南条悟は動かない。
汗が頬を伝う中、印を結び続け、自身の領域維持に全神経を注ぐ。
彼が崩れれば、全員が其真の斬撃に晒される。彼は今、最強の盾として場を支えていた。
その信頼に応えるべく、三人の影が王へ翔ける。
「行くぞッ!」
先陣を切ったのは菅原憂太。
その背後には人造尾獣『理下』が憑依し、禍々しくも頼もしいオーラを放っている。
対する夏目傑は、目元に隈取を浮かべた「仙人モード」。
東導葵は後方に位置取り、いつでも手を叩ける構えでプレッシャーを放つ。
菅原が刀を振りかぶる。
其真はそれを素手で受け止める。返しの拳で菅原に殴りかかるが──
『憂太ァ!!』
菅原の肩から実体化した理下の巨大な拳が、其真の顔面を捉えた。
ドゴォォォン!!
強烈なチャクラを纏った質量攻撃に、さしもの王も仰け反る。
其真が即座に殴り返すが、
パァンッ!
乾いた拍手音。
其真の拳が捉えたのは、菅原ではなく一枚の起爆札だった。
爆発。
東導の秘術・
その変幻自在の
煙の中から、東導が数本の
同時に、パァンッ! と拍手。
其真は入れ替えを警戒し、千本を殴り落とそうと拳を振るう。
だが、何も起きない。
ブラフだ。其真の拳は空しく千本を弾き飛ばす。
その、わずかに体勢が崩れた背後。
「仙法・
夏目の掌底が、其真の脇腹に突き刺さる。
自然エネルギーを練り込んだ仙術の一撃。
其真は咄嗟に全身にチャクラを薄く纏う「
だが、仙術の物理的な衝撃までは殺しきれない。
「ぐ、ぅ……ッ!」
其真が苦しげに呻き、バックステップで距離を取る。
だが、休む暇など与えられない。
「口寄せ・
夏目の呼び声と共に、炎を纏った巨鳥が飛来する。
初回の領域展開で玄武を除く他の口寄せはやられてしまったが、再生能力の高い朱雀はいち早く復活していた。
【火遁・
朱雀の嘴から放たれる、太陽の如き業火が其真を飲み込む。
其真は四本の腕を交差させ、領域展延で直撃を防ぐが、圧倒的な熱量までは遮断できない。皮膚が焼け焦げる音が響く。
パァンッ!
再び、拍手。
熱波に耐え、足が止まった其真の背後。
先ほど東導が投げ、其真が弾き飛ばした千本の位置に、菅原憂太が転移していた。
「──ッ!!」
一閃。
理下のチャクラを限界まで込めた刃が、其真の右腕の一本を斬り飛ばした。
鮮血が舞う。
さらに、正面から夏目が飛び込む。
その手には、高密度に圧縮された自然エネルギーの球体。
「極ノ術・仙法螺旋玉!!」
キィィィン!!
其真は左腕の二本でガードし、展延で弾こうとするが、極限の回転力は防ぎきれない。
防御の上から、二本の左腕が消し飛んだ。
「くっ……!」
四本あった腕は、残り一本。
圧倒的な優勢。
だがその時、ピキィッ……と硬質な音が響いた。
「!」
南条の展開している領域の外殻に、亀裂が入ったのだ。
其真の領域による外側からの斬撃に、限界が来た。
それを待っていたとばかりに、満身創痍の其真が口元を歪めた。
領域が壊れれば、必中の斬撃が南条たちを襲う。
「まずいかも」
「交代する!」
南条が呟くと同時、夏目が叫んだ。
パリンッ!
南条が自ら領域を解いた。
そのコンマ一秒の隙間。斬撃の雨が降り注ぐその寸前に。
「領域展開!!」
夏目が自身の領域を展開した。
寸分違わぬタイミング。
早すぎれば南条の領域と反発し合い、遅ければ斬撃に切り刻まれる。
親友同士の、阿吽の呼吸が生んだ奇跡のスイッチ。
「ふーっ……」
南条が大きく息を吐き、伸脚でストレッチ。
作戦は成功した。領域展開の
其真は腕を三本失い、術式も封じられたまま。
好機は続いている。
誰もが、呪いの王への「詰み」を確信し始めた。
だが。
「……ククッ」
血まみれの王が、
残された最後の一本の腕。
その指が、印を結ぶ。
「口寄せ──伏魔殿」
ズズズズズッ……!!
