ドンッ……という花火の音が、不気味に空洞化した空に吸い込まれていく。
夜空を見上げていた人々の歓声は、ざわめきへ、そして悲鳴へと変わった。
「な、なんだあれは!?」
「空が……黒くなっていくぞ!」
上空からドロリとした黒い液体のような膜が降り注ぎ、半球状に里の中心街を覆い尽くす。 結界術『
それは太陽の光さえも遮断し、内と外を隔絶する闇のドームだ。
「通信不能……! 里の外への連絡がつきません!」
近くにいた警備忍が無線機を叩くが、ノイズが走るばかりだ。
その直後。
ドォォォン!!
里の四方の門が同時に爆破され、黒煙が上がった。
だが、そこから雪崩れ込んできた者たちは、奇声を上げるような暴徒ではなかった。
ボロボロの法衣や、古びた呪具を身に纏った集団。
彼らは無言で、しかし確かな殺意を持って里へと侵攻を開始した。
かつて里を追放された抜け忍、隠れ住んでいた呪術師の末裔たち──「復興派」と呼ばれる組織によって訓練された精鋭部隊だ。
「……始めよう。我らの悲願を」
リーダー格の男が静かに告げる。
「忍の時代を終わらせる。……南条悟を引きずり出すために、この里を混沌に沈めよ」
彼らは淡々と、作業のように破壊活動を開始した。
逃げ惑う人々を追い立て、避難経路を塞ぎ、抵抗する警備忍を禁術で葬っていく。
それは快楽による殺戮ではない。自分たちの「正義」のために、
「どいてください。あなた達に恨みはないが、忍に飼い慣らされた民衆もまた、同罪です」
男の一人が、逃げ遅れた親子に向けて印を結ぶ。
それは通常の火遁ではない。黒く濁ったチャクラが練り上げられ、粘着質の液体のような炎が形成される。
一度付着すれば、対象の魂と肉体が燃え尽きるまで消えない呪いの炎だ。
「やめろォッ!!」
高台から飛び降りた廻仟が、間一髪でその術者の懐に飛び込む。
まだ放たれた術を吸収できるほどの技量はない。ならば、放たれる前に潰す。
廻仟の拳が男の顔面を捉えた。
ゴガッ!
打撃の瞬間、廻仟の餓鬼道の吸引口が、男の練り上げていたチャクラを乱し、術の発動を霧散させる。
「ガハッ……!?」
男は吹き飛び、体勢を立て直して廻仟を睨んだ。
「チャクラを吸ったか……。その力、餓鬼道か」
男は、興味深そうに廻仟を見つめた。
「他者から奪い、喰らう力。……それは『秩序』を重んじる忍よりも、欲望と自我を肯定する我々『呪術師』に近い性質だ」
「あぁ……?」
「だが、嘆かわしい。それほどの才能を持ちながら、忍の
男の瞳には、同情のような、それでいて狂信的な光が宿っていた。
彼らにとって、この破壊は「聖戦」なのだ。里の人間を殺すことは、世界を浄化するための必要悪であり、廻仟のような異能者が忍として生きることは冒涜だと信じている。
廻仟は、地下保管庫で見た光景を思い出した。
里の忍たちもまた、「平和のため」と言って異能者を犠牲にしていた。
こいつらも同じだ。「大義のため」と言って、目の前の親子を焼き殺そうとした。
どいつもこいつも、勝手な理屈ばかり並べやがる。
「……ふざけるな」
廻仟の拳に、怒りのチャクラが収束していく。
「お前らがやってるのは浄化なんかじゃない。……ただ自分たちの都合で、弱い奴を虐げてるだけだ」
「貴様に何が分かる。 この革命の高潔さが」
「知るかよ! 人を不幸にする力を、俺は認めない!」
廻仟は、背後で震える親子を庇うように立ち、男を指差した。
「人を助けるために力を使うのが『呪術師』だとしたら、お前らはただの……害悪を撒き散らす『
呪詛師。
葛車が言っていた行政用語。だが今、廻仟はそれを自身の定義として叩きつけた。
社会に害をなす害悪。祓うべき呪い。
俺は忍者じゃないかもしれない。だが、断じて
俺は、俺のやり方で人を守る「
「ここからは、俺がその『呪い』を祓ってやる!!」
廻仟が地を蹴る。
それに呼応するように、由良恵と
◆
一方、里の上空。
南条悟は、眼下に広がる惨劇を冷ややかに見下ろしていた。
その視線は、帳の中心──最もチャクラ濃度の高い地点へと向けられている。
そこには、三つの強大な気配があった。
不気味な笑みを浮かべる青年・間仁。
脱獄した隻眼の老兵・鉄山。
そして、半身を植物で補いながら再生しつつある光海。
(あの三人が主力か)
南条は瞬時に状況を分析した。
彼らは無秩序に暴れているわけではない。的確に避難路を塞ぎ、被害を拡大させている。
人が多すぎる。建物が密集しすぎている。ここで南条が「双極点」のような広範囲攻撃を使えば、敵ごと里が消し飛ぶ。
「なるほどね。一般人を人質に取って、僕に範囲攻撃を使わせない腹か」
南条は鼻で笑った。
敵の狙いは、南条悟の「無力化」あるいは「消耗」だろうと踏んだのだ。
ちまちまと人質を取って、僕の手足を縛り、じわじわと削り殺すつもりか。
「……嘗められたものだ」
南条は包帯の下の双眸を細めた。
その程度のハンデで、僕が止まると思っているのか。
「先生!」
下から廻仟たちの声が聞こえた。彼らも加勢に来ようとしている。
南条は無線機のスイッチを入れた。
「廻仟、恵、幸一。……そして全忍に告ぐ」
南条の声が、里中のスピーカーと無線を通じて響き渡る。
「これより、僕が単独で敵本陣を叩く。君たちは一般人の避難誘導と、雑魚『呪詛師』の排除に専念しろ」
「なっ……一人で行く気かよ!?」
「足手まといなんだよ、僕以外は」
南条はわざと突き放すように言った。
「周りに人がいると、僕が全力を出せない。……最高のパーティーだ。僕一人で踊らせてくれ」
通信を切る。
南条はゆっくりと降下を始めた。
敵が待ち受ける、地獄の中心へ。
そこにあるのが、彼を封じるための「特製の檻」だとは知らずに。
「さて……。少し乱暴しようか」
最強の忍が戦場に降り立つ。