呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第4話「裏番組」

 少し時間を遡る。

 南条悟と夏目傑が、呪いの王・其真と激突を始めた、まさにその時。

 

「おっと……」

 

 脳噛は、凄まじい衝撃波とチャクラの暴風を片手で防ぎながら、やれやれと首を振った。

 

「さて、じゃあ私はここいらで退散しようかな」

「はあ!?」

 

 構えていた廻仟たちが、目を丸くして脳噛を睨む。

 決戦の最中に逃亡か。

 

「はは、嘘嘘。……でも、あんな怪獣大決戦のそばにいて、流れ弾で死ぬのは御免だからね。場所を変えようかな、とは思っているよ」

 

 脳噛はひらひらと手を振り、背を向けた。

 

「ついてくるでしょ? 君たちも」

 

 挑発的な態度。だが、ここで彼をフリーにするわけにはいかない。

 

 林を越え、里の跡地から幾らか離れた、比較的開けた広場へと着地した。

 廻仟、由良恵、与幸一、七丹、マイケルの五人が、それを追って展開する。

 

「それで、私の相手をしてくれるのは君たちかい?」

 

 脳噛は五人の顔を見渡し、残念そうに溜息をついた。

 

「言っちゃ悪いけど、主力じゃないでしょ? ……其真の相手に南条と夏目が出張っているとはいえ、舐められたもんだなぁ」

「フン」

 

 鼻を鳴らしたのは、雲隠れの忍・マイケルだった。サングラスの奥の瞳が鋭く光る。

 

真打(メインアクト)ヲ見極メラレナイトハ、古ノ呪術師トヤラモ、タイシタコトハナイナ」

「主力ではないことは認めますが」

 

 七丹(しちたん)がゴーグルのような眼鏡の位置を直し、愛用の(なた)を構えた。

 

「それは、あなたにも言えることでしょう。……あなたは王ではない」

「手厳しいねぇ」

 

 脳噛は苦笑し、袖口から手をだらりと下げた。

 

「ま、裏番組(アンダーカード)として、精一杯面白くなるよう頑張っていきましょうか」

 

 開戦。

 脳噛が軽く手を振ると、袖から数本の「黒い棒」が弾丸のように射出された。

 

「それは知っています」

 

 七丹が前に出る。

 チャクラを纏わせた鉈を一閃。高速で飛来する棒を正確に弾き返す。

 さらに踏み込み、脳噛の脳天へ鉈を振り下ろす。

 脳噛は予備の黒い棒でそれを受け止めた。

 

 バキンッ!

 

 金属音ではなく、何かが砕ける乾いた音が響いた。

 脳噛の持っていた黒い棒が、接触点から脆く崩れ去る。

 

「ほう」

 

 七丹の陰陽術・『脆点(ぜいてん)』。

 

 対象に「脆い」という概念を付与し、強制的に強度を下げる術。

 

「防御不能の術か。……厄介だね」

 

 脳噛が感心した一瞬の隙。

 

「式神・玉犬(ぎょくけん)!」

 

 由良恵の影から黒い獣が飛び出し、脳噛の喉元へ牙を剥く。

 

神羅天征(しんらてんせい)

 

 ドォン!

 

 斥力が玉犬を弾き飛ばす。

 だが、その直後、弾かれた玉犬と入れ替わるように、廻仟と、与の操る『阿修羅』が左右から迫っていた。

 

「オラァッ!!」

 

 廻仟が脳噛の懐に飛び込み、その腕に組み付く。

 餓鬼道の吸引力が発動し、脳噛のチャクラを吸い上げる。

 

「やめてよね、それ!」

 

 脳噛は嫌悪感を露わにし、術ではなく純粋な体術──柔術の理合で廻仟の重心を崩し、地面へ叩きつけた。

「機巧・忍法 豪炎砲(ごうえんほう)!」

 

 与の義手から、特大バーナーのような青白い火炎放射が放たれる。

 脳噛は印を結ぶ暇もなく、片手で対抗した。

 

「水遁・水陣壁(すいじんへき)!」

 

 足元から巻き上がった水流が炎と衝突する。

 

 ジュワアアアアッ!!

