呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第5話「半炒飯半拉麺」

   ◆

 

 ──時間は少し遡る。

 

 其真と魔珴羅の戦闘が開始された直後のこと。

 夏目の隠れ家である海食洞に、重苦しい空気と、それにそぐわない軽口が漂っていた。

 

「はー、しんど」

「……僕のほうがしんどいね」

 

 簡易ベッドに並べられた二人の男たち、いや半人前の男たち──南条悟と夏目傑は、顔を見合わせて溜息をついた。

 異常な光景だった。

 彼らの身体は、胴体で真っ二つに切断されていた。

 上半身と下半身が物理的に分かれ、白いベッドを赤黒く染めている。断面からは内臓が見え隠れしている。

 通常ならば既に死んでいる。言葉を発することなど不可能な状態だ。

 

 彼らの命を、現世に繋ぎ止めているのは──

 

「……一番しんどいのは、私のはずですが」

 

 二人の間に立ち、脂汗を流しながら印を結び続けている男、葛車寛見(くずるま ひろみ)だった。

 その背後の「口寄せ・獄閻王(ごくえんおう)」の口からは、赤黒いチャクラの糸のようなものが伸び、二人の心臓あたりまで繋がっている。

 

 葛車は元々、このような芸当ができたわけではない。

 

 しかし、地下施設での出来事。

 「外道・輪廻天生(りんねてんせい)の術」を無理やり発動させられた時、彼は「何か」を掴んだ。

 生と死の境界に干渉する、地獄道の力の本質を。

 

(感覚としては理解できていた……。死者を蘇らせる『()()』には到底届かないが、生者を死に行かせないこれなら、届きうる……)

 

 言うなれば、「外道・輪廻天延(りんねてんえん)の術」

 

 それは蘇生というほど大層なものではない。失われた血液や肉体を回復させるわけでもない。

 ただ、そこにまだ残っている命の灯火が消えないように、()()()()()()()()()

 それでも、今にも息を引き取りそうなバラバラの二人が転移してきた際、目を覚ましていた葛車の咄嗟の判断とセンスがなければ、二人は今頃、ただの死体となっていただろう。

 

「無事だと分かってみると、かなり愉快な光景だね」

 

 腰かけた冥々が、真っ二つのまま会話する二人を見てクスクスと笑った。

 

「……結構ギリギリなんです。まだ無事とは言い難い」

 

 葛車が苦しげに呻く。

 命は留めているが、治っているわけではない。いつまで持たせられるかもわからない。

 このままではジリ貧だ。

 

「……それで、なんとくっつきませんかね。家長(いえなが)さん」

「やってるけどね。中々難しい」

 

 葛車の問いかけに、気だるげな声で答えたのは、白衣を羽織った女性だった。

 目の下にクマを作り、アンニュイな雰囲気を持つ女性。

 家長硝子(いえなが しょうこ)

 南条と夏目の同期であり、芥隠れの里で一番の腕を持つ医療忍術のスペシャリストだ。

 先日の里襲撃の際は、負傷者を他里へ移送する任務で不在だったが、帰還早々にこの緊急事態に巻き込まれ、葛車の治療を行っていたのだ。

 葛車が早期に回復できたのは、彼女の功績といえる。

 

 ちなみに、もう一人の教師役である七丹は、この場にはいない。

 里の崩壊を嗅ぎつけて接触してきた他里からの特使への対応や、情報の統制に追われ、外交の最前線で足止めを食らっているためだ。

 故に、隠れ家での医療指揮はこの気だるげな女医に託されていた。

 

 家長は両手に高密度の医療チャクラを纏わせ、二人の断面を接合しようと試みていた。

 

「──ダメだ! まーるでくっつく気がしない!」

 

 南条が天井を仰いで叫んだ。

 

「最初から別々に分かれていたんじゃないかってくらい、くっつかない!」

 

 ほぼ死体同然の南条が、上半身に残る経絡系をフル回転させ、自身でも医療忍術を発動していた。

 だが、切断面同士を合わせても、まるで接合する気配がない。

 

「……そうだね」

 

