呪術師 廻仟   作:四月三十日

33 / 43
第5話「神業」

 夏目の口寄せによる飽和攻撃。数的有利とチャクラ総量の暴力。

 通常の戦いであれば、これで詰みだったはずだ。

 だが、王は動じない。

 其真が二本の腕で印を結ぶと、空間が歪むほど濃密な陰陽チャクラが練り上がった。

 

 (来るぞッ!)

 

 全員の脳裏に警鐘が鳴り響く。

 

   ◆

 

 ──時間は少し遡る。

 転移の直前、冥々はカラスを通して見た『里を崩壊させた其真の領域展開』に関する情報を、南条たちに共有していた。

 

『いい? よく聞いて。其真の領域展開は特殊よ』

『異常って、どういうことだい?』

『其真の領域は……「()()()()()()()()()」。付近の空間そのものを塗りつぶす形で領域が展開されるわ』

 

 それは、領域の押し合いによる拮抗が発生しないことを意味する。

 高度に領域をコントロールすることで留める結界を必要とせず、枠を設けないことで効果範囲は最大化される。

 

『領域範囲は無数の斬撃のような術で満たされている。簡易領域や領域展延で中和するだけじゃ足りない。飛んでくる斬撃を防ぐ防御力も必須よ』

 

   ◆

 

『領域展開』

 

 南条と菅原も動く。

 宣言は重なって発せられた。

 

 三者の領域が同時に展開される。

 南条と菅原の領域が結界を形成し、其真を閉じ込めようとする。

 だが。

 

 硝子が砕けるような音。

 一瞬だった。

 南条と菅原が展開した結界が、まるで薄氷のように粉砕された。

 内側からではない。「外側」からの攻撃だ。

 其真の領域は結界を閉じないため、南条たちの結界の「外」にも効果範囲が及ぶ。

 閉じた領域は、内からの攻撃には強いが、外からの攻撃には脆い。

 その構造的弱点を突かれ、二人の領域は完成する前に崩壊した。

 

「グッ……!」

「ガハッ……!」

 

 結界が砕け散ると同時に、其真の領域に付与された斬撃の術が二人を襲った。

 夏目と東導は、即座に「領域展延」を展開して身を守る。

 さらに夏目は、口寄せした玄武を介して強固な防御結界を張っていた。

 

 ──玄冥ノ陣(げんめいのじん)

 

 ドーム状の防壁が展開され、夏目と東導はその中で構えている。

 だが、領域展開を試みた南条と菅原は陣の外、斬撃の暴風雨の中にいた。

 

「悟! 菅原!」

 

 夏目が叫ぶ。

 視界の先、南条は血みどろだった。

 だが、倒れてはいない。全身に「斥力」の薄い鎧を纏い、深手を防ぎながら、全力の医療忍術を併用しているのだ。

 傷を負ったそばから、細胞が再生していく。

 対する菅原も、咄嗟に「領域展延」に切り替えて凌いでいた。

 一瞬の被弾で全身を切り刻まれているが、人柱力特有の膨大なチャクラと治癒能力により、身体から蒸気を上げながら回復していく。

 ニヤリ、と其真が笑う。

 耐えている。だが、ジリ貧だ。

 この斬撃の嵐の中、まもなく菅原の回復が追い付かなくなる。そして夏目たちが籠る「玄冥ノ陣」も、外側からの絶え間ない斬撃によって無数のヒビが入り、崩壊寸前だった。

 

(あと数十秒……いや、持たない!)

 

 南条が動く。

 

 その蒼き「転生眼」は、斬撃の嵐の中でも冷静にチャクラの流れを捉えていた。

 この領域の基点は、其真自身ではない。

 あの背後の「禍々しい御堂(ふくまでん)──」だ。

 あれを破壊すれば、領域は崩れる。

 南条が指先にチャクラを収束させる。今すぐに放てる、天道の奥義を。

 

極点(きょくてん)(あか)

 

 カッ!!

 南条の指先から放たれた赤き閃光が、空間を抉りながら伏魔殿へと着弾した。

 凄まじい斥力の爆発。

 御堂がひしゃげ、砕け散る。

 

 フッ……。

 

 空間を満たしていた殺意が、伏魔殿と同時に消えた。

 伏魔殿の破壊と消失。それと同時に、其真の領域が解除されたのだ。

 

「今だッ!」

 

 隙を逃さず、菅原が飛び出した。

 尾獣のチャクラを纏った神速の踏み込み。

 領域展開直後の術者は、領域に術を奪われているため、術を使えないはず。

 無防備な其真の首へ、刀を一閃させる。

 だが。

 

「『(かい)』」

 ズバッ。

 

「──ガ、ハッ!?」

 

 菅原の動きが止まる。

 刀を振るうより速く、彼の腹部が横一文字に裂かれていた。

 

「な……!?」

 

 南条と菅原が驚愕に目を見開く。

 南条の転生眼も、菅原の写輪眼も、今の攻撃が先ほどまで降り注いでいた斬撃の術であることを捉えていた。

 領域に付与されていた斬撃と、同じ術。

 だが、なぜだ?

 領域に術を付与した後、その術が術者の手元に戻り、再び使用可能になるまでには多少の時間がかかるはずだ。

 早すぎる。──いや、そもそも術を委譲していない?