 

 大量の蒸気が爆発的に発生し、広場全体を濃い霧が包み込んだ。

 視界ゼロ。

 由良が警戒を強める。

 だが、霧の中から冷徹な声が響いた。

 

「私はいい眼を持っていてね」

 

 霧を透かして見る輪廻眼。

 由良が気づいた時には、彼の周囲を囲むように四本の黒い棒が突き刺さっていた。

 

「しまった!」

四ツ落下(よつらっか)

 ズンッ!!

 

 強烈な重力が由良を襲う。

 式神使いであり、司令塔でもある由良が、地面に縫い付けられ動きを封じられた。

 

「そこですか!」

 

 位置を特定した七丹とマイケルが、霧を裂いて脳噛へ飛びかかる。

 特にマイケルの動きは異様だった。

 彼は独特のリズムでステップを踏み、踊るように脳噛へ肉薄し、拳を放つ。

 

「神羅天征」

 

 脳噛は迎撃のため、再び斥力を放つ。

 二人を吹き飛ばすはずの力。

 だが──。

 

 フワッ。

 ──?

 

 二人の体は軽く押された程度で、踏みとどまった。

 脳噛が眉をひそめる。

 

「……おや? 出力が上がらないな」

「気ヅイタカ」

 

 マイケルは攻撃の手を緩めず、さらに激しくステップを踏み続ける。

 

 ドン、ドッド、タン!

 

 その足音、拳の打撃音、そして心臓の鼓動までもが、奇妙な共鳴を起こしていた。そして、同時に衝撃波が飛ぶ。

 

「君も呪術師の……陰陽遁を使うんだね」

「ウチノ里ジャ、珍シイ術デハアルネ」

 

 マイケルの秘術・『無尽刻音(ピゴ・ラ・ウハリビフ)』。

 嵐遁(らんとん)による波動と、陰陽遁による干渉を組み合わせた、マイケル独自の戦闘スタイル。

 刻まれるビートの全てに陰陽遁の波動を乗せ、自身の身体能力を活性化させると同時に、周囲の空間に干渉する。

 それは、天道の力のような「場に効果を及ぼす術」をかき乱す、強力な妨害効果(ジャミング)を持っていた。

 

 マイケルがリズムを刻むたびに、脳噛の支配する重力場にノイズが走る。

 由良を押さえつけていた「四ツ落下」の重力さえも、徐々に軽くなっていく。

 

「これは面倒臭いな」

 

 脳噛が舌打ちする。

 攻撃、防御、自己強化(バフ)、そして敵への妨害(デバフ)

 たった一つの行動で四つのアドバンテージを得る、理不尽なまでの「やり得」(爆アド)行動。

 踊り続けられる限り、こちらの術は封じられ、向こうは強化され続ける。

 

「畳ミカケルゾ!」

「ええ!」

 

 七丹とマイケルが再び攻める。

 天道の斥力が弱まっている今が好機。

 二人は左右から挟撃し、確実に脳噛を仕留めにかかる。

 

 だが。

 脳噛の不完全な輪廻眼が、怪しく紫色の光を放った。

 

 ──夢死暗澹(むしあんたん)

 カッ!!

 

 脳噛の瞳から、強烈な閃光が迸る。

 

「ぐっ!?」

「目眩マシカ!?」

 

 七丹とマイケルが眉をひそめる。

 しかし、攻撃はない?

 だが直後、二人の腹部にバチンッ!という激痛が走った。

 斬られた? いや、幻痛か?腹に感じる、滑りと温かさが、確かに切られたことを示していた。

 

 ──傷は浅い。

 しかし思考が一瞬、空白になる。

 そのコンマ数秒の硬直。

 

「隙あり!」

 

 二人が気づいた時には、彼らを囲むように四本の黒い棒が地面に突き刺さっていた。

 

「──しまった」

「四ツ落下」

 ズンッ!!

