呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第6話「無尽舞踊」

 ──ガコン

 

 法陣が回り、魔珴羅(まがら)の胸部に刻まれた致命傷が完全に塞がった。

 菅原の誘導による誤爆で受けた「断」。

 因果すら断ち切るはずのその一撃に対し、魔珴羅は「切断された因果を繋ぎ直す」という形で適応してみせたのだ。

 

「……いよいよ鬱陶しいか」

 

 飽きた玩具は、片付けなければならない。

 其真(きしん)は冷ややかな目で白き巨人を見やる。

 初見の技。再生が追いつかぬほどの火力で、塵一つ残さず消し飛ばす。

 

 其真が両手で重厚な印を結ぶ。

 

「土遁・地獄竈(じごくそう)

 

 大地が唸り声を上げ、魔珴羅の足元の地盤が爆発的に隆起した。

 巨大な岩盤が四方からせり上がり、魔珴羅を包み込むように閉じていく。

 それは瞬く間に、堅牢な岩でできた巨大なドーム──否、処刑用の「(かまど)」を形成した。

 魔珴羅が内部から破壊しようと暴れるが、高密度に圧縮された土遁の壁は容易には砕けない。

 

「仕上げだ」

 

 其真は、ドームの前方にわずかに開けておいた通気口へ向けて、右手で弓を引く構えを取った。

 その掌に、陰陽チャクラと火遁、そして雷遁の性質変化を極限まで圧縮したエネルギーが収束する。

 それは炎というより、凝縮された熱と光の奔流。

 

「炎遁・忌火矢(いみびや)

 

 其真の手から放たれた紅蓮の矢が、空気を焼き焦がしながら「地獄竈」の穴へと吸い込まれた。

 

 

 一瞬の静寂。

 

 

 直後、竈の内部で地獄が顕現し、天を衝く火柱があがる。

 閉鎖空間に放たれた超高熱。

 逃げ場のない熱エネルギーは、竈の内部を瞬時に数千度の灼熱地獄へと変える。

 さらに、上部の穴が煙突の役割を果たし、急激な上昇気流が発生する「煙突効果」が、燃焼と熱対流を爆発的に加速させた。

 ドームの隙間から、太陽のような眩い光が漏れ出す。

 内部の魔珴羅には、適応する時間など与えられない。

 細胞の水分が一瞬で沸騰し、タンパク質が炭化し、さらにその炭すらもプラズマ化して消滅していく。

 音すら置き去りにする閃光と共に、地獄竈が内側から溶融・崩壊した。

 圧倒的な熱量が、周囲の大気ごと全てを焼き尽くす。

 やがて、熱波が引いた後には、ガラス状に溶けた大地だけが残されていた。

 

 再生の音は聞こえない。

 

 法陣の回る音もしない。

 

 最強の式神・魔珴羅は、適応の果てに、塵一つ残さず蒸発し、消滅した。

 

 

 

 バッ。

 

 お決まりの流れだ。

 そう何度も繰り返されると興醒むというもの。これで最後にしよう。

 

 其真が振り返ると同時、黒い布が翻っていた。

 四つの影が降り立つ。

 与幸一(むた こういち)、マイケル、東導葵(とうどう あおい)、そして廻仟(かいせん)

 彼らは、決戦の地へと舞い戻ってきたのだ。

 

 目の前には、圧倒的なチャクラを纏う其真(きしん)

 対峙するだけで肌が粟立つような威圧感。

 だが、廻仟は一歩前に出た。拳を構えるのではなく、真っ直ぐに王の目を見据えて。

 

「俺は……お前を知らない」

 

 廻仟の声は震えていなかった。

 

「書物は読んだ。お前と戦うことになるはずだったからな。……そこには『呪いの王』だと書かれていた。古い時代にいた強い呪術師だってことも、六道の僧侶の軍団をたった一人で退けたという伝説も」

 

 廻仟は言葉を継ぐ。

 

「……生まれながらにして望まれぬ子、『忌み子』だったとも書かれていた」

 

 其真は無言で、興味も無さそうに見下ろしている。

 

「でも、全てが書かれているわけじゃない。歴史書なんて結果しか残らないもんだ。……お前がどうしてこんなことをしているのか。どうして『呪いの王』なんて呼ばれるようになったのか。これからこの世界をどうしようとしているのか……俺は、知りたい」

 

 それは、殺し合いの直前にはあまりにも不似合いな、純粋な対話への欲求だった。

 敵を知り、理解したいという願い。

 

「よせ、廻仟」

 

 背後で与が平坦に言う。

 

