呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第7話「呪術廻戦」

 背負ってきた呪い(ねがい)

 学んできた(すべ)

 巡り(めぐ)って

 今の(たたか)いに繋がっている

 

 そして今

 

 領域内には廻仟と其真だけ。

 飢えた領域の中、呪いの王との最期の我慢比べが始まる。

 

 

   ◆◆◆

 

 

 ──嫌な感覚だ

 

 其真は、眉間に皺を寄せた。 自分のものをごっそりと、ただただ無感情に強奪されていく感覚。

  痛みはない。

 だが、指先から、毛穴の一つ一つから、己を「其真」たらしめているチャクラが、絶え間なく外へと引きずり出されていく。

 そして何より、この空間に付与された力。その力から、ひしひしと感じる強い感覚。

 

 ──()

 

 指をふるう。反射的だった。思い出した記憶を振り払うように。目の前の忍者を刈る術を放つように。

 

 チッ──

 

 舌打ちが響く。指を振った感触はあった。チャクラも練った。術も発動した。

 だが、放ったはずの「解」は其真の手を離れた先から、霧散して消える。

 それは湯気のように──

 

──はぁ、はぁ

 

 頭を過った記憶は、白い吐息。雪が深く降り積もっている。あれは一際寒く、飢えた冬だった。

 

「──……不愉快だ!」

 

 其真は怒りを露にする。受肉してから、ここまで感情が昂ったのは初めてのことだった。全力でチャクラを練り上げる。同時に、猛烈な虚脱感が其真を襲うが、関係ない。

 廻仟へ向けて、極限まで研ぎ澄ました「断」を放つ。

 

 しかし、其真の手元を離れた「断」は、先ほどよりはっきりとした白い煙となって消え、立ち上っていく。

 

──おい、あれ

──忌み子だ

──(くりや)におったと。食い物をかすめ取っておったげな

──(なん)じゃと? 今年の冬は、ただでさえ実入りが()りいっちゅうに……

──(かすみ)でも食え、化物

 

 呪いの王として君臨する遥か昔。

 まだ「強さ」を手にする前のこと。「弱者」として、ただの「異形」として人々に石を投げられ、唾を吐きかけられていた頃の記憶。

  寒さに震え、飢えに腹を鳴らし、誰からも与えられず、ただ奪われ、退けられ、追われるだけだった日々。

 

「──八つ裂きでは済まさんぞ。小僧」

 

 其真の眼が、口が、頸が、腹が、拳が力む。

 全身の毛穴からこれまでにない、圧倒的な呪力(陰陽エネルギー)が噴出する。

 

 焼き尽くしてやる。この領域も、小僧も、この惨めな記憶ごと──。

 

 「祓火(はらいび)ッ!!」

 

 人差し指に火が点る。

 一度呪力に着火したこの火は、その呪力を全て燃やし尽くすまで決して消えることはない。

 其真は、立ち上る自分の濃密な呪力に火を点そうとして──。

 

 寸前で火が掻き消えた。

 

 放出した呪力も、瞬く間に霧散してしまった。

 

 ──寒い、寒い

 ──火ぃ、火ぃ

 

 ──火ぃ

 

 火が、点かない。

 

 

 其真が膝をつく。

 

「ハァ……ッ、ハァ……」

 

 息が切れる。

 莫大な呪力を練り上げようとしたその意志が、皮肉にも「最大の流出」を招いていた。

 炎になるはずだったエネルギーは、着火する寸前ですべて吸い上げられ、後には疲労感だけが残る。

 其真は顔を上げて、廻仟の顔を睨んだ。

 

 ──哀れな子だ

 ──辛かっただろう。だが、もう案ずることはない

 ──生きなさい。その姿でも、命に貴賤はないのだから

 

「ハァッ──!!」

 

 思わず、地面を殴る。

 

「──俺は! 呪いだぞ……!!」

 

 嘔吐(えず)きそうだ。

 傲慢な者による、施し。庇護すると称し、餌付けする。

 弱者を惨めな家畜のように扱い、見下す者。

 

 あぁ、そうだ。

 

 あの時の忍者も、こういう顔をしていた。

 

 

   ◆◆◇

 

 

 漆黒の領域内。

 そこは、互いの魂を削り合う我慢比べの場だった。

 廻仟の展開した「餓鬼道」の領域は、チャクラの存在しない「(くう)」の領域。

 全ての術は霧散し、そこにいるだけでチャクラを、生命力を領域に奪われる。

 それは術者である廻仟も同じことだった。根源の力である六道の餓鬼道の力。

 これを付与した領域は最早、人間に支配することはできず、自他関係なく全てのチャクラを貪る。

 しかし、皮肉なことに、その(ことわり)は強者にとってより残酷に働いた。

 

 圧倒的なチャクラ総量を誇る「呪いの王」。

 

 「(くう)」の領域との、その莫大なエネルギー差は、逆に領域への流出速度を加速させる要因となった。

 水位の高いダムが決壊した時、水が激流となって溢れ出るように、其真(きしん)のチャクラは猛烈な勢いで吸い尽くされていく。

 さらに、なりふり構わない無茶な術の行使が、死を加速させた。

 

 もはや、指一本動かす力も残っていない。

 絶対的な捕食者だった男が、今はただ地面に這いつくばっていた。

 

 ──あの頃のように。

 

 廻仟は、静かにその姿を見下ろしていた。

 彼もまた限界に近いが、立っている。

 

「……忍者……ごときが」

 

 其真が、掠れた声で呪詛を吐いた。

 

「俺は──」

 

 廻仟は、その言葉を遮るように呟いた。

 これまでの人生が走馬灯のように駆け巡る。

 里での訓練、仲間との任務、そしてこの戦い。

 自分の在り方は、果たして「()」だっただろうか。

 誰かの命令に従い、影に徹することができただろうか。

 いや、違う。自分はいつだって、己の衝動と意志で、理不尽な「()()」と向き合ってきた。

 

 廻仟は、強く認識した。

 自分の在り方を。自分の魂の形を。

 

「俺は、『()()()』」

 

 呪いを背負い、呪いを以て、呪いを祓う者。

 業を背負い、それでも人を救おうとする者。

 

「──呪術師、廻仟だ」

 

 その宣言が、引導だった。

 其真の瞳から、光が消えた。

 肉体を維持する最後のチャクラすらも失われ、六道の因子も、王の覇気も、全てが霧散する。

 後には、長い時を経て風化した、ただの乾いた(むくろ)だけが、砂のように崩れ落ちていた。

 

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