呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第四章
第1話「反撃の狼煙」


 島の外れ、海食洞を利用した薄暗い空間。

 波の音が反響するその場所は、夏目傑(なつめ すぐる)が極秘裏に用意していた隠れ家の一つだった。

 里の中枢から離れたこの場所には、騒乱の余波も届かず、重苦しい静寂だけが満ちていた。

 

「……『獄門鏡(ごくもんきょう)』か」

 

 焚き火を囲みながら、廻仟(かいせん)は悔しげに呟いた。

 あの時、もっと早く動いていれば。自分が弱かったせいで、先生は封印され、葛車(くずるま)さんは連れ去られた。

 

「悔やんでも時間は戻らないよ、廻仟君」

 

 夏目が古文書の山を広げながら、静かに諭す。

 その隣で、褐色の肌をした男がサングラスの位置を直しながら口を開いた。

 夏目が連れてきた協力者、雲隠れの忍・マイケルだ。

 

俺ノ里(クモガクレ)ニモ、”琥珀の浄瓶(コハクノジョウヘイ)”トイウ、強力ナ宝具ガアル」

 

 マイケルは独特のイントネーションで語り始めた。

 

「ソレハ呼ビカケニ答エタ者ヲ吸イ込ミ封印スル忍具ダ。……話ヲ聞ク限リ、『獄門鏡』モ同等、恐ラクハ伝説ノ『六道仙人』ノ宝具ニ相当スルシロモノダロウ」

「六道仙人の宝具……」

 

 由良恵(ゆら めぐみ)が息を呑む。それは神話級の遺物だ。

 封印された者を救い出すには、まずその「箱」そのものを奪い返すしかない。

 

「場所は特定できているのですか?」

 

 七丹(しちたん)が、壁に貼られた島の地図を見ながら尋ねる。

 由良が力なく首を振る。

 

「いや……。以前の任務資料から、古い教団施設の跡地をいくつかリストアップしているが……。呪術師復興派の連中がどこを拠点にしているかは見当がつかない」

 

 目的は二つ。

 『獄門鏡』の奪還。

 そして、葛車寛見の救出。

 だが、相手は南条を封じ、里を半壊させた特級戦力だ。今の消耗したメンバーだけで攻め込むのは自殺行為に等しい。

 

「上層部は動かない。彼らは民間人の護送、他里への連絡、そして里の防衛で手一杯だ」

 

 与幸一(むた こういち)が自嘲気味に言った。

 閉塞感が場を包む。

 その時だった。

 

「──なら、僕も行きますよ」

 

 洞窟の入り口から、静かだがよく通る声が響いた。

 全員が振り返る。

 逆光の中に立っていたのは、背に刀を負った一人の青年だった。

 どこか弱気そうな風貌だが、その背後には、見る者を震え上がらせるほど禍々しく、強大なチャクラの揺らぎが見え隠れしている。

 

「あんたは……!」

「僕は菅原憂太(すがわら ゆうた)。……南条先生の元教え子です」

 

 菅原は一歩踏み出し、悔しげに拳を握った。

 

「上層部は何を言っても動いてくれない。先生が封印されたというのに、守りに入ってばかりで偵察部隊すら出そうとしない。……だから、僕が来ました」

 

 頼もしい増援。だが、菅原の後ろから、もう一人、大柄な男が姿を現した。

 

「おい憂太! 勝手に話を進めるな!」

 

 筋骨隆々の巨漢。顔には大きな傷跡があり、野性味あふれる風貌の男──東導葵(とうどう あおい)だ。

 彼は退屈そうに鼻を鳴らした。

 

「俺は憂太に付き合って来てやっただけだ。弱卒と群れるつもりはねぇぞ」

 

 東導の鋭い視線が、廻仟を射抜く。

 

「おい小僧。名前は?」

「え? ……廻仟だけど」

「そうか廻仟。単刀直入に聞く」

 

 東導は仁王立ちになり、真剣な眼差しで問うた。

 

「お前の、女の好み(タイプ)を聞かせろ」

「……は?」

 

 あまりに場違いな質問に、洞窟内の空気が凍りついた。

 だが東導は至って真剣だった。

 

「気にするな、世間話だ」

「初対面でそんな世間話あるかよ!」

「答えろ!!」

 

 怒号のような問い。

 廻仟は困惑し、視線を泳がせながらも、正直に答えた。

 

「こ、好みっつっても……強いて言えば……」

 

 廻仟は少し頬をかき、ボソッと言った。

 

「タッパとケツがデカい……女の人……かな?」

 

 沈黙。

 東導の目から、涙がこぼれ落ちた。

 

「──!!」

 

 その瞬間、東導の脳内に電流が走った。

 刹那、彼の脳裏に溢れ出す「存在しない記憶」。

 

   ◆

 

 ──桜舞うアカデミーの入学式。遅刻しそうになりパンを咥えて走る廻仟と、角でぶつかる東導。

 ──放課後、夕日に照らされた河川敷で、互いの夢を語り合ったあの日。

 ──文化祭で失敗した廻仟を、東導が励まし、二人で一楽のラーメンを啜った夜。

 ──失恋した東導の背中を、廻仟が黙って叩いてくれた雨の日。

 

   ◆

 

「──二人で一つだった……か……」

 

 数秒の間に数年分の青春を共有した東導は、感極まった表情で目を見開いた。

 

「どうやら……俺たちは”親友(ブラザー)”のようだな!!」

「なんでだよ!!」

 

 廻仟のツッコミを無視し、東導はガハハと笑いながら廻仟の肩を抱いた。

 

「いいだろう! 親友(ブラザー)の願いだ、俺も全力で力を貸すぞ!」

「えぇ……まあ、戦力が増えるならいいけど……」

 

 嵐のような男の加入に、由良や七丹は呆れつつも、悪い気はしなかった。彼の実力が本物であることは、その立ち振る舞いから明らかだったからだ。

 こうして、即席の奪還チームが結成された。

 

 

 作戦の詳細を詰めるため、全員で再び文献を漁り始めた時だった。

 

「……待ってくれ」

 

 古文書をめくっていた由良の声が、緊張を帯びて震えた。

 

「これ……見てくれ」

 

 由良が差し出したのは、呪術師がまだ存在していた時代に描かれたとされる古い絵巻物の一部だった。

 そこには、一人の呪術師の姿が描かれている。

 長着に羽織、特徴的な額の傷跡。

 

「こいつ……『脳噛』だろ?」

 

 廻仟が身を乗り出す。間違いない。あの時見た男そのままだ。

 だが、絵の中の男には、特徴的な「黒い棒」は刺さっておらず、その瞳にも輪廻の波紋はない。

 ただの人間として描かれている。

 

「名前が書いてある」

 

 由良が、震える指でその横に記された名を読み上げた。

 

「……賀茂(かも)憲倫(のりとし)

「カモノリトシ……?」

「ああ。呪術師がまだ存在していた時代の──」

 

 夏目が気づき、深刻な表情で補足する。

 

「そんな時代の人間が、なぜ今も生きている? ……いや、外見が変わっていないこと自体が異常だ」

 

 その事実は、敵の底知れなさを物語っていた。

 彼は単なるテロリストではない。長い時を生き、何かを企み続けてきた、歴史の闇そのものなのだ。

 

「……急ごう。奴らの目的が何であれ、ロクなことじゃない」

 

 廻仟は拳を握りしめた。

 親友(ブラザー)を得て、新たな謎に直面し、少年たちは奪還へと向かう準備を整える。

 

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