呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第4話「手本」

 ──ガコン

 

 静寂を破ったのは、無機質な音だった。

 魔珴羅(まがら)の頭上の法陣が回転した。

 それが、殺戮の合図だった。

 三つの影が同時に弾ける。

 

 魔珴羅が「退魔の剣」を横薙ぎに振るう。

 左腕は「断」によって根元から失われ、再生していない。

 だが、その戦闘能力に陰りはない。重心の狂いなど意に介さず、暴風のような斬撃が其真と菅原憂太をまとめて吹き飛ばそうとする。

 

「チッ!」

 

 菅原は「理下」の腕を盾にして衝撃を受け流し、その反動を利用して横へ跳ぶ。

 其真は四本の腕で巧みに剣の側面を叩き、軌道を逸らして回避する。

 其真は冷静だった。

 

「解」は見切られ、適応されている。しかし、札ならいくらでもある。

 其真は次に遊ぶ(テーマ)を決める。

 

磁遁(じとん)翅脈ノ嵐(しみゃくのあらし)

 

 其真の周囲に展開した液体金属が、無数の薄い刃状に変形した。

 それは昆虫の(はね)の構造を模した、軽量かつ高強度の飛刃。

 羽音のようなブーンという音を立てて、魔珴羅と菅原へ襲いかかる。

 

 魔珴羅は退魔の剣を風車のように回して迎撃するが、数が多すぎる。全身を切り刻まれる。

 菅原は刀で弾きながら、死角から其真へ肉薄する。

 

「邪魔だ!」

 

 其真が印を変える。

 

「磁遁・甲虫鋏(こうちゅうきょう)

 

 液状化した金属が、巨大なクワガタムシの大顎(アゴ)のような形状に凝固。

 左右から魔珴羅を挟み込み、圧壊させようと閉じる。

 魔珴羅の胴体が軋む。

 だが、白き巨人は力任せに金属の顎をこじ開けようとする。

 

「これならどうだ」

 

 其真は掌の上に、漆黒の球体を生成した。

 それは本来実現不可能な、表面の凹凸が一切ない、()()()()()()

 

「磁遁・真球(しんきゅう)

 

 陰陽遁による概念の干渉、()()()()()()持ってくる力を織り交ぜることで実現した一段上の血継限界。

 放たれた黒い球体は、音もなく空間を滑るように飛ぶ。液体金属の顎に囚われた、魔珴羅へ向かって。

 

 真球──接地面を限りなく小さくすることにより生まれる、無限の圧力の権化。

 その様相と破壊力は、かつての六道僧侶が扱っていた「求道玉」のそれと、似ていた。

 触れた万物を破壊し、塵へと還す。

 だが。

 

 ──ガコン

 

 法陣が回る。

 魔珴羅は顎を圧し折り、真球を砕いた。

 

「……磁力、あるいは液体金属そのものへの適応か」

 

 其真はつまらなそうに呟いた。

 もはや磁遁による物理干渉は、魔珴羅には通じない。

 泥遊びは終わりだ。

 だが、其真に焦りはない。適応されるなら、また別の手を使えばいいだけのこと。

 

 自由になった魔珴羅は近くにいた菅原に標的を移す。

 魔珴羅は祓除の剣を振り下ろす、受け流そうとする菅原だったが。

 

 魔珴羅を相手にした戦闘で、そう単純な繰り返しは発生しない。

 

 其真の「刃をいなす手捌き」を再現するように、魔珴羅は菅原の刀を絡めとる。

 出来上がった隙、そこに魔珴羅の渾身の蹴りが叩き込まれた。

 

「──グっ!!」

 

 吹き飛ぶ菅原、受け身も満足に取れず、大きく体勢を崩した。

 それは、致命的な隙に見えた。

 

 其真がニヤリと笑った。王はそれを見逃さない。

 印を結び、指先に収束するのは、理を断つ絶対の斬撃。

 

「避けろよ」

 

 慈悲深くも残酷な警告と共に、其真は指を振るった。

 

 陰陽術・『(だん)

 

 物理的な防御も、術による障壁も意味をなさない、必殺の概念斬撃。

 

 

 ──来た!

