呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第三章
第1話「呪詛師」


「……各班、聞こえるか! 第四ゲートが突破された! 避難民をシェルターへ誘導しろ!」

 

 途切れ途切れの無線が、混乱の深さを物語っていた。ノイズ混じりの悲痛な叫びが、耳の奥にこびりついて離れない。

 つい数分前まで、祭囃子と笑い声に包まれていた里の空は、今や絶望の色に塗り替えられていた。

 

 上空を覆うドーム状の黒い結界──『(とばり)』。

 

 その闇の下で、鮮やかな提灯の灯りは、阿鼻叫喚の地獄を照らす忌まわしい業火へと変わっていた。

 爆発音が鼓膜を震わせ、焦げ臭い風が通り抜ける。

 崩れた屋台の残骸を踏み越え、古びた法衣をまとった集団が姿を現した。「呪術師復興派」の兵士たちだ。彼らは無機質な殺意を宿した瞳で、逃げ惑う人々を家畜のように追い立てていく。  転倒した子供に、呪力──陰遁を帯びた刃が振り下ろされようとした、その刹那。

 

「──どけッ!」

 

 廻仟が地を蹴った。

 爆発的な脚力で石畳を砕き、砂煙を巻き上げて敵の懐へと飛び込む。ねじ込んだ拳が兵士の腹部を捉え、その体躯を吹き飛ばした。

 それに呼応するように、左右から由良恵と与幸一も飛び出した。

 

「阿修羅、制圧射撃!」

 

 阿修羅の腕が展開し、砲口が火を噴く。チャクラを圧縮した弾丸の雨が、殺到する敵前衛をなぎ倒し、火花と硝煙を撒き散らした。

 

蝦蟇(ガマ)、舌で捕縛しろ!」

 

 由良が印を結ぶと同時に、影の中から巨大な蛙の式神が躍り出る。長くしなやかな舌が鞭のようにうなり、体勢を崩した敵兵を次々と絡め取り、壁へと叩きつけた。

 三人の見事な連携攻撃が、前線の敵部隊を一時的に切り崩していく。

 だが、敵の数はあまりに多い。倒しても倒しても、路地の暗がりから次々と法衣の影が湧き出してくる。そして何より、この襲撃の「本命」は別の場所にいた。

 

「敵の本命は南条先生がやってくれる! 俺たちは引き続き民間人の避難誘導と救出に尽力するぞ!」

 

 由良が叫ぶ。彼は瞬時に戦況を俯瞰し、燃え盛る建物の配置と敵の侵攻ルートから、最適な避難経路を脳内で構築していた。

 

「おい! 分担して当たったほうがいいか!?」

 

 与が背後の敵を砲撃で牽制しながら、荒い息遣いで問いかける。その口調からは焦りが伝わってくる。

 

「あぁ! ここからは別行動で各自対応に当たる! 与が向かうべきは西地区、廻仟は東だ。俺は中央に残って指揮を執る!」

「了解!」

「死ぬなよ!」

 

 由良の指示を受け、与と廻仟は左右へと散った。

 廻仟は瓦礫の山を駆け抜けながら、唇を噛み締める。視界の端を過ぎる里の景色は無惨なものだった。

 破壊された忍具店、燃え落ちる集会所、そして道端に点々と残る血痕。

 途中、呪詛師によるものと思われる異質な破壊の形跡が多く見られた。物理的な衝撃だけでなく、空間そのものが捻じ曲げられたような痕跡。

 呪術師復興派勢力による、忍者の里への本格的な侵略。それは、少年たちが想定していた訓練レベルを遥かに超えた、本物の「戦争」の始まりだった。

 

   ◆

 

 一方、里の中央広場。

 

 そこは、周囲の喧騒が嘘のように、異様な静寂と張り詰めた緊張感に支配されていた。

 広場の中心に待ち構えるのは三人の影。

 純粋さと邪悪さを持つ青年・間仁(はざま ひとし)

 半身を植物で再生させた男・光海(こうかい)

 そして、歴戦の古兵・鉄山(てつざん)

 彼らの背後には、数百人規模の一般市民が密集させられていた。  彼らは逃げようとしないのではない。逃げられないのだ。  広場を囲むように、目に見えない透明な壁──特殊な結界が張られており、人々をその場に縫い留めていた。

 人質の檻。

 

「……趣味が悪いね」

 

 上空から、冷ややかな声が降ってきた。

 南条悟が、音もなく電柱の上に降り立つ。

 

「ようこそ、最強の忍」

 

 鉄山が重々しく口を開いた。鎖鎌をジャラリと鳴らす。

 

「待っていたぞ。貴様を我らの悲願の祭壇へ招くために」

 

 南条は眼下の惨状を見下ろした。

 民間人が密集しすぎている。この状況で、得意とする「極点・(あお)」で敵を引き寄せれば、民間人もろとも圧縮してしまう。「極点・(あか)」で弾き飛ばせば、衝撃波で半数が死ぬだろう。

 そして「領域展開」も論外だ。

 領域を展開すれば、必中効果は結界内の全員に及ぶ。民間人を巻き込まずに敵だけを狙っても、民間人を領域と広場の結界とで潰してしまう。

 

(なるほどね。人質を取って立て籠もりか)

 

 南条は鼻で笑った。

 

(僕に範囲攻撃を使わせないための保険か? ……それとも、僕の精神(こころ)を削るための嫌がらせか?)

 

 完璧な布陣だ。

 南条悟という個の暴力を封殺するために、入念に準備された盤面。

 彼らは単なるテロリストではない。明確に「()()()()()」のシミュレーションを重ねてきている。

 

「……いいだろう」

 

 南条は額あてに手をかけ、ゆっくりとそれを外した。

 露わになったのは、夜闇の中でも輝くような蒼い瞳──『転生眼(てんせいがん)』。

 その瞳が、冷徹な光を帯びて三人を射抜く。

 

「僕の手足を縛って、じわじわ削り殺すつもりか。……上等だ」

 

 トンッ。

 南条が地面に降り立つ。

 それだけで、空気が重く軋んだ。

 民間人を背にした呪詛師たちが、一斉に構えを取る。

 

「この程度のハンデで僕に勝てるとでも?……かかってきなよ、三下ども」

 

 最強の忍と、呪詛師三人。

 里の運命を懸けた戦いが幕を開ける。

 

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