呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第7話「閉帳開幕」

 ドンッ……という花火の音が、不気味に空洞化した空に吸い込まれていく。

 夜空を見上げていた人々の歓声は、ざわめきへ、そして悲鳴へと変わった。

 

「な、なんだあれは!?」

「空が……黒くなっていくぞ!」

 

 上空からドロリとした黒い液体のような膜が降り注ぎ、半球状に里の中心街を覆い尽くす。  結界術『(とばり)』。

 それは太陽の光さえも遮断し、内と外を隔絶する闇のドームだ。

 

「通信不能……! 里の外への連絡がつきません!」

 

 近くにいた警備忍が無線機を叩くが、ノイズが走るばかりだ。

 その直後。

 

 ドォォォン!!

 

 里の四方の門が同時に爆破され、黒煙が上がった。

 だが、そこから雪崩れ込んできた者たちは、奇声を上げるような暴徒ではなかった。

 ボロボロの法衣や、古びた呪具を身に纏った集団。

 彼らは無言で、しかし確かな殺意を持って里へと侵攻を開始した。

 かつて里を追放された抜け忍、隠れ住んでいた呪術師の末裔たち──「復興派」と呼ばれる組織によって訓練された精鋭部隊だ。

 

「……始めよう。我らの悲願を」

 

 リーダー格の男が静かに告げる。

 

「忍の時代を終わらせる。……南条悟を引きずり出すために、この里を混沌に沈めよ」

 

 彼らは淡々と、作業のように破壊活動を開始した。

 逃げ惑う人々を追い立て、避難経路を塞ぎ、抵抗する警備忍を禁術で葬っていく。

 それは快楽による殺戮ではない。自分たちの「正義」のために、邪魔なシステム(忍の里)を解体するための粛清だった。

 

「どいてください。あなた達に恨みはないが、忍に飼い慣らされた民衆もまた、同罪です」

 

 男の一人が、逃げ遅れた親子に向けて印を結ぶ。

 それは通常の火遁ではない。黒く濁ったチャクラが練り上げられ、粘着質の液体のような炎が形成される。  陰陽遁(おんみょうとん)黒油火(こくゆか)

 一度付着すれば、対象の魂と肉体が燃え尽きるまで消えない呪いの炎だ。

 

「やめろォッ!!」

 

 高台から飛び降りた廻仟が、間一髪でその術者の懐に飛び込む。

 まだ放たれた術を吸収できるほどの技量はない。ならば、放たれる前に潰す。

 

 廻仟の拳が男の顔面を捉えた。

 

 ゴガッ!

 

 打撃の瞬間、廻仟の餓鬼道の吸引口が、男の練り上げていたチャクラを乱し、術の発動を霧散させる。

 

「ガハッ……!?」

 

 男は吹き飛び、体勢を立て直して廻仟を睨んだ。

 

「チャクラを吸ったか……。その力、餓鬼道か」

 

 男は、興味深そうに廻仟を見つめた。

 

「他者から奪い、喰らう力。……それは『秩序』を重んじる忍よりも、欲望と自我を肯定する我々『呪術師』に近い性質だ」

「あぁ……?」

「だが、嘆かわしい。それほどの才能を持ちながら、忍の(いぬ)として首輪に繋がれているとはな。……貴様もまた、歪んだシステムに飼い殺される哀れな犠牲者というわけか」

 

 男の瞳には、同情のような、それでいて狂信的な光が宿っていた。

 彼らにとって、この破壊は「聖戦」なのだ。里の人間を殺すことは、世界を浄化するための必要悪であり、廻仟のような異能者が忍として生きることは冒涜だと信じている。

 廻仟は、地下保管庫で見た光景を思い出した。

 里の忍たちもまた、「平和のため」と言って異能者を犠牲にしていた。

 こいつらも同じだ。「大義のため」と言って、目の前の親子を焼き殺そうとした。

 どいつもこいつも、勝手な理屈ばかり並べやがる。

 

「……ふざけるな」

 

 廻仟の拳に、怒りのチャクラが収束していく。

 

「お前らがやってるのは浄化なんかじゃない。……ただ自分たちの都合で、弱い奴を虐げてるだけだ」

「貴様に何が分かる。 この革命の高潔さが」

「知るかよ! 人を不幸にする力を、俺は認めない!」

 

 廻仟は、背後で震える親子を庇うように立ち、男を指差した。

 

「人を助けるために力を使うのが『呪術師』だとしたら、お前らはただの……害悪を撒き散らす『呪詛師(じゅそし)』だ!!」

 

 呪詛師。

 葛車が言っていた行政用語。だが今、廻仟はそれを自身の定義として叩きつけた。

 社会に害をなす害悪。祓うべき呪い。

 俺は忍者じゃないかもしれない。だが、断じてお前ら(呪詛師)でもない。

 俺は、俺のやり方で人を守る「呪術師(じゅじゅつし)」だ。

 

「ここからは、俺がその『呪い』を祓ってやる!!」

 

 廻仟が地を蹴る。

 それに呼応するように、由良恵と与幸一(傀儡丸)も前線へと飛び出した。

 

   ◆

 

 一方、里の上空。

 南条悟は、眼下に広がる惨劇を冷ややかに見下ろしていた。

 その視線は、帳の中心──最もチャクラ濃度の高い地点へと向けられている。

 そこには、三つの強大な気配があった。

 不気味な笑みを浮かべる青年・間仁。

 脱獄した隻眼の老兵・鉄山。

 そして、半身を植物で補いながら再生しつつある光海。

 

(あの三人が主力か)

 

 南条は瞬時に状況を分析した。

 彼らは無秩序に暴れているわけではない。的確に避難路を塞ぎ、被害を拡大させている。

 人が多すぎる。建物が密集しすぎている。ここで南条が「双極点」のような広範囲攻撃を使えば、敵ごと里が消し飛ぶ。

 

「なるほどね。一般人を人質に取って、僕に範囲攻撃を使わせない腹か」

 

 南条は鼻で笑った。

 敵の狙いは、南条悟の「無力化」あるいは「消耗」だろうと踏んだのだ。

 ちまちまと人質を取って、僕の手足を縛り、じわじわと削り殺すつもりか。

 

「……嘗められたものだ」

 

 南条は包帯の下の双眸を細めた。

 その程度のハンデで、僕が止まると思っているのか。

 

「先生!」

 

 下から廻仟たちの声が聞こえた。彼らも加勢に来ようとしている。

 南条は無線機のスイッチを入れた。

 

「廻仟、恵、幸一。……そして全忍に告ぐ」

 

 南条の声が、里中のスピーカーと無線を通じて響き渡る。

 

「これより、僕が単独で敵本陣を叩く。君たちは一般人の避難誘導と、雑魚『呪詛師』の排除に専念しろ」

「なっ……一人で行く気かよ!?」

「足手まといなんだよ、僕以外は」

 

 南条はわざと突き放すように言った。

 

「周りに人がいると、僕が全力を出せない。……最高のパーティーだ。僕一人で踊らせてくれ」

 

 通信を切る。

 南条はゆっくりと降下を始めた。

 敵が待ち受ける、地獄の中心へ。

 そこにあるのが、彼を封じるための「特製の檻」だとは知らずに。

 

「さて……。少し乱暴しようか」

 

 最強の忍が戦場に降り立つ。

 

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