呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第7話「継承」

 天をも焦がすほどの爆炎の柱が、徐々に細くなり、やがて消失した。

 後に残ったのは、マグマのように赤熱した大地と、立ち昇る陽炎だけ。

 その灼熱の中心に、其真は一人で立っていた。

 

「……逃げられたな」

 

 其真は嘆息し、頭を振った。

 思えば、この奥義『祓火(はらいび)』を使って、人間を仕留めきれたことはそう多くはなかった。

 この術を切る時は、決まって腕の立つ相手か、あるいは怪物との戦いだった。

 

 莫大な熱と光を放つその性質上、熱で相手を焼き尽くすよりも早く、急激に膨張した空気が爆風となって相手を吹き飛ばしてしまう。

 そのため、人型の相手には逃げる隙を与えてしまうのだ。

 

(周囲に気配はない。……あの黒い布か)

 

 初めに見せた黒い布の転移術。あれを使って、爆風に乗じて領域外へ離脱したのだろう。

 其真は陽のチャクラを練り上げ、南条たちによって切断された腕を再生させる。

 ボコボコと肉が盛り上がり、瞬く間に四本腕の異形へと戻った。

 

「さて、脳噛(あれ)の方へ行くか」

 

 邪魔者は消えた。

 其真が歩き出そうとした、その時だった。

 

 ──双極点(そうきょくてん)(むらさき)

 

 反応はできた。だが、速すぎる。

 其真は咄嗟に「領域展延」を展開して受け止めた。

 しかし、防御の上から、せっかく再生したばかりの左側の腕二本が、ねじ切られるように吹き飛んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 其真がたたらを踏む。

 視界の端で黒い布が翻る、五つの影が舞い戻ってきた。

 南条悟、夏目傑、菅原憂太、そして東導葵。

 

「……そのまま逃げ帰らなくて良かったのか?」

 

 其真が忌々しげに、けれど笑みを浮かべて吐き捨てる。

 先頭に立つ南条の衣服は所々焦げていたが、目立った外傷は既に回復していた。

 彼は蒼い瞳を輝かせ、挑発的に笑った。

 

「逃げる? まさか。まだ始まったばかりでしょ」

 

 南条は失われた其真の腕を顎でしゃくった。

 

「もうキツいのかい? お爺ちゃん」

「減らず口を」

 

 隣に立つ夏目は、仙人モードの隈取が解け、素顔に戻っていた。

 

「……でも、そろそろ終わらせたいかな。流石に疲れてきた」

 

 ボロボロの様子だが、傷は塞がっている菅原が刀を構え直す。

 彼は隣の東導に視線を向けた。

 

「東導さん、咄嗟の黒布の回収、ありがとうございます。助かりました」

「フン、どうってことないさ」

 

 東導の手には、真新しい黒い布が握られていた。

 爆発の瞬間、彼は即座に上空を飛ぶ烏から布を回収して全員を覆い、遠隔地にいた冥々と憂々が絶妙なタイミングで転移を発動させたのだ。離脱に使った黒布は焼失してしまったが、代わりの布ならある。

 コンマ一秒でもズレていれば全滅していた、綱渡りの生還。

 だが、生き残った。

 其真の切り札であった「伏魔殿」は、『祓火』の燃料として燃え尽きた。

 腕を二本飛ばし、領域の要を失い、「解」と「捌」の術式もすぐには戻らない。

 対してこちらは、南条と夏目、二人の息の合った連携があれば再びの領域対策も可能。

 

 戦いの終わりが、見え始めていた。

 

   ◆

 

 一方、少し離れた瓦礫の広場。

 対・脳噛の戦場は、決着の時を迎えようとしていた。

 

「ハアアアッ!!」

 

 与幸一の背部ブースターが火を噴く。

 修羅道の力を完全に掌握した彼による弾幕は、圧倒的だった。

 ミサイル、レーザー、実弾。

 多彩な飽和攻撃により、脳噛が得意とする「黒い棒で一人一人を確実に無力化する」戦法は、完全に封殺されていた。

 脳噛が手をかざし、斥力で弾幕を散らそうとする。

 だが。

「無駄ダ、リズムハ刻マレテイル!」

 マイケルが激しいステップと共に拳を繰り出す。

 秘術「無尽刻音(ピゴ・ラ・ウハリビフ)」によるジャミングと衝撃波。

 脳噛の放つ天道の力は、その波長を乱され、そよ風のような出力しか出せない。

 頼みの綱である瞳術「夢死暗澹(むしあんたん)」も、タネが割れてしまえば通用しない。

 全員が視線を逸らすか、一点を凝視しないように立ち回り、決定打を与えさせない。

 脳噛は最後の黒い棒を引き抜き、応戦しようとするが──

 

 バキンッ!