 

 だが、菅原の瞳に絶望の色はなかった。

 彼はこの瞬間を待っていた。不用意に第三の斬撃を、「断」を放つ瞬間を。

 死の刃が迫るコンマ数秒の世界で、菅原は印を結んだ。

 

「領域展開!!」

 

 ズオォォォッ!!

 

 菅原を中心に、黒い結界が爆発的に広がる。

 空間を塗り替える固有結界。

 だが、其真は鼻で笑った。

 

「無駄だ。領域程度で防げる術ではないぞ」

 

 言葉通りだった。

「断」の斬撃は、展開されたばかりの菅原の領域の外殻を、すり抜けたかのように容易く貫通した。

 理を断つ刃は、結界の強度など無視して、真っ直ぐに菅原の心臓へと迫る。

 死は確定したかに見えた。

 

 だが、菅原は静かに告げた。

 

「防ぐためではないです」

 

 菅原は両手を開く。眼には赤い瞳、写輪眼。

 その構えに、其真の記憶が刺激される。

 

 パァンッ!

 

 乾いた拍手の音が、戦場に響き渡った。

 秘術・美伐舞(ビバップ)

 東導葵の術。

 菅原は模倣(コピー)したその術を発動させたのだ。

 

「!」

 

 瞬間、菅原の姿が掻き消えた。

 入れ替わりに現れたのは──白き災厄、魔珴羅。

 

「これは……あの男の!」

 

 其真が目を見開く。

 位置を入れ替えられた魔珴羅は、何が起きたのか理解する間もなく、真正面から迫る「断」と対峙することになった。

 

 防御不能の概念斬撃が、魔珴羅右肩を深々と斬り裂いた。

 

 ──ギギギギギ

 

 

 魔珴羅(まがら)は一度攻撃を受けると、その攻撃を緩やかに()()し始める。

 時間が進むごとに解析は進み、追加で攻撃を受けるとさらに解析が進む。

 また、一度適応した事象も、解析を完結することなく更なる適応を続ける。

 

 魔珴羅が初回の「断」を受けてから暫くが経っている。

 今、再度の「断」を受けた魔珴羅は「理を断つ」斬撃へ適応をさらに進めた。

 

 異変は地面から始まった。

 先ほど切り落とされ、物言わぬ肉塊となっていた魔珴羅の左腕が、激しく脈動し動き始めたのだ。

 同時に、右肩から胸部にかけて裂かれた「断」による致命的な傷──因果を断たれ、修復不可能なはずの空洞が、見る見るうちに塞がっていく。

 

 切り落とされていた腕が、掌が、独りでに激しく動き出す。

 魔珴羅は切り落とされていた腕を拾いなおし、切り口へ押し当て──

 

 ──ガコン

 

 くっつけた。

 

 断たれた因果の再接続が、成される。

 

 その様子を、じっくりと写輪眼で凝視、()()()()()()()()

 魔珴羅の再生を見届け終えた菅原は、ゆっくりと、口を開き語りだす。

 

「僕が求めていたのは、()()です」

 

 其真が、眉をひそめる。

 

「腕が断たれていても戦える方法ではなく。因果を断たれた腕を、傷を元に戻すための()()

 

 ふぅ、と一仕事を終えたように息をつく菅原。

 其真に向き直る。

 

「僕の目的は達成しました。さようなら」

 

 黒い布を翻し、姿を消す菅原。其真と魔珴羅を残し戦場を去ってしまう。

 

 其真は訝し気に残された黒い布を見つめていた。どういう意味だ。何か、引っかかる。

 

 「断」によって断たれた傷を、元に戻すための()()?……まさか!

 

 刹那、其真は辿り着く。ある事実に。

 

 

 ──生きているのか! あいつらは!

 

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