呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第五章
第1話「茶事」


 シャカ、シャカ、シャカ……。

 

 地下深くに作られた隠し区画の一角。

 無機質な石造りの空間に、場違いなほど優雅な茶筅(ちゃせん)の音が響いていた。

 脳噛(のうがみ)が設えた四畳半の茶室。

 そこには、地上の喧騒も、血の匂いも届かない、張り詰めた静寂だけが満ちている。

 釜の湯が煮える松風(まつかぜ)の音を聞きながら、脳噛は手際よく茶を点てていく。

 その所作は洗練されており、永い時を生きた彼が、戦闘以外の文化にも深く通じていることを物語っていた。

 

「……遠い国では昔、黄金の茶室を作らせた大名がいたらしい」

 

 脳噛は世間話でもするように、穏やかな口調で語りかけた。

 

「侘び寂びとは対極にある悪趣味な成金趣味だとも表現されることもあるけれど……。絶対的な権力を持つ者には、それくらい突き抜けた装飾が似合うのかもしれないね」

 

 客座に座る男──其真(きしん)は、無言だった。

 受肉を果たしたばかりの肉体。

 四本の腕と、四つの眼を持つ異形の姿。その内側から溢れ出る禍々しい覇気は、彼が人ならざる「呪いの王」であることを雄弁に語っていた。

 脳噛は点てたばかりの濃茶(こいちゃ)を、黒楽茶碗に入れて差し出した。

 其真は無造作にそれを受け取り、一口すする。

 

「……」

 

 言葉はない。ただ、不快ではなさそうに、彼は茶碗を置いた。

 

 壁一枚隔てた隣の部屋──儀式の間は、地獄の様相を呈していた。

 そこには、「呪術師復興派」の信者だった者たちの成れの果てが転がっている。

 いや、「転がっている」という表現すら生温い。

 或る者は賽の目に切断され、また或る者は三枚に卸されていた。

 まるで鋭利な庖丁の試し切りをしていたかのようだ。

 其真が受肉した瞬間、彼は自分を呼び戻した術師たちを「邪魔だ」という理由だけで、瞬きする間に皆殺しにしたのだ。

 

「全員殺しちゃうんだもんね」

 

 脳噛は懐紙を取り出しながら少し責めるような調子で、苦笑交じりに言った。

 

「おかげで半東(はんとう)がいない。久しぶりの手前だから、手際は責めないでほしいね」

 

 其真は鼻を鳴らした。

 彼にとって、信者など有象無象に過ぎない。茶を運ぶ価値すらない存在だ。

 

「……術の状態はどうだった? 受肉は上手くいっているようだけれども」

 

 脳噛の問いに、其真は自身の掌を軽く握り、開いた。

 

「問題ない」

 

 低く、腹の底に響く声。

 其真の扱う術は、陰陽遁(おんみょうとん)(ことわり)に基づいている。

 陰陽遁の基本──それは、「陰」のエネルギーが無から形を定義し、「陽」のエネルギーがそれに命を吹き込むことにある。

 この二つを組み合わせることで、術者は仮想の概念を現実世界に具現化させる。これを「万物創造の術」と呼ぶ者もいる。

 だが、其真の扱う陰陽術は、特別複雑で技巧的なものではない。

 極めて単純で、原始的で、しかし其真の圧倒的な技量と出力により成される「破壊」の具現化だ。

 一つは、陰陽術・『(かい)』。

 陰陽チャクラによって不可視の「斬撃」という概念を生成し、飛ばす術。

 単純な術式だが、其真の桁外れのチャクラ出力により、それはあらゆる防御を紙のように切り裂く必殺の一撃となる。

 もう一つは、陰陽術・『(はち)』。

 こちらは対象に触れなければ発動できないが、より凶悪な性質を持つ。

 対象の強度やチャクラに応じて、最適な「裂傷」という結果そのものを直接生成する術だ。

 「斬る」という過程を飛ばし、触れた瞬間に「斬れた」という事実を現実に書き込む。

 この二つの術だけで、彼はかつての時代、数多の忍と呪術師を葬り去ってきた。

 隣の部屋の信者たちも、この『解』と『捌』によって一瞬でバラバラにされたのだ。

 

「それは重畳」

 

 脳噛は茶道具を片付けながら、次の予定を口にした。

 

「けれども、まだ君の力は完全ではないでしょ。……『其真の残穢(ざんえ)』の残りは、水の国に散らばっているはずだ」

 

 かつての忍者と呪術師の大戦。勝利した忍者は、呪術師側の持つ財産を奪っていった。その中には、其真にまつわるものもある。

 

「まずはそれを回収しに行かないといけないね。完全な力を取り戻してから……十尾の人柱力になってもらおうかな」

 

 脳噛は薄く笑った。

 其真は無言で立ち上がる。

 その瞳は、茶室の狭い空間など見ていない。

 これから始まる破壊と殺戮の宴を、静かに待ち望んでいるようだった。

 

   ◆

 

 夏目の隠れ家である海食洞の前の砂浜。

 そこには、久しぶりに明るい空気が満ちていた。

 

「……で」

 

 準備運動のように首をコキコキと鳴らしながら、南条悟(なんじょう さとる)は目の前の男を指差して叫んだ。

 

「なんで(すぐる)がいるんだよ! お前、里を抜けて『もう二度と会うことはない』とか格好つけて出てったじゃん!」

「やあ、久しぶりだね(さとる)。相変わらず声がデカイな」

 

