呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第六章
第1話「断」


 ──。

 

 其真の意識が、唐突に現実へと引き戻された。

 気付けば、彼は芥隠れの里の跡地、そのクレーターの真ん中に独りで佇んでいた。

 周囲には誰もいない。

 南条悟も、夏目傑も、忽然と姿を消していた。

 

「……なるほど」

 

 其真は足元を見た。

 そこには大きな黒い布と、夥しい量の鮮血──恐らくは二人分の量が、水溜まりのように広がっていた。

 南条と夏目の胴を断ち切った光景が、幻ではなかったことを証明している。

 其真は先ほどまでのことを思い出す。

 

 ──南条と、夏目の胴体が断たれ、上体がズレ落ちる

 ──蒼い瞳

 

(そうか。最後に眼を合わせた時、幻術をかけられたか)

 

 思い当たる節はあった。

 

 南条悟の「転生眼」。未来視だけでなく、強力な精神干渉も可能とする瞳。

 南条の咄嗟の判断。

 我を忘れていたのは、恐らく数秒。

 しかし、そのわずかな隙に、彼らはあの黒い布を使った転移術で離脱したのだろう。

 チャクラの残滓が、まだその場に色濃く残っている。

 

「……だが、無駄な足掻きだ」

 

 其真は確信していた。

 あの傷では、まず助からない。

 

 「解」と「捌」がまだ戻ってこない状態。

 その窮地において、南条と夏目の意識が逸れたあの瞬間は好機だった。

 それを逃さぬために、脳噛から継承しつつあった六道の知識と、自身の陰陽術を融合させ、第三の切断術を新たに編み出していた。

 南条の斥力の鎧すらも超えて届きうる、研ぎ澄まされた斬撃の術を。

 

 陰陽術・『(だん)

 

 それはただの斬撃ではない。「(ことわり)()つ」斬撃。

 そこに防御壁があろうと、領域があろうと、斥力の鎧があろうと、関係ない。

 

 遍く全てを断つ、究極の斬撃。

 

 さらに因果すら断つその斬撃による傷口は、通常の医療忍術や再生能力ではもはや塞がらず、対象は瞬く間に生命力を流出させて死に至るだろう。

 南条も夏目も、既に死体同然だ。

 

「天晴だ。南条悟、夏目傑。生涯貴様たちを忘れることはないだろう」

 

 呪いの王をして、心躍る戦いだった。彼らは其真の命にも届き得た。

 しかし、最後に勝利したのは其真。

 

 其真は自分の掌を握り、開きながら、内側から湧き上がる力を確かめた。

 脳噛(のうがみ)のチャクラ、六道の因子、そして膨大な術の知識が、奔流となって流れ込んでくる。

 

   ◆

 

 小さな茶室

 脳噛が自身の計画を其真に話す。

 

「──私の計画は以上だ。君の復活は元の計画にはなかったけど、「呪術師復興派(かれら)」の望みだったからね。それに今は君にも役割がある」

 

 自らが、他人の描いた絵の上にいることに不快感を示した其真が脳噛に返す。

 

「俺がその役割とやらを果たすとでも?」

「嫌ならいいよ。君には『十尾』の人柱力になってもらおうと思っていたんだ。でも、『十尾』を倒して喰らってもいい。最終的にチャクラの統一が果たせれば、私はそれでいいからね」

 

 脳嚙はどちらでもよい、とばかりにそう答える。

 所詮、其真も、脳噛も、為すことは興味本位の暇つぶしなのだ。

 

 脳噛は、あぁそれと、と続ける。

 

   ◆

 

『──もし私の身に何かあったら、私の術と六道の力、その知識をすべて君に継承する』

 

 それは、復活の際に脳噛と交わしていた約束であり、契約だった。

 脳噛が死んだことで、その遺産の全てが、呪いの王へと統合されたのだ。

 四つの眼に浮かぶ「輪廻」の波紋が、その証だった。

 

「さて、これからどうするか」

 

 腕を組み思案する其真。邪魔者は消えた。力は満ちている。

 脳噛が言っていた「六道の因子」の残りを集めるのもいい。チャクラを追えば、奴らの拠点も辿れるだろう。さっさと皆殺しにしてしまうのもよい。

 水の国には、かつて切り離された自らの力の残穢(ざんえ)が散らばっているらしい。それを蒐集、いや回収し、さらに力を取り戻すのも一興だ。

 あるいは、この世にいる「尾獣」を狩り尽くし、最後には「十尾」とやらを復活させてみるのも悪くない。面白そうなら、その「十尾」と遊んでやるとしよう。

 

「思いのほか、暇つぶしを多く残してくれたな」

 

 其真が愉悦に浸っていた、その時だった。

 

 バササッ。

 

 上空から、一羽の烏が飛んできた。

 その脚から、ひらひらと舞い落ちてくる一枚の黒い布。

 

「……また何か来るのか?」

 

 転移術の基点。

 だが、其真はそこに攻撃を向けるほど無粋ではなかった。

 

 南条たちは瀕死のはずだ。ならば、誰が来る?

 愉しませてくれるのなら、誰でもいい。つまらん奴なら、即座に殺す。

 

 何が出るかと、其真は布を視線で追った。

 

 ヒラリ。

 

 布が地面に着く直前、男が姿を現す。

 翻る黒布の向こうに、一瞬だけ現れたのは、黒髪の少年──由良恵(ゆら めぐみ)だった。

 彼は其真に向かって拳を突き出し、両手を重ねて異形の印を結んでいた。

 

「──輪廻(りんね)架螺架螺(からから)

 

 言葉が放たれると同時に、再び翻る黒い布が由良を覆う、その瞬間。

 

 ズドォッ!!

 

 由良の姿が掻き消えた。

 代わりに、巨大な「刃」が黒い布を地に縫い留めた。

 顕現した白い影。

 

 ザッ……!

 

 大地を踏み砕き、刃を引き抜く。その巨体が全貌を現す。

 白亜の肌をした、巨人。

 左右二対の羽を眼窩にあたる位置から生やす。

 右の腕には、布を突き刺したままの、諸刃の剣が備わっている。

 そしてその頭上には、法陣が浮かんでいた。

 

 渾身の一撃が空振りに終わり、由良という対象を見失った白き巨人は、ゆっくりと顔を上げ、眼前の「王」に向き直った。

 

「ほう……」

 

 其真の目が細められた。

 式神か? いや、その枠に収まる気配ではない。

 これは──

 

 ──八握剣(やつかのつるぎ)異戒神将(いかいしんしょう)魔珴羅(まがら)

 

 歴代の影法術使いが誰一人として調伏できなかった最強の式神が、呪いの王・其真と対峙した。

 

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