。あるのは人形遊びと機械いじりの趣味だけ。……周りからは『気味が悪い』『根暗』だと陰口を叩かれていた」

 

 傀儡丸は、自分の華奢な手を夜景にかざした。

 

「人間として扱われないなら、いっそ道具(傀儡)になりきってやろうと思ったんだ。感情を捨てて、システムの一部になれば楽になれると思って」

「傀儡丸……」

「でも、南条先生に拾われて、お前らとチームを組んで……初めて変わった。俺の技術(オタク趣味)を、お前らは『すげぇ』って頼ってくれた。道具としてじゃなく、仲間として見てくれた」

 

 傀儡丸は、二人の方を向いて、少し照れくさそうに笑った。

 

「だから、もういいんだ。……俺の本名は、(むた) 幸一(こういち)って言うんだ」

 

 与 幸一。  それが、仮面の下の素顔。

 

「与……か。いい名前じゃねぇか」

 

 廻仟がニッと笑う。

 

「ああ。だから俺は、このチームが好きだ。里のシステムも、上層部のやり方もクソ食らえだが……」

 

 (傀儡丸)は拳を握りしめた。

 

「俺を認めてくれたお前らがいる、この『居場所』だけは守りたい。そのためなら、俺は里のためにだって戦える」

 

 論理や効率ではない。

 純粋な感情による決意。

 その言葉が、廻仟の胸にストンと落ちた。

 

(そうか……)

 

 廻仟は夜景を見下ろす。

 里のシステムは嫌いだ。地下で眠る犠牲者たちのことを思えば、反吐が出る。

 だが、その上で生きている由良や、与や、祭りで笑う名も知らぬ誰かのことまで憎いわけじゃない。

 祖父の遺言。『人を助けろ』。

 その「人」とは、顔も見えない「里全体」のことじゃない。

 今、目の前にいる仲間や、手の届く範囲にいる誰かのことだ。

 

(俺は、忍者のために戦うんじゃない)

 

 廻仟の中で、ぼんやりとしていた霧が晴れていく。

 

(俺は、こいつらが理不尽な『呪い』に殺されないように……そのために戦うんだ)

 

 (システム)の道具としてではなく。

 一人の人間として、大切なものを守るために力を振るう。

 それが、俺の選ぶ「呪術師」という生き方なのかもしれない。

 

「……へへっ、なんだよ与。湿っぽいな」

 

 廻仟は照れ隠しに与の背中を叩いた。

 

「守るなんて水臭ぇこと言うなよ。俺たちで『勝つ』んだろ?」

「……っ! ああ、そうだな!」

「そろそろフィナーレの花火だ。特等席で見ようぜ」

 

 由良が空を指差す。

 三人は並んで、夜空を見上げた。

 この穏やかな時間が、ずっと続けばいいと願いながら。

 ヒュルルルル……。

 一発の巨大な花火が打ち上がる。

 夜空に大輪の花が咲き、遅れてドンッという音が腹に響く。

 人々の歓声が上がった。

 だが。

 その歓声は、すぐに悲鳴へと変わることになる。

 

「……おい、あれ」

 

 廻仟の餓鬼道が、異質なチャクラの波動を感知して疼いた。

 花火の煙の向こう。

 里の上空を覆うように、黒い液体のような膜が急速に広がり始めていた。

 

「結界……!? いや、これは……」

「『(とばり)』だ」

 

 由良は戦慄する。

 里の結界警報が鳴り響くよりも早く、闇が空を閉ざしていく。

 祭りの終わり。

 そして、地獄の始まりを告げる幕が下りた。

 

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