呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第6話「祓火」

 南条悟は動かない。

 汗が頬を伝う中、印を結び続け、自身の領域維持に全神経を注ぐ。

 彼が崩れれば、全員が其真の斬撃に晒される。彼は今、最強の盾として場を支えていた。

 その信頼に応えるべく、三人の影が王へ翔ける。

 

「行くぞッ!」

 

 先陣を切ったのは菅原憂太。

 その背後には人造尾獣『理下』が憑依し、禍々しくも頼もしいオーラを放っている。

 対する夏目傑は、目元に隈取を浮かべた「仙人モード」。

 東導葵は後方に位置取り、いつでも手を叩ける構えでプレッシャーを放つ。

 菅原が刀を振りかぶる。

 其真はそれを素手で受け止める。返しの拳で菅原に殴りかかるが──

 

『憂太ァ!!』

 

 菅原の肩から実体化した理下の巨大な拳が、其真の顔面を捉えた。

 

 ドゴォォォン!!

 

 強烈なチャクラを纏った質量攻撃に、さしもの王も仰け反る。

 其真が即座に殴り返すが、

 

 パァンッ!

 

 乾いた拍手音。

 其真の拳が捉えたのは、菅原ではなく一枚の起爆札だった。

 爆発。

 東導の秘術・美伐舞(ビバップ)

 その変幻自在の入れ替え術(スイッチ)は、回避行動すらも攻撃の起点へと変える。

 煙の中から、東導が数本の千本(せんぼん)を投擲した。チャクラが込められている。

 同時に、パァンッ! と拍手。

 其真は入れ替えを警戒し、千本を殴り落とそうと拳を振るう。

 だが、何も起きない。

 ブラフだ。其真の拳は空しく千本を弾き飛ばす。

 その、わずかに体勢が崩れた背後。

 

「仙法・白激掌(はくげきしょう)!」

 

 夏目の掌底が、其真の脇腹に突き刺さる。

 自然エネルギーを練り込んだ仙術の一撃。

 其真は咄嗟に全身にチャクラを薄く纏う「領域展延(りょういきてんえん)」を展開し、仙術を中和しようとする。

 だが、仙術の物理的な衝撃までは殺しきれない。

 

「ぐ、ぅ……ッ!」

 

 其真が苦しげに呻き、バックステップで距離を取る。

 だが、休む暇など与えられない。

 

「口寄せ・朱雀(すざく)!」

 

 夏目の呼び声と共に、炎を纏った巨鳥が飛来する。

 初回の領域展開で玄武を除く他の口寄せはやられてしまったが、再生能力の高い朱雀はいち早く復活していた。

 

【火遁・祝融大葬(しゅくゆうたいそう)

 

 朱雀の嘴から放たれる、太陽の如き業火が其真を飲み込む。

 其真は四本の腕を交差させ、領域展延で直撃を防ぐが、圧倒的な熱量までは遮断できない。皮膚が焼け焦げる音が響く。

 パァンッ!

 再び、拍手。

 熱波に耐え、足が止まった其真の背後。

 先ほど東導が投げ、其真が弾き飛ばした千本の位置に、菅原憂太が転移していた。

 

「──ッ!!」

 

 一閃。

 理下のチャクラを限界まで込めた刃が、其真の右腕の一本を斬り飛ばした。

 鮮血が舞う。

 さらに、正面から夏目が飛び込む。

 その手には、高密度に圧縮された自然エネルギーの球体。

 

「極ノ術・仙法螺旋玉!!」

 キィィィン!!

 

 其真は左腕の二本でガードし、展延で弾こうとするが、極限の回転力は防ぎきれない。

 防御の上から、二本の左腕が消し飛んだ。

 

「くっ……!」

 

 四本あった腕は、残り一本。

 圧倒的な優勢。

 だがその時、ピキィッ……と硬質な音が響いた。

 

「!」

 

 南条の展開している領域の外殻に、亀裂が入ったのだ。

 其真の領域による外側からの斬撃に、限界が来た。

 それを待っていたとばかりに、満身創痍の其真が口元を歪めた。

 領域が壊れれば、必中の斬撃が南条たちを襲う。

 

「まずいかも」

「交代する!」

 

 南条が呟くと同時、夏目が叫んだ。

 パリンッ!

 

 南条が自ら領域を解いた。

 そのコンマ一秒の隙間。斬撃の雨が降り注ぐその寸前に。

 

「領域展開!!」

 

 夏目が自身の領域を展開した。

 寸分違わぬタイミング。

 早すぎれば南条の領域と反発し合い、遅ければ斬撃に切り刻まれる。

 親友同士の、阿吽の呼吸が生んだ奇跡のスイッチ。

 

「ふーっ……」

 

 南条が大きく息を吐き、伸脚でストレッチ。

 作戦は成功した。領域展開の交代(リレー)によって、防御結界の維持時間を延長した。

 其真は腕を三本失い、術式も封じられたまま。

 好機は続いている。

 誰もが、呪いの王への「詰み」を確信し始めた。

 

 だが。

 

「……ククッ」

 

 血まみれの王が、(わら)った。

 残された最後の一本の腕。

 その指が、印を結ぶ。

 

「口寄せ──伏魔殿」

 

 ズズズズズッ……!!

