少し時間を遡る。
南条悟と夏目傑が、呪いの王・其真と激突を始めた、まさにその時。
「おっと……」
脳噛は、凄まじい衝撃波とチャクラの暴風を片手で防ぎながら、やれやれと首を振った。
「さて、じゃあ私はここいらで退散しようかな」
「はあ!?」
構えていた廻仟たちが、目を丸くして脳噛を睨む。
決戦の最中に逃亡か。
「はは、嘘嘘。……でも、あんな怪獣大決戦のそばにいて、流れ弾で死ぬのは御免だからね。場所を変えようかな、とは思っているよ」
脳噛はひらひらと手を振り、背を向けた。
「ついてくるでしょ? 君たちも」
挑発的な態度。だが、ここで彼をフリーにするわけにはいかない。
林を越え、里の跡地から幾らか離れた、比較的開けた広場へと着地した。
廻仟、由良恵、与幸一、七丹、マイケルの五人が、それを追って展開する。
「それで、私の相手をしてくれるのは君たちかい?」
脳噛は五人の顔を見渡し、残念そうに溜息をついた。
「言っちゃ悪いけど、主力じゃないでしょ? ……其真の相手に南条と夏目が出張っているとはいえ、舐められたもんだなぁ」
「フン」
鼻を鳴らしたのは、雲隠れの忍・マイケルだった。サングラスの奥の瞳が鋭く光る。
「
「主力ではないことは認めますが」
「それは、あなたにも言えることでしょう。……あなたは王ではない」
「手厳しいねぇ」
脳噛は苦笑し、袖口から手をだらりと下げた。
「ま、
開戦。
脳噛が軽く手を振ると、袖から数本の「黒い棒」が弾丸のように射出された。
「それは知っています」
七丹が前に出る。
チャクラを纏わせた鉈を一閃。高速で飛来する棒を正確に弾き返す。
さらに踏み込み、脳噛の脳天へ鉈を振り下ろす。
脳噛は予備の黒い棒でそれを受け止めた。
バキンッ!
金属音ではなく、何かが砕ける乾いた音が響いた。
脳噛の持っていた黒い棒が、接触点から脆く崩れ去る。
「ほう」
七丹の陰陽術・『
対象に「脆い」という概念を付与し、強制的に強度を下げる術。
「防御不能の術か。……厄介だね」
脳噛が感心した一瞬の隙。
「式神・
由良恵の影から黒い獣が飛び出し、脳噛の喉元へ牙を剥く。
「
ドォン!
斥力が玉犬を弾き飛ばす。
だが、その直後、弾かれた玉犬と入れ替わるように、廻仟と、与の操る『阿修羅』が左右から迫っていた。
「オラァッ!!」
廻仟が脳噛の懐に飛び込み、その腕に組み付く。
餓鬼道の吸引力が発動し、脳噛のチャクラを吸い上げる。
「やめてよね、それ!」
脳噛は嫌悪感を露わにし、術ではなく純粋な体術──柔術の理合で廻仟の重心を崩し、地面へ叩きつけた。
「機巧・忍法
与の義手から、特大バーナーのような青白い火炎放射が放たれる。
脳噛は印を結ぶ暇もなく、片手で対抗した。
「水遁・
足元から巻き上がった水流が炎と衝突する。
ジュワアアアアッ!!
大量の蒸気が爆発的に発生し、広場全体を濃い霧が包み込んだ。
視界ゼロ。
由良が警戒を強める。
だが、霧の中から冷徹な声が響いた。
「私はいい眼を持っていてね」
霧を透かして見る輪廻眼。
由良が気づいた時には、彼の周囲を囲むように四本の黒い棒が突き刺さっていた。
「しまった!」
「
ズンッ!!
強烈な重力が由良を襲う。
式神使いであり、司令塔でもある由良が、地面に縫い付けられ動きを封じられた。
「そこですか!」
位置を特定した七丹とマイケルが、霧を裂いて脳噛へ飛びかかる。
特にマイケルの動きは異様だった。
彼は独特のリズムでステップを踏み、踊るように脳噛へ肉薄し、拳を放つ。
「神羅天征」
脳噛は迎撃のため、再び斥力を放つ。
二人を吹き飛ばすはずの力。
だが──。
フワッ。
──?
二人の体は軽く押された程度で、踏みとどまった。
脳噛が眉をひそめる。
「……おや? 出力が上がらないな」
「気ヅイタカ」
マイケルは攻撃の手を緩めず、さらに激しくステップを踏み続ける。
ドン、ドッド、タン!
