呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第6話「六道導師」

 間仁に「脳噛(のうがみ)」と呼ばれた男は、物言わぬ骸となった部下を跨ぎ、足音もなく歩き出した。

 羽織が夜風にはためく。その背中はあまりに無防備で、しかし近づき難いと本能が警告するような、異質な威圧感を放っていた。

 

 その手には、掌サイズの古びた銅鏡が握られている。

 月明かりを鈍く反射するその鏡を見た瞬間、廻仟(かいせん)の脳裏に、先ほど無線で流れていた絶望的な情報がフラッシュバックした。

 

 『南条上忍、封印』

 

 そして、敵が用いたとされる特級忍具の特徴。古びた銅鏡。

 間違いない。あれが、先生を封印した『獄門鏡(ごくもんきょう)』だ。

 あの中に、最強の忍が閉じ込められている。

 

「待てェェェッ!!」

 

 廻仟が喉が裂けんばかりに叫び、地面を蹴った。

 間仁との戦いで負った傷が痛み、肋骨が軋む。だが、そんなものは構っていられない。

 由良恵と七丹も続く。

 相手は底知れない。間仁を葬ったその実力は未知数だ。

 だが、ここで彼を逃がすわけにはいかない。逃がせば、二度と取り戻せない。

 

「先生を……返せッ!」

 

 廻仟の拳が、脳噛の背中に迫る。

 餓鬼道のチャクラを限界まで練り上げ、纏った全力の一撃。触れれば、相手のチャクラを根こそぎ奪い、術を枯渇させる餓鬼道の拳。

 

 だが、脳噛は振り返りもせず、背後の羽虫を払うかのように、煩わしそうに呟いた。

 

神羅天征(しんらてんせい)

 

 ドォンッ!!

 

 世界が拒絶された。

 見えない壁が弾け飛んだような、圧倒的な質量の衝撃。

 廻仟の拳が届く寸前で、強烈な斥力が彼を弾き飛ばした。

 

「くっ、近づけない!?」

「ガハッ……これは!?」

 

 援護しようとサイドから迫っていた由良と七丹も、同様の不可視の力によって木の葉のように吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられる。

 物理的な風圧ではない。空間そのものが彼らを異物として弾き出したのだ。

 

「南条先生の『斥力』と同じか……!?」

 

 瓦礫に埋もれた由良が呻く。

 だが、南条の洗練された、針の穴を通すような精密な刃のような術とは違う。

 この男の力は、出力任せで範囲も大雑把、あまりに荒く、精細さに欠けている。

 だが、それ故に暴力的で、重かった。

 

「だとしても……止まるわけにはいかねぇ!」

 

 廻仟は受け身を取り、口元の血を拭うこともせず、即座に地面を蹴った。

 弾かれるなら、弾き返せないほどの速さで懐に入るまでだ。

 何度でも食らいつく。その鬼気迫る気迫に、脳噛は初めて足を止めた。

 

「執念深いな」

 

 脳噛が軽く手を振る。

 袖口から四本の「黒い棒」が射出された。

 それらは廻仟を囲むように、正確に四方の地面に突き刺さった。

 

「! なんだ!?」

「──四ツ落下(よつらっか)

 

 ズゥンッ!!

 

 大気が呻りを上げ、大地が軋んだ。

 途端、強大な重力場が四本の棒の内側に発生した。

 廻仟の体が、見えない巨人の手で上から押さえつけられたように、その場に縫い付けられる。

 

「ぐ、ぁ……!? 重……ッ!?」

 

 地面が四角いクレーター状に陥没し、廻仟の体がめり込む。

 指一本動かせない。呼吸すらままならない。

 それは黒い棒を媒介とし、陰陽遁により「重力」という形を成すよう法則を付与され展開された、天道の力の応用術。

 

 脳噛がゆっくりと振り返る。

 鋭い双眸から覗くその瞳を見て、三人は息を呑んだ。

 

 瞳孔を中心に広がる、幾重もの波紋模様。

 紫色の虹彩。

 それは伝説やお伽噺の中で語られる、神の眼。

 

輪廻眼(りんねがん)……!?」

 

 七丹が震える声で呟いた。

 だが、伝説上の輪廻眼とは何処か違う。眼球全体に輪廻の模様が浮かんでいるわけではない。瞳孔の周囲にのみ波紋が刻まれた、不完全で、歪さを感じる輪廻眼だ。

 

「ああ、驚くには及ばない」

 

 脳噛は自らの眼を指差した。

 そこには誇りも傲慢もなく、ただ事実を述べる冷徹さだけがあった。

 

「これは南条悟のような、生まれながらの天然物(ギフト)ではない。……私が長い年月をかけ、因子を集め、陰陽術の(ことわり)で継ぎ接ぎした人造品だ」

 

 脳噛が掌をかざす。

 そこには先ほど回収した間仁の因子と、彼が元々持っていたであろう複数の因子が、赤黒いオーラとなって渦巻いている。

 

「天道、人間道……六道の理を束ね、導く者。それが私だ」

 ズズズン……!

 

 結界内の重力がさらに増す。

 廻仟の全身の骨がミシミシと悲鳴を上げ、意識が飛びそうになる。

 勝てない。

 格が違う。

 間仁とは次元が違う。この男は、存在そのものが別格の「災害」だ。

 

「殺しはしないよ」

 

 脳噛は興味を失ったように、踵を返した。

 黒い棒はそのまま残され、廻仟にかかる重圧は解けない。生かされたのだ。

 

「君の持つ『餓鬼道(がきどう)』と、あとは『修羅道(しゅらどう)』の因子か……。今はまだ熟れていない。私の計画の最終段階で、改めて回収させてもらう」

 

 脳噛が歩みを止める。その足元に、黒い空間の歪みが生じる。

 時空間忍術による転移。あらかじめ用意をしていたのか。

 彼は獄門鏡を懐にしまい、最後の言葉を零した。

 それは独り言のようでありながら、これからの世界に訪れる地獄を告げる宣告だった。

 

「これから(いにしえ)の呪術師、呪いの王──『其真(きしん)』が復活する」

 

 その名を残し、脳噛の姿は闇へと吸い込まれるように消えた。

 

 後には、ただ静寂だけが戻ってきた。

 残されたのは、半壊した里と、敗北した者たち。

 夜明け前の冷たい風だけが、彼らの頬を撫で、絶望を冷たく冷やし固めていった。

 




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