呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第4話「領域と結界」

 里の北区画、鬱蒼とした森の中にその教団施設はあった。

 「六道神樹教」。

 入り口には、巨大な一つ目の樹木の石像が祀られている。

 

「……趣味の悪い像だな」

 

 傀儡丸が、傍らの『機巧・阿修羅』の影に隠れながら毒づく。

 廻仟、由良、傀儡丸の三人は、信者を装って施設内への潜入に成功していた。

 

「私語を慎め。バレるぞ」

 

 由良が小声で(たしな)める。

 施設内は線香の匂いが立ち込め、白装束の信者たちが無言で祈りを捧げていた。表向きは静謐な空間だが、廻仟の肌にはピリピリとした不快感がまとわりついていた。

 

「どうだ、廻仟。何か感じるか?」

「ああ……。地下の方から、すげぇドロドロしたチャクラを感じる。俺の中の『穴』が反応してやがる」

 

 廻仟が胸を押さえる。餓鬼道の因子が、地下にある「濃いチャクラ」を求めて疼いているのだ。

 

「ビンゴだね」

 

 背後からぬっと南条が現れた。

 

「僕は結界の『基点』を探してくる。君たちは地下の倉庫へ向かってくれ。……くれぐれも、死なない程度に頑張ること」

 

 南条はそれだけ言い残すと、瞬身の術すら使わず、ふらりと信者の波に消えていった。

 残された三人は顔を見合わせ、地下への階段へと向かった。

 

   ◆

 

 地下空間は、冷え切った石造りの回廊になっていた。

 最奥の部屋。重厚な扉を開けると、そこには異様な光景が広がっていた。

 棚に並べられた無数の木箱。その中には、干からびた指や、奇妙な形をした胎児のミイラなどが安置されている。

 

「……特級呪物。かつて呪術師たちが遺した、怨念の塊か」

 

 由良が懐中電灯で棚を照らし、息を呑む。  これだけの数が一箇所に集められていること自体、異常事態だ。

 

「おい、これを見ろ」

 

 傀儡丸が声を上げる。

 部屋の中央に、複雑な術式陣が描かれていた。その中央には、まだ新しい血痕が残っている。

 

「何かを呼び出す儀式か、あるいは……」

 

 由良がしゃがみ込み、床の術式を解析しようとした、その時だった。

 

 ──ジュッ。

 

 空気が焦げる音がした。

 温度が一瞬で跳ね上がり、廻仟の肌がチリチリと焼けるような痛みを覚える。

 

「伏せろッ!!」

 

 廻仟の叫びと同時に、入り口の扉が轟音と共に熔解し、灼熱の塊が部屋の中央を薙ぎ払った。  間一髪で左右に散開した三人だが、余波だけで髪の毛先が焦げ付く。

 

「……火鼠(ひねずみ)どもが」

 

 煙の向こうに、矮小な影が立っていた。

 火山のような形をした頭巾を被った男。その左目は潰れて塞がっており、残った右目だけで鬱陶しそうに三人を見据えている。口元の煙管(キセル)から、火の粉が漏れた。

 

「岩隠れの額当て……『熔遁(ようとん)』使いか!?」

 

 由良が身構える。  男は答えない。ただ純粋な殺意を込め、掌を向けた。

 

「阿修羅!」

 

 鉄の巨人『機巧・阿修羅』の腕が展開し、内蔵された千本発射口が火を吹いた。

 雨のような千本が男に降り注ぐが、男は動こうともしない。千本は男の体に触れる前に、纏っている高熱のチャクラで瞬時に熔解し、鉄の滴となって地面に落ちた。

 

「なっ……鉄を蒸発させるほどの熱量だと!?」

「下らんカラクリだ」

 

 男が地面に手を叩きつける。

 床全体が赤熱し、足場が奪われる。

 

「この熱量……並の水遁じゃ蒸発するだけだ。なら、圧で押し潰す!」

 

 由良が印を結ぶ。影が奔流となり、巨大な象を形成する。

 

「影法術・満象(ばんしょう)!」

 

 具現化した影の象が鼻を掲げる。由良はさらに印を変え、チャクラの性質変化を上乗せした。

 

水遁(すいとん)水乱波(みずらっぱ)!」

 

 象の鼻から、高圧の激流が噴射された。影の質量と水遁の冷却効果を合わせた連携技。

 灼熱が息を吐きだしたような音とともに、凄まじい蒸気が上がり、熔岩の床が一瞬黒く固まる。

 

「やったか!?」

「いや……まだだ!」

 

 由良が叫ぶ。

 蒸気の向こうで、男が立っていた。無傷ではないが、その表情には余裕すらある。  男は、ゆっくりと両手を合わせた。

 

「多少はやるようだが……『本物』の前では児戯に過ぎん」

 