大地が震動する。
呼び出されたのは、先ほど南条の「赫」によって破壊されたはずの御堂。
其真は、瓦礫と化した残骸をかき集め、無理やり再構築したのだ。
現れたその姿は、もはや荘厳な御堂の面影はない。
一際大きな眼球と口。
それは崩れた生き物の成れの果てのような、醜悪な怪物だった。
見るからに不完全。
だが、機能さえすればいい。
「──領域展開」
其真が笑みを深める。
其真の領域を防ぐように展開した、夏目の領域。その内側で、さらに伏魔殿の領域が展開される。
仲間を守るために張った夏目の結界の中に、死の領域が、再び呼び戻される。
◆
芥隠れの里 跡地 上空
遥か高い場所。
風に煽られながら飛ぶ一羽のカラスが、その鋭い瞳で地上の惨劇を俯瞰していた。
その脚には、転移術のマーカーとなる黒い布がしっかりと握られている。
冥々の使役するカラスは、いつでもサポートに入れるよう、極限の緊張感の中で旋回を続けていた。
眼下にあるのは、巨大なクレーター。
その中央に、巨大な黒い球体──夏目傑の展開した領域が、外側からの斬撃の嵐に耐えていた。
──そして。
斬撃が止み、黒い球体も溶けるように消えていく。
結界が解けた。
中から現れた光景は、凄惨なものだった。
「はぁ、はぁ……ッ」
血まみれで立っているのは、南条悟と夏目傑。
全身に無数の切り傷を負いながらも、二人は互いを支えるようにして前を見据えていた。
その背後では、傷だらけの菅原憂太と東導葵が膝をつき、肩で息をしている。人柱力の回復力を持つ菅原ですら、立ち上がれないほどの深手だった。
そして、彼らの視線の先。
異形の目と口を持ち、崩れかけた肉塊のような不完全な「伏魔殿」。
その横には、三本の腕を失いながらも、王としての威圧感を失わない男──其真が笑みを浮かべて立っていた。
生き残った。
不完全な伏魔殿によって展開された領域、そして付与された術式は、万全の状態に比べて出力が落ちていた。
南条たちは、夏目の防御結界「玄冥ノ陣」の中に退避し、さらに全員で「領域展延」を展開して防御力を極限まで高めることで、必中の斬撃の嵐を辛うじて凌ぎ切ったのだ。
だが。
まだ、終わってはいなかった。
「……くくッ」
其真が、喉の奥で
南条の肌が粟立つ。転生眼が、空間の異変を捉えていた。
確かに、不完全な伏魔殿は、彼らを殺し切るほどの斬撃を生み出せなかったかもしれない。
しかし、その空間は十分すぎるほどの濃度の「
領域内を満たした伏魔殿の濃密なチャクラは、絶え間なく放たれた「解」と「捌」によって
其真の、残った最後の一本の腕。
その人差し指に、小さな火が灯った。
それは蝋燭の火のように頼りなく、弱々しい炎だった。
──遥か昔、呪術師は大きな勢力を保ち、その陰陽術をもって忍者を圧倒した。
しかし古代の忍者は、強力無比な呪術師に対し、いつまでも無策だったわけではない。
特殊な「火」があった。
それはとても弱々しく、枯れ葉を焦がすのがやっとの貧弱な火力しかない。
だが、ひとたび「
その「火」は「
当時の忍者たちはその火を聖なるものとし、崇め、呪術師に振るったという。
皮肉な話だ。
かつて忍者が呪術師を殺すために用いた聖火を、今、呪いの王が使用する。
「──『
其真が指先の火を向ける。
小さな火種が、「伏魔殿」の「
カッ────────!!!!
瞬間。
世界が白一色に塗りつぶされた。
熱と光の柱が、天を衝く勢いで立ち昇った。
満たされた呪力に着火した聖なる火は、「伏魔殿の
伏魔殿による領域展開を行い、空間に伏魔殿のチャクラが満たされた後にのみ使用が可能な、伏魔殿そのものを燃料とした、其真の奥の手。
───!!
爆音などという生易しいものではない。大気の悲鳴だ。