呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第3話「獄門鏡」

 戦況は泥沼の様相を呈していた。

 

熔遁(ようとん)火ノ礫(ひのつぶて)!」

 

 鉄山が放つ熔岩のつぶてが、南条を襲う。

 南条はそれを斥力で弾き返すが、飛び散った火の粉や熱波までは防ぎきれない。

 

「あつッ!? ぎゃあ!」

「助けて……足が、焼けて……!」

 

 周囲の民間人が悲鳴を上げ、焼けただれた皮膚を押さえて転げ回る。

 間仁が投げつける改造人間も、着弾と同時に爆発し、破片が人々を傷つける。

 

 南条の表情は凍りついたように冷徹だった。

 呼吸一つ乱さず、神がかった体術ですべての攻撃を無効化している。彼自身は、追い詰められてなどいない。

 だが、その瞳の奥には、煮え切らない感情が燻っていた。

 守りたいが、今の状況では全てを守ることは不可能だという冷徹な計算。そして、三下相手に手加減を強いられる不快感。

 

(……鬱陶しいね)

 

 南条が小さく舌打ちをした、その時だった。

 

 パリンッ……!

 

 硬質な音が響き、広場を覆っていた不可視の結界が、突如として砕け散った。

 

「え……? 外に出られるぞ!」

「逃げろォ!!」

 

 堰を切ったように、人々が広場の外へと雪崩れ込んでいく。

 ものの数十秒で、南条の周囲から人影が消えた。

 残されたのは、南条悟と三人の呪詛師だけ。

 

 結界がなぜ解けたのか、術者の限界か、あるいは罠か。

 だが、南条にとって理由はどちらでもよかった。

 足かせは消えた。ならば、最大火力で踏み潰すのみ。

 

「……領域展開」

 

 南条が印を結ぶ。

 瞬間、見えざる結界が広場を覆い尽くした。

 

「──ッ!?」

 

 領域に付与されているのは転生眼による幻術。目を合わせずとも、領域の中にいる限り常に命中し続ける瞳術。

 間の脳内に、夥しい量の「ノイズ」情報が流し込まれる。現実時間にして一瞬、脳内に送られる情報量は数日分以上。それが絶え間なく続く。

 情報の奔流の中に間仁の意識は埋もれ、溺れ、灰色のノイズの中に薄れていく。

 

「あ、あハ……?」

 

 対策を持たない間仁が白目を剥き、泡を吹いてその場に倒れ込んだ。

 一方、鉄山と光海は歯を食いしばり、全身に「領域展延」をまとうことで、付与された術効果を中和し、立っていた。

 

「耐えているか。……けど、どこまで動けるかな?」

 

 南条はすでに、光海の目の前に立っていた。

 反応すら許さない。

 南条の拳が、光海の鳩尾(みぞおち)に深々と突き刺さる。

 接触点から流し込まれた天道のチャクラが、光海の体内を嵐のように駆け巡り、五臓六腑を粉々に破壊した。

 

「ガ……ア……ッ」

 

 光海が血の塊を吐き出し、どうと崩れ落ちる。

 完全な致命傷。勝利は確定した。

 

   ◆

 

 ──回想。

 

 アジトでの休息時間。脳噛は穏やかな口調で、鉄山の疑問に答えていた。

 

『領域展開を使わせる? それでは我々が負けるではないか』

『ええ。領域内では、貴方たちでも数秒と持たないでしょう』

 

 脳噛はマグカップを覗きながら語る。

 

『ですが、そうでもしなければ、彼には絶対に勝てません。……南条悟の強さはおそらく、天道や転生眼、領域の幻術だけではないのです』

『どういうことだ?』

『ずっと観察を続けてきました。……彼にはおそらく、僅かですが「未来視」の能力があります』

 

 鉄山が息を呑む。

 

『未来だと……? それでは不意打ちなど不可能ではないか』

『ええ。だからこそ、その「眼」を塞ぐ必要があります』

 

 脳噛は静かに続けた。

 

『私の仮説ですが、あの未来視は「転生眼」が完全な状態でのみ効力を発揮しています。……彼の転生眼の持つ高度な幻術が「領域」に付与され、力の一部が移譲された後』

『……』

『つまり領域展開を発動した後、術が術者本人に返ってきていない、転生眼が不完全なその間だけ、彼の「未来視」が消えるはずです』

 

 脳噛は目を細めた。

 

『領域を封じた状態で戦闘に集中させ、苛立ちが頂点に達したタイミングで、(結界解除)を撒く。……釣られた彼が、十分に術を移譲させた領域を展開した時こそが、不意をつく唯一の隙です』

 

   ◆

 

 光海を倒し、残る鉄山へ視線を向けようとした南条。その時。

 

 パリーンッ!!

 

 強固なはずの領域の結界が、外側から粉砕された。

 ガラスが割れるように闇が晴れ、元の広場の風景が戻る。

 

(領域が……割られた!? 外部からの攻撃か!?)

 

 その背後。  わずか四メートルにも満たない距離に、長着の男が立っていた。

 

 不意を突かれた。

 南条は背後の気配に気づき、反射的に振り向いた。

 

「──っ」

 

 目前、掌サイズの古びた銅鏡が向けられていた。

 ──特級忍具『獄門鏡(ごくもんきょう)』。

 

 南条の「転生眼」は、それを捉えてしまった。

 瞳が、脳が反射的に解析を始める。

 

(……高度な封印術を備えた忍具……六道の宝具か?。発動には縛りがある……発動条件は「対象が半径4m以内にいること」……そして……)

 

 南条の眼と思考が一瞬で鏡の(ことわり)を裸にする。

 

(「対象が約一分間、鏡を観察すること」──)

 

 南条のよく見える眼と加速した思考が仇となる。

 条件は時間の経過ではない。「観察した情報量」だ。

 常人ならば一分間観察しなければ得られない情報量を、南条の「転生眼」とその思考は一瞬で読み取り、理解してしまった。

 

(──!!)

 

 理解した瞬間、条件が達成された。

 それは、己の最強の眼が招いた、最悪の自滅。

 

「はじめまして、南条悟。そして、さようなら」

 

 長着の男──脳噛が穏やかに告げる。

 

 南条の身体が、抗えない力で鏡の中へと吸引されていく。

 最強の忍の姿が掻き消え、カラン、と乾いた音を立てて銅鏡が石畳に落ちた。

 

 

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