「相手は災害(のろい)だ、里も問答無用で消し飛ばした。言葉が通じる相手じゃない。 説得できるなんて思うな」

「ソウダ廻仟、奴ハ会話ヲ楽シムヨウナタマジャナイ」

 

 マイケルも警告する。

 だが、其真はフッ、と笑った。

 

「その通りだ」

 

 其真は、退屈そうに首を振った。

 

「理由? 目的? ……くだらん。嵐が吹くのに理由がいるか? 地震が起きるのに目的があるか? 俺はただ、俺の思う身の丈のままに生き、喰らい、壊すだけだ。それが『俺』という存在の在り方だからな」

 

 徹底的な拒絶。

 他者との相互理解など、端から必要としていない絶対者の孤高。

 

「……やはり、そうなのか」

 

 廻仟は拳を握りしめ、視線を落とした。

 分かってはいた。分かり合えるはずがないと。

 それでも言葉を交わそうとした自分は、甘いのだろうか。場違いだっただろうか。

 

 その時。

 

 ポン、と大きな手が廻仟の肩に置かれた。

 

「顔を上げろ、親友(ブラザー)

 

 東導葵だった。

 

「確かに、『忍の里』という組織の論理(システム)の中では、お前の考えは甘いと言われるだろう。最大多数の幸福を守るためには、脅威は問答無用で排除するのが効率的だ」

 

 東導の言葉は力強い。

 

「だがな、廻仟。お前の『目の前の相手を知ろうとする』()、その()()は、決して()()()()()()()()()

 

 東導の熱い視線が、廻仟を射抜く。

 

多くを救う仕組み(システム)では救いきれないもの、零れ落ちてしまうもの……それが『()()』となってこの世界に澱む。ならば、その澱みを掬い上げようとする()()()()()()()が、世にある誰も救えない魂を救う唯一の光になることもある」

「東導……」

「迷うな。お前はお前のままでいい。その上で──」

 

 東導は其真に向き直り、構えを取った。

 

「今は、その『在り方』を否定しなければならない時だ!」

 

 廻仟の瞳に光が戻る。

 迷いは消えた。

 その様子を見て、其真は心底不愉快そうに鼻を鳴らした。

 四つの眼が、冷酷な光を帯びる。

 

「お前のような、己の正義に酔いしれた傲慢で高潔な愚者には、永い時の中で散々会ってきた。……どいつもこいつも、壊れる時の音は同じだったぞ」

 

 対話の時間は終わった。

 相容れぬ二つの魂。

 戦いは、避けられない。

 

「行クゾ」

 

 タンッ。

 乾いた足音が、焼け焦げた大地に響いた。

 それは単なる移動の音ではない。明確な意思とリズムを持った、戦闘の開始を告げるビート。

 マイケルがサングラスの位置を直し、軽やかにステップを踏み出した。

 

──秘術(ひじゅつ)無尽刻音(ピゴ・ラ・ウハリビフ)

 

 ドン、タタッ、ダン!

 彼がステップを踏むたびに、足元から嵐遁(らんとん)の衝撃波がレーザーのように奔る。

 それだけではない。彼を中心に広がる波紋──陰陽遁による干渉波が、空間の「理」を書き換えていく。

 味方の神経伝達速度を加速させ、身体能力を活性化させる「バフ」。

 敵のチャクラ循環を阻害し、動きを鈍らせる「デバフ」。

 リズムが場を支配し、味方の術を補助して底上げ、相手の術を妨害し弱める「フィールド」。

 マイケルは挑発的に手招きをした。

 

「俺ト踊レ、其真ヨ」

 

 言葉と共に、マイケルの姿がブレた。

 其真(きしん)の放った斬撃を、まるでダンスの振り付けのようなステップで回避。その回避動作自体が強力な衝撃波を生み、其真へと襲いかかる。

 

「チッ、小賢しい!」

 

 其真が腕を振るい、躱しきれない物量の斬撃で切り刻もうとする。

 だが。

 

 パァンッ!

 

 絶妙なタイミングで、東導葵(とうどう あおい)の拍手が重なった。

 

──秘術(ひじゅつ)美伐舞(ビバップ)

 

 マイケルの刻むビートの裏拍を取るように、東導の術が発動する。

 

 フッ。

 

 其真の目の前からマイケルが消え、代わりに巨大な瓦礫が現れた。

 其真の術が瓦礫を細切れにする空隙、その死角となる背後にマイケルが転移している。

 

「ハッ!」

 

 マイケルの蹴りが其真の後頭部を捉える。

 直撃。だが、それだけでは終わらない。

 其真が反撃しようと振り返る瞬間、再び拍手が鳴る。

 今度は廻仟が転移してきており、重い一撃を叩き込む。

 其真の顔が歪む。チャクラを吸われる感覚。

 

(こいつが──餓鬼道の!)

