呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第7話「喪失」

 夜が明けた。

 東の空から差し込む朝日は、傷ついた里の姿を容赦なく照らし出す。

 あちこちで建物が倒壊し、道路はひび割れている。だが、里そのものが消滅したわけではない。 物理的な損害は、時間と人手さえあれば、元の姿に戻すことは十分に可能だった。

 しかし、深刻なのは「防衛機能」の喪失、そして人的な被害だった。

 結界の基点となる祠や、監視システムがピンポイントで破壊されており、現状の戦力では、次なる襲撃から広大な居住区の全てを守り切ることは不可能。あれだけ民間人が犠牲になったあと、変わらず里で暮らすことなど、心情的にも難しかった。

 

「……全島民の退避が決まりました」

 

 仮設テントの前で、七丹が淡々と告げた。

 そのスーツは汚れていたが、彼自身は冷静に状況を分析していた。

 

「賢明な判断です。今の里は穴だらけのザルだ。一般人を置いておけば、ただの人質になる」

 

 港にはすでに避難船が用意され、人々が列を作っている。

 里の上層部と警備部門は、民間人を逃がした後、里に残って防衛線を再構築すべく、ピリピリとした空気で動いていた。

 少し離れた瓦礫の影。

 廻仟(かいせん)由良恵(ゆら めぐみ)、そして破壊された『機巧・阿修羅』の傍らにいる傀儡丸(くぐつまる)改め、与幸一(むた こういち)

 彼らは、組織の慌ただしさから取り残されたように沈黙していた。

 

「……クソッ」

 

 廻仟が拳を握りしめる。

 里は持ちこたえた。だが、代償はあまりに大きすぎた。

 葛車(くずるま)さんが連れ去られた。

 そして何より、最強の盾であり矛であった南条(なんじょう)先生が、封印された。

 南条悟不在の里。

 その事実は、物理的な破壊以上に、忍たちの士気を根底から折っていた。

 

 

「……随分と辛気臭い顔をしているね、無理もないか」

 

 不意に、背後から声をかけられた。

 警備班か?

 廻仟たちが弾かれたように振り返ると、そこには見知らぬ人物が立っていた。

 長い黒髪を後ろで束ね、和装に似たゆったりとした法衣を纏った男。

 男は人差し指を口元に当て、「シッ」と静かにするように促した。

 

「あまり騒がないでくれ。……上の連中や警備に見つかると面倒なんだ」

「誰だ、あんた」

 

 廻仟が警戒して問う。

 男は廻仟たちの顔を見渡し、柔和だがどこか底知れない笑みを浮かべた。

 

「私の名は、夏目傑(なつめ すぐる)。……かつてはこの里の忍だったんだよ」

「かつて?」

「ああ。くだらないしがらみ、腐った上層部、忍というシステムそのものに反吐が出てね。随分前に抜けさせてもらったよ」

 

 ──抜け忍。

 

 廻仟たちの間に緊張が走る。忍の世界では、抜け忍は処分の対象だ。彼が警備を避けていた理由が分かった。

 しかし、里を抜けた理由とそれを正直に話す彼とその雰囲気に、廻仟は親しみを覚えもした。

 

「今は忍者ではなく、『呪術師』を名乗って旅をして、森羅万象を見聞しているよ。……本来なら、こんな泥舟に戻ってくるつもりはなかったんだが」

 

 夏目は、遠くに見える里の中枢の方角を見つめ、ふぅ、と息を吐いた。

 

「この惨状……。(さとる)がいないと、こうも脆いものか」

「!」

 

 悟。

 南条先生を、親しげに名前で呼んだ。

 

「先生の、知り合いか?」

「ああ。古い友人だよ。……喧嘩別れしたきりだったがね」

 

 夏目はどこか遠くを見て呟くように言い、一呼吸置いて、視線を廻仟たちに戻した。

 

「悟が封印されたことは聞いている。あいつがいない今、上層部の爺さん連中じゃ、次の襲撃で全滅だ。……君たちも、そう思っているんだろう?」

 

 図星だった。

 南条がいなければ、あの「脳噛(のうがみ)」たちには勝てない。

 

「だから、私が手を貸そう」

 

 夏目は言った。

 それは里のためではない。南条悟という唯一無二の友人がいなくなった穴を、放っておけないという彼なりの矜持。

 

「君たちは、悟の生徒だろう? だったら、ここで膝を抱えている場合じゃない」

 

 夏目が手を差し伸べる。

 抜け忍であり、里の秩序からは外れた男。だが、その瞳には現状を打破するだけの力と知性が宿っていた。

 

「力を貸すよ。……反撃の準備をしよう」

 

 その言葉は、絶望に沈んでいた少年たちの心に、燻る火種を投げ込んだ。

 正規の忍たちが再編に追われる裏で。

 最強を失った世界で。

 

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