◆
──時間は少し遡る。
其真と魔珴羅の戦闘が開始された直後のこと。
夏目の隠れ家である海食洞に、重苦しい空気と、それにそぐわない軽口が漂っていた。
「はー、しんど」
「……僕のほうがしんどいね」
簡易ベッドに並べられた二人の男たち、いや半人前の男たち──南条悟と夏目傑は、顔を見合わせて溜息をついた。
異常な光景だった。
彼らの身体は、胴体で真っ二つに切断されていた。
上半身と下半身が物理的に分かれ、白いベッドを赤黒く染めている。断面からは内臓が見え隠れしている。
通常ならば既に死んでいる。言葉を発することなど不可能な状態だ。
彼らの命を、現世に繋ぎ止めているのは──
「……一番しんどいのは、私のはずですが」
二人の間に立ち、脂汗を流しながら印を結び続けている男、
その背後の「口寄せ・
葛車は元々、このような芸当ができたわけではない。
しかし、地下施設での出来事。
「外道・
生と死の境界に干渉する、地獄道の力の本質を。
(感覚としては理解できていた……。死者を蘇らせる『
言うなれば、「外道・
それは蘇生というほど大層なものではない。失われた血液や肉体を回復させるわけでもない。
ただ、そこにまだ残っている命の灯火が消えないように、
それでも、今にも息を引き取りそうなバラバラの二人が転移してきた際、目を覚ましていた葛車の咄嗟の判断とセンスがなければ、二人は今頃、ただの死体となっていただろう。
「無事だと分かってみると、かなり愉快な光景だね」
腰かけた冥々が、真っ二つのまま会話する二人を見てクスクスと笑った。
「……結構ギリギリなんです。まだ無事とは言い難い」
葛車が苦しげに呻く。
命は留めているが、治っているわけではない。いつまで持たせられるかもわからない。
このままではジリ貧だ。
「……それで、なんとくっつきませんかね。
「やってるけどね。中々難しい」
葛車の問いかけに、気だるげな声で答えたのは、白衣を羽織った女性だった。
目の下にクマを作り、アンニュイな雰囲気を持つ女性。
南条と夏目の同期であり、芥隠れの里で一番の腕を持つ医療忍術のスペシャリストだ。
先日の里襲撃の際は、負傷者を他里へ移送する任務で不在だったが、帰還早々にこの緊急事態に巻き込まれ、葛車の治療を行っていたのだ。
葛車が早期に回復できたのは、彼女の功績といえる。
ちなみに、もう一人の教師役である七丹は、この場にはいない。
里の崩壊を嗅ぎつけて接触してきた他里からの特使への対応や、情報の統制に追われ、外交の最前線で足止めを食らっているためだ。
故に、隠れ家での医療指揮はこの気だるげな女医に託されていた。
家長は両手に高密度の医療チャクラを纏わせ、二人の断面を接合しようと試みていた。
「──ダメだ! まーるでくっつく気がしない!」
南条が天井を仰いで叫んだ。
「最初から別々に分かれていたんじゃないかってくらい、くっつかない!」
ほぼ死体同然の南条が、上半身に残る経絡系をフル回転させ、自身でも医療忍術を発動していた。
だが、切断面同士を合わせても、まるで接合する気配がない。
「……そうだね」
身体がほぼ自然物に還りかけていることをいいことに、夏目も自然エネルギーを練り込んで再生を促していたが、効果は芳しくない。
「物理的な切断じゃない。『
そこには「切れている」という絶対的な事実が固定されており、通常の細胞再生プロセスを受け付けないのだ。
由良恵も尽力をしていた。
魔珴羅の口寄せ後、直ちに戻ってきた由良は、鹿の式神「円鹿」を口寄せしてサポートに徹していた。
その能力は木遁と医療忍術。
だが、それでも傷口は塞がらない。
葛車の「
南条と夏目の治療を見守る与幸一が口を開いた。
彼の肉体は修羅道の力で機械化されているが、その表情は険しい。
「ところで……
南条たちを瀕死に追いやった怪物。
今はどうなっているのか。
「式神と戦っているよ」
カラスの視界を共有し、現場を確認していた
「今のところ互角……かな」
「俺たちは加勢しなくていいのか?」
由良恵が答える。
「行っても『加勢』とはならないだろう。『乱入』か。……あれは制御不能で、敵味方の区別なく動く式神だ」
歴代の影法術使いが誰も調伏できなかった、最悪の切り札。
「それに、アレには『
由良は戦慄と共に説明を続けた。
「もし俺たちが加勢して、中途半端に術を使えば……アレは其真だけでなく、俺たちの術にも『適応』してしまう。最悪の場合、其真を倒した後、俺たちの攻撃が一切通用しない怪物が残ることになる」
味方ではないアレと一緒に戦うということは、後になって自分たちの首を絞めるということに他ならない。
アレが場にいる限り、迂闊な手出しは利敵行為になり得るのだ。
「……
調伏の儀式は、術者が死亡すれば無効となり、式神は消滅する。
それが、由良に残された最後の
「ナンテ化物ヲ呼ンダンダ……」
マイケルがサングラス越しに由良を見つめ、戦慄した。
最強の敵を倒すために呼び出したのは、制御不能の災厄。
毒を以て毒を制す、あまりにも危険な賭け。
「……今は、待つしかない」
其真が
怪獣決戦の行方が決まるまで、人間が足を踏み入れる余地はない。
一同に、重苦しい沈黙が降りた。
一方、文字通り二人で一人前になってしまった最強二人に緊張感はなく、やれることがないので談笑している。
「戦線復帰は厳しいか、これ」
南条が誰にでもなく言う。緊張感のない声色だが、両断されて尚、戦意を失っていないようだ。
「一命を取り留められるかも怪しいね」
家長が淡々と答える。その治療は難航している、というより進捗がない。
「良くて、二人して上半身だけで生きることになるかな」
夏目は、自身の隠れ家の棚に置かれているビブラスラップを指さし、あれを脚にしたらどう?などとふざけている。
家長は、今の二人の状況なら、まだ
──南条悟・改の出撃だね
──良く喋るねぇオマエ、今際の際だぞ
そんな二人の会話を割って、黙り込み、思案していた菅原が発言する。
「……僕に考えがあります」
◆