その足音、拳の打撃音、そして心臓の鼓動までもが、奇妙な共鳴を起こしていた。そして、同時に衝撃波が飛ぶ。
「君も呪術師の……陰陽遁を使うんだね」
「ウチノ里ジャ、珍シイ術デハアルネ」
マイケルの秘術・『
刻まれるビートの全てに陰陽遁の波動を乗せ、自身の身体能力を活性化させると同時に、周囲の空間に干渉する。
それは、天道の力のような「場に効果を及ぼす術」をかき乱す、強力な
マイケルがリズムを刻むたびに、脳噛の支配する重力場にノイズが走る。
由良を押さえつけていた「四ツ落下」の重力さえも、徐々に軽くなっていく。
「これは面倒臭いな」
脳噛が舌打ちする。
攻撃、防御、
たった一つの行動で四つのアドバンテージを得る、
踊り続けられる限り、こちらの術は封じられ、向こうは強化され続ける。
「畳ミカケルゾ!」
「ええ!」
七丹とマイケルが再び攻める。
天道の斥力が弱まっている今が好機。
二人は左右から挟撃し、確実に脳噛を仕留めにかかる。
だが。
脳噛の不完全な輪廻眼が、怪しく紫色の光を放った。
──
カッ!!
脳噛の瞳から、強烈な閃光が迸る。
「ぐっ!?」
「目眩マシカ!?」
七丹とマイケルが眉をひそめる。
しかし、攻撃はない?
だが直後、二人の腹部にバチンッ!という激痛が走った。
斬られた? いや、幻痛か?腹に感じる、滑りと温かさが、確かに切られたことを示していた。
──傷は浅い。
しかし思考が一瞬、空白になる。
そのコンマ数秒の硬直。
「隙あり!」
二人が気づいた時には、彼らを囲むように四本の黒い棒が地面に突き刺さっていた。
「──しまった」
「四ツ落下」
ズンッ!!
圧倒的な重力が、七丹とマイケルを大地に叩き伏せる。
膝をつき、地面に手をつく二人。
ステップが止まる。
リズムが途切れた瞬間、ジャミング効果が消失し、本来の重圧が戻ってきた。
「く、そ……!」
マイケルが歯を食いしばるが、指一本動かせない。
脳噛は冷ややかな目で見下ろし、やれやれと肩をすくめた。
「いい線いってたけどね。……さて、どう料理しようか」
「くっ……!」
七丹、マイケル、そして由良恵までもが、重力結界によって地に縫い付けられた。
残る戦力は、廻仟と与幸一の二人だけ。
「させるかッ!」
与が叫び、地面を蹴った。
彼は傀儡師でありながら、今は自らが前衛として飛び込む。両腕に装着された
「機巧忍法・
両腕の爪が回転し、脳噛を切り裂こうと迫る。
脳噛は動じず、その輪廻眼を見開いた。
──
カッ!!
再び、視界を白く染める閃光。
(また目眩ましか!)
与は警戒し、眉を
だが、次の瞬間。
ボトッ。
重い音がして、与の右腕が肩口から先が地面に落ちていた。
「──痛っ、何ッ!?」
遅れてやってくる激痛。
目眩ましの間に斬られたのか? いや、刃物の軌道は見えなかった。
与は慌ててバックステップで距離を取る。
側面から見ていた廻仟にも、何が起きたのか分からなかった。
脳噛は動いていない。風の刃が飛んだわけでもないはず。
なのに、与の腕だけが突然、切断されたのだ。
「クソッ……行け、阿修羅!」
与は膝をつきながらも、遠隔操作で『阿修羅』を特攻させる。
だが、脳噛は煩わしそうに手を振った。
「神羅天征」
ドォン!!
先ほどよりも出力が戻っている。阿修羅の巨体が紙屑のように弾き飛ばされた。
その一瞬の隙。
「今だッ!」
──事前の情報共有で南条先生から聞いていた。
──恐らく脳噛の天道の力、「神羅天征」は連続して使えない。
──「僕は使えるけどね」最強だから。
与は残った左腕の籠手を構え、死角から脳噛へ肉薄する。
脳噛がゆっくりと振り返る。
その瞳が、再び怪しく輝き始めた。
(また……! 次こそは……その攻撃を見切ってやる!)
