呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第2話「伏魔殿」

 数日後。

 

 襲撃を経て、民間人が退避し、以前ほどの活気がなくなった芥隠れの里。

 忍者も殆ど出払っており、そこには上層部とその護衛、警備のみが残る。

 先日の冥々による「襲撃の警告」が効いているのか、幾らかの結界が張られ、どことなく緊張感が漂っていた。

 

 その里の中心近く、建物の上に、二つの影が降り立った。

 

「んー、因子持ちはここにはいないようだね。どこ行ったのかな?」

 

 脳噛が、わざとらしく辺りを見回して肩をすくめた。

 彼が感知したところ、目当ての「餓鬼道」「修羅道」「地獄道」「畜生道」のチャクラ反応は、この里のどこにもない。

 あるのは、「天道」の残り香と、微弱な雑魚の気配だけだ。

 

「……ここに狙いがいないのなら、片づけてもいいのだろう」

 

 隣に立つ其真が、退屈そうに鼻を鳴らした。

 彼にとって、獲物のいない狩り場など無価値。

 ならば、更地にして作り直すまで。

 

「まぁ、いいけれど」

 ──派手に頼むよ、と脳噛が言う。どうせなら、獲物を誘き寄せてくれると助かる。

 

塵殺(おうさつ)だ」

 

 其真が2本の両の手で印を結ぶ。

 その瞬間、大気が軋み、世界が彼を中心に歪み始めた。

 

「口寄せ・伏魔殿(ふくまでん)

 

 ズズズズズッ……!!

 

 里の中心、舗装された道路を突き破り、(おぞ)ましき御堂がせり上がった。

 それは無数の干からびた(むくろ)と、巨大な水牛の骨の山を(いしずえ)とし、その四つの側面には、何かを咀嚼するように大きく開かれた「口」を持つ、禍々しい御堂(みどう)

 其真のチャクラが爆発的に膨れ上がる。

 

「領域展開」

 

 瞬間、伏魔殿からのチャクラが里全体を覆い尽くした。

 だが、通常の領域展開に見られる空間を囲う結界は出現しない。

 其真の領域展開は、結界で空間を分断せず、生み出した領域で世界を塗りつぶす。

 

 結界を閉じず空間を領域で満たすことは、キャンパスを用いず空に絵を描くに等しい正に神業──

 

 その効果範囲は、里一つを軽々と内に収める広大さ。

 結界を閉じずに空間を領域で満たすことは至難の業であるが、その見返りとして、より広い範囲を支配することができる。

 そして、其真の領域の特性はそれだけではない。

 

 ──「口寄せ」を介した「領域展開」の発動には、利点がある。

 

 だが、それを理解する暇など、里に残された物質には与えられなかった。

 領域が完成した刹那。

 里のあらゆる場所で、破壊の嵐が吹き荒れた。

 領域内部の空間には、絶え間なく陰陽術・「(かい)」による不可視の斬撃が生成され、建物を、道路を、電柱を、無慈悲に切り刻む。

 さらに、領域内に存在するすべての物質には、陰陽術・「(はち)」が適用される。

 硬度やチャクラ量に応じて自動的に強度が調整された「裂傷」が、斬撃を受けるまでもなく直接発生する。

 逃げ場はない。

 防御も意味をなさない。

 其真は自身の領域に、この二つの術を同時に付与していた。

 轟音が響き渡り、土煙が舞い上がる。

 歴史ある忍の里が、建物が、思い出が。

 シュレッダーにかけられた紙屑のように、ただの(ちり)へと還っていく。

 

 ──時間にして、僅か数秒。

 

 土煙が晴れた時、そこに「芥隠れの里」は存在しなかった。

 あるのはクレーター、地平線の彼方まで続く、平らな荒野だけだった。

 

   ◆

 

「……ッ」

 

 遠く離れた上空。

 カラス越しにその光景を見ていた冥々ですら、その絶望的な破壊力に息を呑んだ。

 

「里が……崩壊したわ」

 

 冥々は即座に、カラスのネットワークを通じて全員に通達を送った。

 

『総員に通達。芥隠れの里が襲撃を受けた。……里は崩壊。直ちに準備を』

 

 その声は、夏目の隠れ家で、あるいはそれぞれの持ち場で待機していた戦士たちの瞳に、決戦の火を灯した。

 

   ◆

 

 芥隠れの里、跡地。

 見渡す限りの更地の中央に、傷一つない「伏魔殿」が鎮座している。

 その屋根の上に、其真と脳噛が佇んでいた。

 其真は、己が作り出した地獄絵図を見ても、感情一つ動かさず鼻を鳴らした。

 

「何もなくなっちゃったねぇ」

 

 ──あの店のラーメン、美味しかったんだけどな。脳噛が何もない跡地に目を向けて笑う。

 その時だった。

 

 バササッ。

 

 上空から一羽のカラスが舞い降りてきた。

 その嘴には、大きな黒い布が(くわ)えられている。

 カラスは上空で布を離した。

 ヒラリ、と舞い落ちる黒い布。

 それが地面に触れようとした瞬間、翻る。

 

 ──ザッ。

 

 数人の影が荒野に降り立った。

 憂々の転移術だ。

 黒布の後ろから現れたのは、南条悟、夏目傑、菅原憂太、東導葵。

 そして後方には、マイケル、七丹、由良、与、廻仟。

 最強の布陣が、王の前に立ちはだかる。

 

「……遅かったじゃないか」

 

 南条悟が、かつての故郷の惨状を一瞥し、蒼い瞳(転生眼)に凄まじい怒りと殺意を宿して、御堂の上の二人を睨みつけた。

 

「随分と派手な模様替えだな。……死ぬ準備はできたか?」

 

 其真が、ニタリと凶悪な笑みを浮かべ、四本の腕を広げた。

 

「相手をしてやる、小僧ども……」

 

 最終決戦の火蓋が、今、切って落とされた。

 

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