 

 大地が震動する。

 

 呼び出されたのは、先ほど南条の「赫」によって破壊されたはずの御堂。

 其真は、瓦礫と化した残骸をかき集め、無理やり再構築したのだ。

 現れたその姿は、もはや荘厳な御堂の面影はない。

 一際大きな眼球と口。

 それは崩れた生き物の成れの果てのような、醜悪な怪物だった。

 見るからに不完全。

 だが、機能さえすればいい。

 

「──領域展開」

 

 其真が笑みを深める。

 其真の領域を防ぐように展開した、夏目の領域。その内側で、さらに伏魔殿の領域が展開される。

 仲間を守るために張った夏目の結界の中に、死の領域が、再び呼び戻される。

 

   ◆

 

 芥隠れの里 跡地 上空

 

 遥か高い場所。

 風に煽られながら飛ぶ一羽のカラスが、その鋭い瞳で地上の惨劇を俯瞰していた。

 その脚には、転移術のマーカーとなる黒い布がしっかりと握られている。

 冥々の使役するカラスは、いつでもサポートに入れるよう、極限の緊張感の中で旋回を続けていた。

 眼下にあるのは、巨大なクレーター。

 その中央に、巨大な黒い球体──夏目傑の展開した領域が、外側からの斬撃の嵐に耐えていた。

 

 ──そして。

 

 斬撃が止み、黒い球体も溶けるように消えていく。

 結界が解けた。

 中から現れた光景は、凄惨なものだった。

 

「はぁ、はぁ……ッ」

 

 血まみれで立っているのは、南条悟と夏目傑。

 全身に無数の切り傷を負いながらも、二人は互いを支えるようにして前を見据えていた。

 その背後では、傷だらけの菅原憂太と東導葵が膝をつき、肩で息をしている。人柱力の回復力を持つ菅原ですら、立ち上がれないほどの深手だった。

 そして、彼らの視線の先。

 異形の目と口を持ち、崩れかけた肉塊のような不完全な「伏魔殿」。

 その横には、三本の腕を失いながらも、王としての威圧感を失わない男──其真が笑みを浮かべて立っていた。

 

 生き残った。

 不完全な伏魔殿によって展開された領域、そして付与された術式は、万全の状態に比べて出力が落ちていた。

 南条たちは、夏目の防御結界「玄冥ノ陣」の中に退避し、さらに全員で「領域展延」を展開して防御力を極限まで高めることで、必中の斬撃の嵐を辛うじて凌ぎ切ったのだ。

 

 

 だが。

 まだ、終わってはいなかった。

 

「……くくッ」

 

 其真が、喉の奥で(わら)った。

 南条の肌が粟立つ。転生眼が、空間の異変を捉えていた。

 

 確かに、不完全な伏魔殿は、彼らを殺し切るほどの斬撃を生み出せなかったかもしれない。

 しかし、その空間は十分すぎるほどの濃度の「陰陽チャクラ(呪力)」で満たされていた。

 領域内を満たした伏魔殿の濃密なチャクラは、絶え間なく放たれた「解」と「捌」によって攪拌(かくはん)され、霧のように、あるいは可燃性のガスのように、領域が解除された今も彼らの周囲に滞留している。

 

 其真の、残った最後の一本の腕。

 その人差し指に、小さな火が灯った。

 それは蝋燭の火のように頼りなく、弱々しい炎だった。

 

 

 ──遥か昔、呪術師は大きな勢力を保ち、その陰陽術をもって忍者を圧倒した。

 しかし古代の忍者は、強力無比な呪術師に対し、いつまでも無策だったわけではない。

 

 特殊な「火」があった。

 それはとても弱々しく、枯れ葉を焦がすのがやっとの貧弱な火力しかない。

 だが、ひとたび「陰陽チャクラ(呪力)」に着火されると、そのチャクラを選択的に分解し始め、燃え広がり、強烈な熱と光を放つ。

 その「火」は「陰陽チャクラ(呪力)」を糧に、そのチャクラを分解し尽くすまで、決して消えることがない。

 当時の忍者たちはその火を聖なるものとし、崇め、呪術師に振るったという。

 

 皮肉な話だ。

 かつて忍者が呪術師を殺すために用いた聖火を、今、呪いの王が使用する。

 

「──『祓火(はらいび)』」

 

 其真が指先の火を向ける。

 小さな火種が、「伏魔殿」の「陰陽チャクラ(呪力)」が充満する空間へと放たれた。

 

 カッ────────!!!!

 

 瞬間。

 世界が白一色に塗りつぶされた。

 熱と光の柱が、天を衝く勢いで立ち昇った。

 満たされた呪力に着火した聖なる火は、「伏魔殿の陰陽チャクラ(呪力)」のみを選択的に燃やし、分解し、莫大なエネルギーへと変換していく。

 伏魔殿による領域展開を行い、空間に伏魔殿のチャクラが満たされた後にのみ使用が可能な、伏魔殿そのものを燃料とした、其真の奥の手。

 

 

 ───!!

 

 爆音などという生易しいものではない。大気の悲鳴だ。

 (そび)え立った爆炎の柱は、未だ消えない。

 

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