 男の指が、奇妙な形に組まれる。  それは、忍術で使う十二支の(いん)ではない。  もっと根本的な、空間そのものを掌握するための手印。

 

「なんだ、あの印は……?」

 

 由良の背筋に悪寒が走る。  印を結んだ男を中心に、チャクラの質が変質していく。重く、濃密で、逃げ場のない圧迫感。  この感覚は、由良も良く知るものだった。この地方に根付いた、結界術の極致。

 

「まさか、こいつ……!」

 

 男の口が動く。

 

領域展開(りょういきてんかい)

 

 ゾワリ、と世界が裏返った。

 地下室の壁が、床が、天井が、黒い泥のようなチャクラに塗り替えられていく。

 次の瞬間、三人は灼熱の岩盤に囲まれた、火山の火口のような空間に立っていた。

 ただの幻術ではない。肌を焼く熱気、喉を焼く硫黄の臭い。男の持つ、熔遁の術が付与されたこの結界内部はまさに「()()」そのものだった。

 

「馬鹿な……! 岩隠れの抜け忍風情が──」

 

 傀儡丸が絶句する。

 ──この島特有の秘術を使いこなしている。

 領域展開。それは習得が極めて困難なこの地方に伝わる結界術の奥義。それを、他国の忍者が、しかもこれほどの完成度で扱っているという事実に戦慄する。

 

「焼き尽くせ」

 

 男の言葉と共に、領域内の空中に巨大な熔岩球が無数に出現した。

 回避不能。全方位からの必中攻撃。

 

「集まれッ!!」

 

 由良が叫び、懐から一本の筒を取り出した。中には特殊なチャクラを封じた液体が入っている。  彼はそれを足元に叩きつけ、自身のチャクラを急速に練り上げた。

 

結界術(けっかいじゅつ)簡易領域(かんいりょういき)!」

 

 由良を中心に、半径2メートルほどの透明な膜が展開される。

 直後、熔岩球が殺到した。

 ドゴォォォン!!

 凄まじい衝撃が膜を揺らすが、熔岩は膜の表面で弾け、内側には届かない。

 

「ふぅーッ……!」

「す、すげぇ! 弾いた!」

 

 廻仟が声を上げるが、由良の顔色は悪い。

 

「喜ぶな……! この術は領域に付与された相手の術、『必中効果』を中和してするだけだ。……熱さまでは防げない!」

 

 その言葉通り、膜の中の温度は急上昇していた。オーブンのごとき熱気が三人を炙る。

 機巧・阿修羅の装甲が赤熱し、傀儡丸の呼吸が荒くなる。生身の廻仟と由良も限界が近かった。

 

「籠城か。……少しは腕が立つようだが、蒸し焼きになるのは変わらんぞ」

 

 男は冷酷に笑い、さらなるチャクラを領域に注ぎ込む。

 簡易領域の膜が、ミシミシと悲鳴を上げ始めた。

 だが。

 

「──はい、そこまで」

 

 パリン、と。

 絶対的であるはずの領域の空が、ガラスのように砕け散った。

 

「なっ!?」

 

 男が見上げると、砕けた空間の穴から、飄々とした男が顔を覗かせていた。

 南条悟だ。

 彼は悠々と領域内に侵入すると、由良たちの簡易領域の前に立ち、片手を掲げた。

 見えない壁が展開され、降り注ぐ熱波と熔岩を完全に遮断する。

 

「先生!」

 

 由良が叫ぶ。だが、安堵よりも疑問が勝った。斥力で物理攻撃は防げても、空気中を伝わる熱までは防げないはずだ。

 しかし、南条の背後はまるでエアコンが効いているかのように涼しかった。

 彼は対象を選択しているのだ。熔岩などの質量だけでなく、熱伝導を行う空気の分子、その動き一つ一つすらも認識し、()()()()()()()()()「断熱空間」を作り出している。

 それはもはや忍術というより、神の御業に近かった。

 

「よくやったよ、由良。とっさに簡易領域を展開したのは百点満点の判断だ」

 

 南条は戦闘中とは思えない口調で、生徒たちを褒めた。

 

「簡易領域。これは『弱者の領域』。相手の領域を中和して身を守る術だ。でも、あくまで時間稼ぎ。今回みたいに環境ダメージがあるタイプや、出力が違いすぎる相手にはジリ貧になる」

 

 南条はくるりと振り返り、唖然としている隻眼の男を見据えた。

 

「貴様……南条悟か!」

「やあ、火遊びが好きなおじいちゃん。……さて、課外授業の時間だ」

 

 南条が目隠しに手をかける。

 

「領域展開への一番有効な対抗策、なんだと思う? 廻仟」

「えっ、逃げる……とか?」

「ブブー。正解はね」

 

 南条の指が、額あてにかかる。

 隻眼の男が、本能的な恐怖に顔を引き攣らせた。

 

「──こっちも領域を展開して、押し勝つことさ」

 

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