 

 ──「口寄せ」を介した「領域展開」の発動には、利点がある。

 

 通常、領域展開は自身の術式を付与する。移譲中、術者はその術を一時的に使用出来なくなる。

 だが其真は、口寄せした「伏魔殿」に領域を展開させ、「伏魔殿」に術の付与を行わせていた。

 つまり、領域への術の移譲元は「伏魔殿」であり、其真自身は術を喪失していない。

 これにより、其真は領域展開中も、解除直後も、変わらず自身の術である「解」と「捌」を使用し続けることができる。

 さらに、領域の維持を「伏魔殿」に専念させることで、他術者とは比較にならない高い強度と精度で領域を成立させていたのだ。

 

 口寄せを介して領域を展開することは、切り落とした腕で絵を描くに等しい正に神業。

 

「しまっ──」

 

 追撃の「捌」が菅原に迫る。

 だがその瞬間、乾いた拍手の音が響いた。

 

 パァンッ!

 

 東導の秘術、美伐舞(ビバップ)

 腹を裂かれた菅原の姿が消え、其真の目の前には一枚の起爆札が現れた。

 

 ドォン!!

 

 至近距離での爆発。

 菅原は東導、夏目のいる「玄冥ノ陣」の中へと転移していた。

 膝から崩れ落ちるが、意識はある。人柱力の回復力が傷を塞いでいく。

 

「大丈夫です……! 戦えます!」

 

 南条は冷や汗を拭い、爆煙の中に立つ王を見据えた。

 

「なるほど。口寄せを介した領域展開か」

 

 だが、南条は不敵に笑った。

 

「でも、その便利な『口寄せ』は、さっき俺が壊したからね」

 

 南条が片手で印を結ぶ。

 煙が晴れると、其真もまた、二本の腕で印を結び、南条を見据えていた。

 

「領域展開」

 

 現代の最強と古の最強が、再び衝突する。

 

 南条悟の声と共に、再び領域が展開される。

 だが、今回の結界は先ほどとは違う。

 南条は瞬時に結界の要件(コンディション)を変更していた。

 

 領域展開は内部に捉えた相手を逃がさないため、内側を強固にし、代わりに外側の耐久を捨てる術として設計され伝わってきた。

 南条は独自に術を編みなおし、外側からの攻撃に対する耐久度を極限まで高めた結界術として、領域展開を再開発した。

 

 ガガガガガガガッ!!

 

 直後、其真の展開した領域による斬撃の雨が、南条の結界の外殻を襲う。

 結界が悲鳴を上げ、亀裂が走る。だが、砕けない。

 南条の調整した対外殻攻撃用結界は、王の猛攻をギリギリで耐え凌いでいた。

 一方、結界の内部。

 そこは、南条の領域と其真の領域が混在し、互いの「付与された術」を打ち消し合う中和空間となっていた。

 南条の放つ転生眼の幻術も、其真の放つ切断の術も、この空間内では作用しない。

 だが、どちらかの領域が崩壊した瞬間、勝者の術が敗者を襲うデスマッチ。

 南条は片手で印を結んだまま、額に汗を浮かべて笑った。

 

「今回は自分自身による領域展開……。そして、領域に『解』と『捌』の両方を付与して俺の領域への破壊効果を高めているよね」

 

 南条の蒼い瞳が、其真を射抜く。

 

「つまり、今のお前は……自身の肉体で()()()()()()()()使()()()()ってわけだ」

 

 其真は何も反応しない。

 しかし、図星だ。

 先ほどは「伏魔殿(口寄せ)」に術を委託していたため、本体も術を使えた。

 だが今は、破壊された伏魔殿の代わりに、其真自身がリソースを割いて領域を展開している。

 領域の外殻を破壊せんと、絶え間なく斬撃を浴びせ続けている今、本体の手元に術式は残っていない。

 

(他に隠し持っている術がある可能性もあるが……。使い慣れているだろう主力二つを封じたのは大きい)

 

 南条は印に力を込める。

 悠長にはしていられない。外殻への攻撃は苛烈を極め、いつ結界が崩壊してもおかしくない。

 だが、其真の術を奪った現状は、千載一遇の好機だった。

 もし其真が術を使おうとして領域を解いても、直ちに移譲した術が返ってくる訳ではないし、南条の領域(幻術)が命中し、其真の脳を焼く。

 其真は領域を維持し続けなければならない。

 南条の領域が破壊されるのが先か。

 術を封じられた其真が、(たお)されるのが先か。

 

 ザッ!

 

 南条の横に、頼もしい影が並んだ。

 夏目傑、東導葵。

 そして、人柱力の回復力で傷を塞ぎ、立ち上がった菅原憂太。

 

「美味しいところは頂くよ、悟」

「俺たちで、奴を叩く!」

「先生、お膳立て感謝します!」

 

 南条は領域維持のため動けない。

 だが、彼と共に戦ってくれる最強の親友、そして生徒たちがいる。

 

「……王手だ、呪いの王!」

 

 南条が叫ぶ。

 其真は変わらず笑みを浮かべる。窮地を楽しむように。

 長い時を経て久方ぶりに、王の胸に「死」への緊張が走った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。