 

「素晴らしいリズムだ!」

 

 東導が吼える。

 マイケルのステップが戦場のテンポを作り、東導の拍手がそのメロディを奏でる。

 回避支援、攻撃の隙作り、位置取りの最適化。

 二人の連携は、即興(アドリブ)でありながら完璧なハーモニーを生み出し、戦場というステージを完全に支配していた。

 

「ならば、全て吹き飛べ!」

 

 翻弄されることに苛立った其真が、全方位への広域殲滅術を放とうとチャクラを練る。

 磁遁と火遁の複合嵐。回避不可能な面制圧攻撃。

 だが、その予備動作は、既にリズムの中に織り込み済みだ。

 

「させんッ!!」

 

 上空から与幸一(むた こういち)が叫ぶ。

 マイケルの作り出した「有利な場」により、チャクラ出力が底上げされた修羅道の全砲門が開かれる。

「修羅道・機巧(カラクリ)全弾斉射!」

 

 ズドォォォォォン!!

 

 ミサイル、レーザー、チャクラ弾。

 圧倒的な火力の豪雨が、其真の放とうとした広域攻撃を正面から相殺し、押し潰す。

 爆風が其真を包み込む。

 二人が場を支配し、一人が最大火力を叩き込み、一人が相手の力を削いでいく。

 

 最強の連携が、呪いの王を圧倒していた。

 

 絶え間ない連撃。

 リズムに支配された戦場では、さしもの呪いの王も防戦一方となっていた。

 其真の表情が、怒りに歪む。

 

「……小蝿どもがッ!!」

 

 その瞬間、世界が震えるほどのチャクラが膨れ上がる。

 来る。あの悪夢が。

 

 ──呪いの王が、両の手で印を結ぶ

 

 全員の顔色が青ざめる。

 領域展開が来る。南条と夏目ですら瀕死に追い込まれた最強の奥義だ。

 

「簡易領域ッ!!」

 

 東導、与、マイケルが即座に防御姿勢を取る。

 だが、表情には絶望が張り付いている。

 消耗しているとはいえ、六道の力を継承したあとの其真の斬撃の嵐を、簡易領域で中和しきれるのか? 数秒と持たないのではないか?

 

 その刹那。

 

 廻仟だけが、防御の構えを取らなかった。

 彼は真っ直ぐに東導を見た。

 言葉はいらない。ただ視線だけで、親友(ブラザー)に訴えかける。

 

 ──信じてくれ。

 

 東導葵(とうどう あおい)は、一瞬たりとも躊躇わなかった。

 理屈ではない。ブラザーがそう言うなら、そこに勝機があるのだ。

 

 パァンッ!!

 

 乾いた拍手が鳴る。

 廻仟の姿が消え、其真の鼻先に転移していた。

 ゼロ距離。

 其真が目を見開く。

 

「貴様──」

 

 廻仟が拳を構える。格闘戦に入るのではない。

 この構えは、覚悟の表れ。

 

「領域展開」

 

 二つの声が重なった。

 黒い波動と、禍々しいオーラが同時に爆発する。

 

 其真の領域は、結界を閉じない。それは卓越した技術が成す至高の領域。

 対して、廻仟が展開しようとしているのは、ようやく至ったばかりの未熟な領域。当然、結界を閉じて空間を分断しようとするもの。

 結界術のセオリーで言えば、勝負は一瞬で決まる。

 閉じない領域は、閉じた領域の外殻を外部から攻撃できる。

 水槽の中に水を満たすのではなく、水槽ごと海に沈めるようなもの。

 

 廻仟の結界は、完成する前に外側から粉砕され、彼は斬撃の藻屑となるはずだった。

 

 ──身の程を知れ

 

 廻仟の領域の外殻に、無数の刃が突き刺さる──はずだった。

 

 ズズズズズッ……!!

 

 異変が、起きている。

 廻仟の展開した漆黒の領域が、砕けるどころか、其真の領域を浸食している。

 

「な……ッ!?」

 

 其真の広げる領域が、廻仟の闇に触れた瞬間、消滅していく。

 いや、違う。

 吸い込まれている。

 廻仟の領域に付与されている術。

 それは、洗練された術ではない。

 

 根源的な力、渇望。

 制御不能の六道の力──「餓鬼道(がきどう)」。

 神業たる「閉じない領域」が、未熟で飢えた「閉じた領域」に飲み込まれていく。

 

 廻仟の領域が、其真の世界を塗り潰した。

 




エネルギ─…
吸収…
アリ─ナ

チャクラゼロ、拳のみ、勝者あり
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