夜が明けた。
東の空から差し込む朝日は、傷ついた里の姿を容赦なく照らし出す。
あちこちで建物が倒壊し、道路はひび割れている。だが、里そのものが消滅したわけではない。 物理的な損害は、時間と人手さえあれば、元の姿に戻すことは十分に可能だった。
しかし、深刻なのは「防衛機能」の喪失、そして人的な被害だった。
結界の基点となる祠や、監視システムがピンポイントで破壊されており、現状の戦力では、次なる襲撃から広大な居住区の全てを守り切ることは不可能。あれだけ民間人が犠牲になったあと、変わらず里で暮らすことなど、心情的にも難しかった。
「……全島民の退避が決まりました」
仮設テントの前で、七丹が淡々と告げた。
そのスーツは汚れていたが、彼自身は冷静に状況を分析していた。
「賢明な判断です。今の里は穴だらけのザルだ。一般人を置いておけば、ただの人質になる」
港にはすでに避難船が用意され、人々が列を作っている。
里の上層部と警備部門は、民間人を逃がした後、里に残って防衛線を再構築すべく、ピリピリとした空気で動いていた。
少し離れた瓦礫の影。
彼らは、組織の慌ただしさから取り残されたように沈黙していた。
「……クソッ」
廻仟が拳を握りしめる。
里は持ちこたえた。だが、代償はあまりに大きすぎた。
そして何より、最強の盾であり矛であった
南条悟不在の里。
その事実は、物理的な破壊以上に、忍たちの士気を根底から折っていた。
「……随分と辛気臭い顔をしているね、無理もないか」
不意に、背後から声をかけられた。
警備班か?
廻仟たちが弾かれたように振り返ると、そこには見知らぬ人物が立っていた。
長い黒髪を後ろで束ね、和装に似たゆったりとした法衣を纏った男。
男は人差し指を口元に当て、「シッ」と静かにするように促した。
「あまり騒がないでくれ。……上の連中や警備に見つかると面倒なんだ」
「誰だ、あんた」
廻仟が警戒して問う。
男は廻仟たちの顔を見渡し、柔和だがどこか底知れない笑みを浮かべた。
「私の名は、
「かつて?」
「ああ。くだらないしがらみ、腐った上層部、忍というシステムそのものに反吐が出てね。随分前に抜けさせてもらったよ」
──抜け忍。
廻仟たちの間に緊張が走る。忍の世界では、抜け忍は処分の対象だ。彼が警備を避けていた理由が分かった。
しかし、里を抜けた理由とそれを正直に話す彼とその雰囲気に、廻仟は親しみを覚えもした。
「今は忍者ではなく、『呪術師』を名乗って旅をして、森羅万象を見聞しているよ。……本来なら、こんな泥舟に戻ってくるつもりはなかったんだが」
夏目は、遠くに見える里の中枢の方角を見つめ、ふぅ、と息を吐いた。
「この惨状……。
「!」
悟。
南条先生を、親しげに名前で呼んだ。
「先生の、知り合いか?」
「ああ。古い友人だよ。……喧嘩別れしたきりだったがね」
夏目はどこか遠くを見て呟くように言い、一呼吸置いて、視線を廻仟たちに戻した。
「悟が封印されたことは聞いている。あいつがいない今、上層部の爺さん連中じゃ、次の襲撃で全滅だ。……君たちも、そう思っているんだろう?」
図星だった。
南条がいなければ、あの「
「だから、私が手を貸そう」
夏目は言った。
それは里のためではない。南条悟という唯一無二の友人がいなくなった穴を、放っておけないという彼なりの矜持。
「君たちは、悟の生徒だろう? だったら、ここで膝を抱えている場合じゃない」
夏目が手を差し伸べる。
抜け忍であり、里の秩序からは外れた男。だが、その瞳には現状を打破するだけの力と知性が宿っていた。
「力を貸すよ。……反撃の準備をしよう」
その言葉は、絶望に沈んでいた少年たちの心に、燻る火種を投げ込んだ。
正規の忍たちが再編に追われる裏で。
最強を失った世界で。