第1話「呪詛師」
「……各班、聞こえるか! 第四ゲートが突破された! 避難民をシェルターへ誘導しろ!」
途切れ途切れの無線が、混乱の深さを物語っていた。ノイズ混じりの悲痛な叫びが、耳の奥にこびりついて離れない。
つい数分前まで、祭囃子と笑い声に包まれていた里の空は、今や絶望の色に塗り替えられていた。
上空を覆うドーム状の黒い結界──『
その闇の下で、鮮やかな提灯の灯りは、阿鼻叫喚の地獄を照らす忌まわしい業火へと変わっていた。
爆発音が鼓膜を震わせ、焦げ臭い風が通り抜ける。
崩れた屋台の残骸を踏み越え、古びた法衣をまとった集団が姿を現した。「呪術師復興派」の兵士たちだ。彼らは無機質な殺意を宿した瞳で、逃げ惑う人々を家畜のように追い立てていく。 転倒した子供に、呪力──陰遁を帯びた刃が振り下ろされようとした、その刹那。
「──どけッ!」
廻仟が地を蹴った。
爆発的な脚力で石畳を砕き、砂煙を巻き上げて敵の懐へと飛び込む。ねじ込んだ拳が兵士の腹部を捉え、その体躯を吹き飛ばした。
それに呼応するように、左右から由良恵と与幸一も飛び出した。
「阿修羅、制圧射撃!」
阿修羅の腕が展開し、砲口が火を噴く。チャクラを圧縮した弾丸の雨が、殺到する敵前衛をなぎ倒し、火花と硝煙を撒き散らした。
「
由良が印を結ぶと同時に、影の中から巨大な蛙の式神が躍り出る。長くしなやかな舌が鞭のようにうなり、体勢を崩した敵兵を次々と絡め取り、壁へと叩きつけた。
三人の見事な連携攻撃が、前線の敵部隊を一時的に切り崩していく。
だが、敵の数はあまりに多い。倒しても倒しても、路地の暗がりから次々と法衣の影が湧き出してくる。そして何より、この襲撃の「本命」は別の場所にいた。
「敵の本命は南条先生がやってくれる! 俺たちは引き続き民間人の避難誘導と救出に尽力するぞ!」
由良が叫ぶ。彼は瞬時に戦況を俯瞰し、燃え盛る建物の配置と敵の侵攻ルートから、最適な避難経路を脳内で構築していた。
「おい! 分担して当たったほうがいいか!?」
与が背後の敵を砲撃で牽制しながら、荒い息遣いで問いかける。その口調からは焦りが伝わってくる。
「あぁ! ここからは別行動で各自対応に当たる! 与が向かうべきは西地区、廻仟は東だ。俺は中央に残って指揮を執る!」
「了解!」
「死ぬなよ!」
由良の指示を受け、与と廻仟は左右へと散った。
廻仟は瓦礫の山を駆け抜けながら、唇を噛み締める。視界の端を過ぎる里の景色は無惨なものだった。
破壊された忍具店、燃え落ちる集会所、そして道端に点々と残る血痕。
途中、呪詛師によるものと思われる異質な破壊の形跡が多く見られた。物理的な衝撃だけでなく、空間そのものが捻じ曲げられたような痕跡。
呪術師復興派勢力による、忍者の里への本格的な侵略。それは、少年たちが想定していた訓練レベルを遥かに超えた、本物の「戦争」の始まりだった。
◆
一方、里の中央広場。
そこは、周囲の喧騒が嘘のように、異様な静寂と張り詰めた緊張感に支配されていた。
広場の中心に待ち構えるのは三人の影。
純粋さと邪悪さを持つ青年・
半身を植物で再生させた男・
そして、歴戦の古兵・
彼らの背後には、数百人規模の一般市民が密集させられていた。 彼らは逃げようとしないのではない。逃げられないのだ。 広場を囲むように、目に見えない透明な壁──特殊な結界が張られており、人々をその場に縫い留めていた。
人質の檻。
「……趣味が悪いね」
上空から、冷ややかな声が降ってきた。
南条悟が、音もなく電柱の上に降り立つ。
「ようこそ、最強の忍」
鉄山が重々しく口を開いた。鎖鎌をジャラリと鳴らす。
「待っていたぞ。貴様を我らの悲願の祭壇へ招くために」
南条は眼下の惨状を見下ろした。
民間人が密集しすぎている。この状況で、得意とする「極点・
そして「領域展開」も論外だ。
領域を展開すれば、必中効果は結界内の全員に及ぶ。民間人を巻き込まずに敵だけを狙っても、民間人を領域と広場の結界とで潰してしまう。
(なるほどね。人質を取って立て籠もりか)
南条は鼻で笑った。
(僕に範囲攻撃を使わせないための保険か? ……それとも、僕の
完璧な布陣だ。
南条悟という個の暴力を封殺するために、入念に準備された盤面。
彼らは単なるテロリストではない。明確に「
「……いいだろう」
南条は額あてに手をかけ、ゆっくりとそれを外した。
露わになったのは、夜闇の中でも輝くような蒼い瞳──『
その瞳が、冷徹な光を帯びて三人を射抜く。
「僕の手足を縛って、じわじわ削り殺すつもりか。……上等だ」
トンッ。
南条が地面に降り立つ。
それだけで、空気が重く軋んだ。
民間人を背にした呪詛師たちが、一斉に構えを取る。
「この程度のハンデで僕に勝てるとでも?……かかってきなよ、三下ども」
最強の忍と、呪詛師三人。
里の運命を懸けた戦いが幕を開ける。