 

 圧倒的な重力が、七丹とマイケルを大地に叩き伏せる。

 膝をつき、地面に手をつく二人。

 ステップが止まる。

 リズムが途切れた瞬間、ジャミング効果が消失し、本来の重圧が戻ってきた。

 

「く、そ……!」

 

 マイケルが歯を食いしばるが、指一本動かせない。

 脳噛は冷ややかな目で見下ろし、やれやれと肩をすくめた。

 

「いい線いってたけどね。……さて、どう料理しようか」

 

「くっ……!」

 

 七丹、マイケル、そして由良恵までもが、重力結界によって地に縫い付けられた。

 残る戦力は、廻仟と与幸一の二人だけ。

 

「させるかッ!」

 

 与が叫び、地面を蹴った。

 彼は傀儡師でありながら、今は自らが前衛として飛び込む。両腕に装着された絡繰(からくり)の籠手が唸りを上げる。

 

「機巧忍法・双竜牙(そうりゅうが)!」

 

 両腕の爪が回転し、脳噛を切り裂こうと迫る。

 脳噛は動じず、その輪廻眼を見開いた。

 

 ──夢死暗澹(むしあんたん)

 カッ!!

 

 再び、視界を白く染める閃光。

 

(また目眩ましか!)

 

 与は警戒し、眉を(ひそ)めて光を睨みつけた。

 だが、次の瞬間。

 

 ボトッ。

 

 重い音がして、与の右腕が肩口から先が地面に落ちていた。

 

「──痛っ、何ッ!?」

 

 遅れてやってくる激痛。

 目眩ましの間に斬られたのか? いや、刃物の軌道は見えなかった。

 与は慌ててバックステップで距離を取る。

 

 側面から見ていた廻仟にも、何が起きたのか分からなかった。

 脳噛は動いていない。風の刃が飛んだわけでもないはず。

 なのに、与の腕だけが突然、切断されたのだ。

 

「クソッ……行け、阿修羅!」

 

 与は膝をつきながらも、遠隔操作で『阿修羅』を特攻させる。

 だが、脳噛は煩わしそうに手を振った。

 

「神羅天征」

 ドォン!!

 

 先ほどよりも出力が戻っている。阿修羅の巨体が紙屑のように弾き飛ばされた。

 その一瞬の隙。

 

「今だッ!」

 

 ──事前の情報共有で南条先生から聞いていた。

 ──恐らく脳噛の天道の力、「神羅天征」は連続して使えない。

 ──「僕は使えるけどね」最強だから。

 

 与は残った左腕の籠手を構え、死角から脳噛へ肉薄する。

 脳噛がゆっくりと振り返る。

 その瞳が、再び怪しく輝き始めた。

 

(また……! 次こそは……その攻撃を見切ってやる!)

 

 与はカッ、と目を見開いた。

 眩い光の中でも、決して敵の挙動(モーション)を見逃さないように。

 しかし。

 

 カッ────────!!

 

 閃光が瞬く。

 何も見えなかった。

 そして、結果だけがそこにあった。

 

「グ、フッ……」

 

 与の左腕が肩口から吹き飛び、さらに腹部に深々と裂傷が刻まれていた。

 鮮血が噴き出す。

 先ほどよりも深く、鋭い傷。致命傷だ。

 

「が、ぁ……」

 

 与は俯せに倒れ伏した。

 両腕と腹から大量の血が流れ出し、意識が急速に遠のいていく。

 ダメだ。何も見えなかった。

 死へのカウントダウンの中で、傀儡師としての冷徹な思考回路だけが、高速で回転を始めた。

 

 

 ──なぜ、斬られた?

  斬撃は見えなかった。脳噛は動いていない。これは引力や斥力(天道)ではない。

  ……脳噛は「人間道」の因子も回収していたはずだ。それは、人間の精神に作用する力。

 

 ──なぜ、阿修羅には使わなかった?

  使えなかった? 効かないと分かっていた?