与はカッ、と目を見開いた。
眩い光の中でも、決して
しかし。
カッ────────!!
閃光が瞬く。
何も見えなかった。
そして、結果だけがそこにあった。
「グ、フッ……」
与の左腕が肩口から吹き飛び、さらに腹部に深々と裂傷が刻まれていた。
鮮血が噴き出す。
先ほどよりも深く、鋭い傷。致命傷だ。
「が、ぁ……」
与は俯せに倒れ伏した。
両腕と腹から大量の血が流れ出し、意識が急速に遠のいていく。
ダメだ。何も見えなかった。
死へのカウントダウンの中で、傀儡師としての冷徹な思考回路だけが、高速で回転を始めた。
──なぜ、斬られた?
斬撃は見えなかった。脳噛は動いていない。これは
……脳噛は「人間道」の因子も回収していたはずだ。それは、人間の精神に作用する力。
──なぜ、阿修羅には使わなかった?
使えなかった? 効かないと分かっていた?
恐らく生物──そうか、人間道。人間にのみ効果があるのか。
──なぜ、七丹先生やマイケルには効果が薄かった?
二人は眼鏡やサングラスをかけていた。目眩ましはあまり効いていなかった。
だから攻撃を見逃さなかった?
違う、彼らも見切ることはできなかった。
見切ることはできなかったが、怪我は軽微だった。
……光を直視した度合いと、ダメージが比例している?
──なぜ、見えなかった?
いや逆だ。
実は見えているのに、気が付いていない?
あの閃光──。
答えに辿り着いた瞬間、与の奥底で眠っていた「因子」が爆発的に脈動した。
生きたい。まだ死ねない。
その強烈な渇望に呼応し、彼のチャクラが変質する。
倒れ伏す与の身体から、金属音が響いた。
失われた腕の断面から、骨ではなく鋼鉄のフレームが伸びる。
筋肉がワイヤーへ、皮膚が装甲へと置換されていく。
「
自らの肉体を兵器へと改造し、口寄せした機巧で補完する六道の力。
「廻仟!!」
与が叫んだ。
脳噛に特攻を仕掛けようとしていた廻仟の耳に、その声が届く。
「閃光を
廻仟は驚愕したが、迷わなかった。
脳噛の輪廻眼が仄かに明るさを増し、今にも閃光を放とうとしている。
(信じる!)
廻仟はギュッと目を閉じ、大きく横へ跳んだ。
ピカッ──!
閃光が走る。
だが、廻仟の体には傷一つ付かなかった。
「……」
脳噛はそのまま無防備な廻仟へ追撃を仕掛けようとする。
だが、それを横合いからの砲撃が妨げた。
ズドォォン!!
脳噛がたまらず飛び退く。
砂煙の向こうから、ゆらりと立ち上がる影があった。
両腕を銀色に輝く高性能な義手に換装し、腹の傷も装甲で塞いだ、機械仕掛けの戦士。
「気づいたか」
「ああ……。あの光は目眩ましじゃない。強力な幻術……いや、催眠術だ」
再生した鋼鉄の拳を握りしめ、与は断言した。
『夢死暗澹』
……それは六道・人間道による究極の催眠術。閃光を通じて脳に強力な暗示をかけ、肉体を騙す術。
例えば、「自分の腕は切られてしまった」と強く暗示し錯覚させることで、脳が体に指令を出し、筋肉を過収縮させて自切させてしまうほどの強制力。
閃光に隠された「存在しない
完全な初見殺し。
「正解だ。……種明かしをされると詰まらないね」
脳噛がつまらなそうに言う。
与は印を結んだ。いや、それは印ではなく、機巧の起動シークエンス。
「修羅道・展開」
ガガガガッ!
与の背中から、さらに二本の
計四本の腕を持つその姿は、まるで──
「あはは、其真の真似事かい?」
「紛い物で結構。……火力なら負けん!」
与の四本の腕から、小型ミサイルが一斉に発射された。
それは脳噛ではなく、周囲の地面へ向かう。
正確無比な弾道で、七丹、マイケル、由良を縫い留めていた「黒い棒」だけが破壊された。
重力結界が消滅する。
「!」
自由を取り戻した三人が、即座に態勢を整える。
戦況は振り出しに戻った。
「面白い力だ」
脳噛が呟く。
その顔には、笑みはなかった。
これは、とあるn次創作の物語
ソカモナ!
Jujutsushi KAISEN