 夏目傑(なつめ すぐる)は、悪びれる様子もなく肩をすくめた。

 

「居ちゃ悪いかい? ……頼りない大人のせいで苦労させられている若者たちを、見かねて救いに来たんだよ」

「ハッ! どの口が言うんだか。どうせ寂しくなって戻ってきたんだろ?」

「君がドジを踏んで封印されたと聞いて、爆笑しながら駆けつけたのが正解かな」

「性格悪ッ!!」

 

 ギャーギャーと言い合う二人を、廻仟(かいせん)たちは呆気にとられて見ていた。

 最強の忍と、里を抜けた特級クラスの呪術師。

 ピリピリとした緊張感があるかと思いきや、そこにあるのは男子高校生のような悪友同士の空気感だった。

 

「……仲良いっすね」

「腐れ縁だよ」

 

 南条と夏目が同時に答え、顔を見合わせてフンと鼻を鳴らす。

 だが、その瞳の奥には、互いへの信頼と安堵が隠しきれていなかった。

 

 一通りの再会を喜んだ後、全員で車座になり、状況の整理が始まった。

 脳噛の正体が古の呪術師であること。

 その目的が「十尾の復活」による「チャクラの最適化」であること。

 「其真(きしん)」が復活したこと。

 

「……で、どうする? 教団施設に攻め込みに行くか?」

 

 南条が、砂浜に木の枝で地図を描きながら問う。

 夏目はコーヒーを啜りながら首を振った。

 

「いや。脳噛の言っていることが真実なら、待っていても向こうから僕らの持つ『因子』を回収しに来るだろう。わざわざ敵のテリトリーに飛び込む必要はない」

「確かに。僕たちの持つ『修羅道』『餓鬼道』『畜生道』『地獄道』、『天道』……は持っているようだから先生の因子は必要ないかもしれないけれど。他の因子は揃えなければ計画が進まない」

 

 菅原憂太(すがわら ゆうた)が同意する。

 だが、彼の表情は晴れない。

 

「ですが、古の呪術師『其真』の復活はほぼ確定しています。向こうについたのなら……そうでなくとも、迎撃には相応の準備が必要です」

「其真、か」

 

 南条がその名を呟き、空を見上げた。

 里の禁書庫にある文献には、その名は恐怖と共に記されている。

 かつて実在した呪術師。

 四本の腕と四つの眼を持ち、当時の呪術師たちから「呪いの王」と畏怖された災害。

 全盛期の彼は、六道の僧侶と、当時の呪術師連合軍による総攻撃を受けたが、それらをことごとく返り討ちにし、退けたという。

 

「……それ、本当なのかよ。昔話特有の脚色()りすぎ案件じゃないのか?」

 

 廻仟が疑わしげに尋ねる。

 いくらなんでも、軍団を相手に一人で勝つなど規格外すぎる。

 

「ま、そうかもなぁ……」

 

 南条も半信半疑といった様子で頭を掻く。

 だが、夏目は真剣な眼差しで遮った。

 

「……いや。教団の地下で感じた、あの陰陽のエネルギー(呪力)。あれは本物だ。あながち、伝説も誇張じゃないかもしれないよ」

 

 肌を刺すような、あの禍々しい気配。

 あれが「王」の覇気だというなら、伝説は事実として受け止めるべきだ。

 重苦しい沈黙が流れる。

 相手は、南条悟一人でも勝てるか分からない怪物かもしれない。

 

「……傑」

 

 南条が、不意に静かな声で呼んだ。

 

「俺たちで力を合わせても、勝てないと思うか?」

 

 南条がニカッと白い歯を見せて笑う。

 その問いに、夏目は一瞬きょとんとし、すぐに柔らかな笑みで返した。

 

「……勝つさ」

 

 根拠はない。だが、確信はあった。

 最強の二人が並び立てば、負ける道理はない。

 

「よし!」

 

 南条が勢いよく立ち上がり、パンと手を叩いた。

 

「まぁ、とびっきりの強敵なんだろう。それに、今すぐ相手が来てもおかしくない状況だ。となると、こちらは急いで準備を整えなくちゃならない」

 

 南条の瞳に、指導者としての光が宿る。

 

「付け焼刃にはなるが、特訓をしよう。廻仟、憂太、東導、他の皆もだ。連携と基礎能力の底上げを徹底的にやるぞ」

「おう!」

 

 廻仟たちが気合を入れる。

 

「それと……里にも警告の連絡を出したほうがいいですね。このままでは、また不意打ちを食らって壊滅します」

 

 由良恵(ゆら めぐみ)が冷静に進言する。

 だが、与幸一(むた こういち)が難色を示した。

 

「だが、これまでの経緯の説明が難しい。南条先生はともかく、抜け忍の夏目さんや、他里の忍と行動していることがバレたら、警告どころか尋問されかねない」

「あー、そりゃ面倒くさいね」

 

 南条は軽い調子で言った。

 

「じゃあ、一方的に連絡すればいいでしょ。……冥、頼んだ」

 

 南条が視線を向けた先、岩場の日陰で涼んでいた冥々(めいめい)が、妖艶に微笑んだ。

 

「いいけど、高くつくわよ?」

 

 冥々が指を鳴らすと、数羽のカラスが飛び立った。

 これで里も警戒態勢に入るだろう。

 

「それじゃあ」

 

 南条は、頼もしい生徒たちと、かつての親友を見渡し、力強く宣言した。

 

「急いで準備を進めよう。……総力戦だ」

 

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