  恐らく生物──そうか、人間道。人間にのみ効果があるのか。

 

 ──なぜ、七丹先生やマイケルには効果が薄かった?

  二人は眼鏡やサングラスをかけていた。目眩ましはあまり効いていなかった。

  だから攻撃を見逃さなかった?

  違う、彼らも見切ることはできなかった。

  見切ることはできなかったが、怪我は軽微だった。

  ……光を直視した度合いと、ダメージが比例している?

 

 ──なぜ、見えなかった?

  いや逆だ。

  実は見えているのに、気が付いていない?

 

 

 あの閃光──。

 

 

 答えに辿り着いた瞬間、与の奥底で眠っていた「因子」が爆発的に脈動した。

 生きたい。まだ死ねない。

 その強烈な渇望に呼応し、彼のチャクラが変質する。

 倒れ伏す与の身体から、金属音が響いた。

 失われた腕の断面から、骨ではなく鋼鉄のフレームが伸びる。

 筋肉がワイヤーへ、皮膚が装甲へと置換されていく。

 「修羅道(しゅらどう)」の覚醒。

 自らの肉体を兵器へと改造し、口寄せした機巧で補完する六道の力。

 

「廻仟!!」

 

 与が叫んだ。

 脳噛に特攻を仕掛けようとしていた廻仟の耳に、その声が届く。

 

「閃光を()()()ッ!!」

 

 廻仟は驚愕したが、迷わなかった。

 脳噛の輪廻眼が仄かに明るさを増し、今にも閃光を放とうとしている。

 

(信じる!)

 

 廻仟はギュッと目を閉じ、大きく横へ跳んだ。

 

 ピカッ──!

 

 閃光が走る。

 だが、廻仟の体には傷一つ付かなかった。

 

「……」

 

 脳噛はそのまま無防備な廻仟へ追撃を仕掛けようとする。

 だが、それを横合いからの砲撃が妨げた。

 

 ズドォォン!!

 

 脳噛がたまらず飛び退く。

 砂煙の向こうから、ゆらりと立ち上がる影があった。

 両腕を銀色に輝く高性能な義手に換装し、腹の傷も装甲で塞いだ、機械仕掛けの戦士。

 

「気づいたか」

 

「ああ……。あの光は目眩ましじゃない。強力な幻術……いや、催眠術だ」

 

 再生した鋼鉄の拳を握りしめ、与は断言した。

 

『夢死暗澹』

……それは六道・人間道による究極の催眠術。閃光を通じて脳に強力な暗示をかけ、肉体を騙す術。

 例えば、「自分の腕は切られてしまった」と強く暗示し錯覚させることで、脳が体に指令を出し、筋肉を過収縮させて自切させてしまうほどの強制力。

 閃光に隠された「存在しない攻撃(タネ)」を見つけようと躍起になって観察すればするほど、暗示は深く脳に刻まれる。

 完全な初見殺し。

 

「正解だ。……種明かしをされると詰まらないね」

 

 脳噛がつまらなそうに言う。

 与は印を結んだ。いや、それは印ではなく、機巧の起動シークエンス。

 

「修羅道・展開」

 

 ガガガガッ!

 与の背中から、さらに二本の機械腕(アーム)が出現し、展開された。

 計四本の腕を持つその姿は、まるで──

 

「あはは、其真の真似事かい?」

「紛い物で結構。……火力なら負けん!」

 

 与の四本の腕から、小型ミサイルが一斉に発射された。

 それは脳噛ではなく、周囲の地面へ向かう。

 正確無比な弾道で、七丹、マイケル、由良を縫い留めていた「黒い棒」だけが破壊された。

 重力結界が消滅する。

 

「!」

 

 自由を取り戻した三人が、即座に態勢を整える。

 戦況は振り出しに戻った。

 

「面白い力だ」

 

 脳噛が呟く。

 その顔には、笑みはなかった。

 




これは、とあるn次創作の物語
ソカモナ!

Jujutsushi KAISEN
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