 

 横合いから踏み込んだ七丹の鉈が、黒い棒を容易くへし折った。

 「脆点」による強制弱体化。

 脳噛の手から武器が消える。

 丸腰となった彼の首筋に、刃こぼれした鈍色の刃が迫る。

 

「これで……終わりです」

 

 七丹の冷静な声と共に、鉈が一閃した。

 首の骨という「脆点」を捉えた一撃。

 

 ゴッ。

 

 抵抗なく、脳噛の首が宙を舞った。

 鮮血が噴き出し、胴体が崩れ落ちる。

 勝負あった。誰もがそう思った。

 だが。

 宙を舞う脳噛の首。その口が、パクパクと動いた。

 

「残念だな……」

 

 生首が喋った。

 その光景に、七丹たちが息を呑む。

 

「この目で十尾を……チャクラの統一を見られないのは……」

 

 ドサリ。

 頭が地面に落ち、転がった。

 虚ろになった瞳が、七丹たちを見上げる。

 死の間際。だが、その唇は笑っていた。

 

「でも、この『眼』が……代わりに──」

 

 脳噛の瞳が光を──模様を失う。

 脳噛が自身の死をトリガーとして施していた、保険。

 

 ──継承が、始まる。

 

   ◆

 

 ──里の跡地。

 

 ──!

 

 南条、夏目、菅原、東導。

 全員の意識が、反射的にそちらへと向いた。

 脳噛と廻仟たちが向かった方角。「六道のチャクラ」の奔流を感じた。

 

「向こうは、もう終わったか?」

 

 南条が訝しげに呟く。

 脳噛の気配が消えた。勝ったのか?

 だが、この胸騒ぎはなんだ。

 

 

 ──油断をした。

 最強であるが故の余裕。戦況の優位。そして仲間への信頼。

 それらが重なり、ほんのコンマ一秒、目の前の「王」から意識を逸らしてしまった。

 

 チリッ。

 

 南条の脳裏に、ノイズが走る。

 彼の蒼き瞳──転生眼が持つ能力の一つ、「未来視」が発動する。

 そこに見えた光景は──

 

 ──南条悟と夏目傑の胴体が、上下に断たれている様子。

 

 

 一瞬の油断。致命的な余所見。

 これは其真の術によるものか? いつの間に?

 南条の思考速度が極限まで加速する。

 

 回避は?

 ──不可能。どう躱しても、間もなく身体に届く。

 

 防御は?

 ──不可能。領域展延も、斥力の鎧も、当然物理的な防御をもってしても結果は変わらない。

 

 反撃は? 離脱は?

 ──不可能、不可能、不可能。

 

 南条は無数の可能性を覗いたが、どの対処にも対応される。

 そして。

 瞬前に見た未来(みらい)に、現在(いま)が追いつく。

 

 ──。

 

 音はなかった。痛みすらなかった。

 ただ、世界がズレた感覚だけがあった。

 

「あ……」

 

 夏目の口から、短い呼気が漏れる。

 重力に従い、南条と夏目の上半身が、ゆっくりと下半身から滑り落ちる。

 自由落下していく上体から首を捻り、其真を見やる。

 

 其真が、不敵な笑みを浮かべて見下ろしていた。

 先ほどまで失われていた二本の腕は、完全に再生している。

 それだけではない。

 全身から立ち昇るチャクラの密度が、先ほどまでとは次元が違っていた。

 

 目と目が合う。

 其真の四つの眼。

 

 その全てに、不完全ながらも禍々しい波紋──「輪廻」の模様が浮かび上がっていたのだ。

 

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