 身体がほぼ自然物に還りかけていることをいいことに、夏目も自然エネルギーを練り込んで再生を促していたが、効果は芳しくない。

 

「物理的な切断じゃない。『(ことわり)』ごと断たれている」

 

 そこには「切れている」という絶対的な事実が固定されており、通常の細胞再生プロセスを受け付けないのだ。

 

 由良恵も尽力をしていた。

 魔珴羅の口寄せ後、直ちに戻ってきた由良は、鹿の式神「円鹿」を口寄せしてサポートに徹していた。

 その能力は木遁と医療忍術。

 だが、それでも傷口は塞がらない。

 

 葛車の「()()」で命を留め、家長・南条・夏目・由良の四人がかりで治療を試みてもなお、断たれた因果を繋ぎ直すことはできず、傷は癒えなかった。

 

 南条と夏目の治療を見守る与幸一が口を開いた。

 彼の肉体は修羅道の力で機械化されているが、その表情は険しい。

 

「ところで……其真(きしん)のほうは、どうなっているんだ?」

 

 南条たちを瀕死に追いやった怪物。

 今はどうなっているのか。

 

「式神と戦っているよ」

 

 カラスの視界を共有し、現場を確認していた冥々(めいめい)が、他人事のように答えた。

 

「今のところ互角……かな」

 

 東導葵(とうどう あおい)が疑問を口にする。

 

「俺たちは加勢しなくていいのか?」

 

 由良恵が答える。

 

「行っても『加勢』とはならないだろう。『乱入』か。……あれは制御不能で、敵味方の区別なく動く式神だ」

 

 八握剣(やつかのつるぎ)異戒神将(いかいしんしょう)魔珴羅(まがら)

 歴代の影法術使いが誰も調伏できなかった、最悪の切り札。

 

「それに、アレには『()()』という特性がある。攻撃を受ければ受けるほど、その事象に対し適応を進め、対抗手段を進化させる」

 

 由良は戦慄と共に説明を続けた。

 

「もし俺たちが加勢して、中途半端に術を使えば……アレは其真だけでなく、俺たちの術にも『適応』してしまう。最悪の場合、其真を倒した後、俺たちの攻撃が一切通用しない怪物が残ることになる」

 

 味方ではないアレと一緒に戦うということは、後になって自分たちの首を絞めるということに他ならない。

 アレが場にいる限り、迂闊な手出しは利敵行為になり得るのだ。

 

「……(もっと)も、俺が命を捨てれば、儀式を強制終了させてアレを帰すことは出来るが」

 

 調伏の儀式は、術者が死亡すれば無効となり、式神は消滅する。

 それが、由良に残された最後の安全装置(セーフティ)だった。

 

「ナンテ化物ヲ呼ンダンダ……」

 

 マイケルがサングラス越しに由良を見つめ、戦慄した。

 最強の敵を倒すために呼び出したのは、制御不能の災厄。

 毒を以て毒を制す、あまりにも危険な賭け。

 

「……今は、待つしかない」

 

 其真が(たお)れるか、式神が消えるか。

 怪獣決戦の行方が決まるまで、人間が足を踏み入れる余地はない。

 一同に、重苦しい沈黙が降りた。

 

 

 一方、文字通り二人で一人前になってしまった最強二人に緊張感はなく、やれることがないので談笑している。

 

「戦線復帰は厳しいか、これ」

 

 南条が誰にでもなく言う。緊張感のない声色だが、両断されて尚、戦意を失っていないようだ。

 

「一命を取り留められるかも怪しいね」

 

 家長が淡々と答える。その治療は難航している、というより進捗がない。

 

「良くて、二人して上半身だけで生きることになるかな」

 

 夏目は、自身の隠れ家の棚に置かれているビブラスラップを指さし、あれを脚にしたらどう?などとふざけている。

 家長は、今の二人の状況なら、まだビブラスラップ(アレ)のほうが馴染むだろうよ、と冗談で返す。

 

──南条悟・改の出撃だね

──良く喋るねぇオマエ、今際の際だぞ

 

そんな二人の会話を割って、黙り込み、思案していた菅原が発言する。

 

「……僕に考えがあります」

 

   ◆

 

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