エピローグ「呪術師 廻仟」
戦いは終わった。
呪いの王・其真は消滅し、南条悟と夏目傑は、菅原憂太の尽力により一命を取り留めた。
芥隠れの里は壊滅的な被害を受けたが、生き残った者たちの手により、新たな体制での復興が始まろうとしている。
──そして数日後。島外れにある港。
復興の槌音が遠くに聞こえる桟橋に、戦いを終えた一行が集まっていた。
「さて、どこへ向かうかな」
回復した夏目が、海図を広げながら呟く。その隣には、旅支度を整えた
二人は里を離れ、旅に出る。
「水の国に、其真の力の
「いいね。温泉巡りついでに、大仕事といこうか」
夏目が笑う。かつてのような穏やかな表情だ。
廻仟は南条の方へ向き直ると、懐からあるものを取り出した。
里のマークが刻まれた額当て。忍者の証だ。
金属部分には、激戦を物語る無数の傷が刻まれている。
「これ」
廻仟はそれを南条に差し出した。
「返すよ。……呪いを祓うのは、忍者の仕事じゃないから」
南条はその言葉の意味を噛み締めるように、丸サングラスの奥の目を少しだけ見開き、そして優しく微笑んだ。
彼は額当てを受け取ると、懐へ大事そうにしまう。
「……分かった。これは、僕が預かっておくよ」
返納ではない。
「預かる」。
いつか気が向いた時、あるいは助けが必要になった時、いつでも戻ってこれる場所はあるという、南条なりのメッセージだった。
廻仟の手にはもう、忍を縛る証は何もない。
あるのは、自らの意志で選び取った道だけだ。
「傑。……俺の可愛い生徒のこと、頼んだよ」
南条が、隣に立つ親友に声をかける。
これから廻仟と共に旅をする夏目へ向けた、教師としての願い。
「言われなくても。……悟こそ、あまり無理するなよ?」
「へっ、善処するよ。……抜け忍は里に寄りづらいだろうけど、またいつでも連れてきてくれ」
南条と夏目が軽口を叩き合い、じゃれ合うように肩を叩く。
最強の二人の絆は、生死の境を越えてより強固なものになっていた。
その少し後ろでは、大人たちが言葉を交わしている。
「やれやれ、これからは復興で残業続きですか。……憂鬱ですね」
「生きていればこそですよ、七丹さん」
ため息をつく七丹に、葛車が疲れたように、しかし安堵の笑みで返す。
少し離れた場所では、家長硝子が火の付いていない煙草をくわえ、冥々と憂々が電卓を叩いていた。
「負傷者のケアに街の再建……私が過労死しそうなんだけど」
「その分の報酬は弾んでもらうさ。復興特需、私のカラスたちも忙しくなるよ」
若者たちもまた、それぞれの別れを惜しむ。
「廻仟。装備のメンテナンスが必要ならいつでも連絡しろ。……通信は繋がるようにしておいた」 「ああ! 助かる!」
「……達者でな。お前は放っておくとすぐに無茶をする。外でも気をつけろよ」
「へへ、肝に銘じておくよ」
与幸一と由良恵。共に死線を潜り抜けた仲間からの、不器用だが温かい激励だ。
「
「……ああ。東導さん、菅原さん、また」
「ご飯行きましょうね、次はゆっくりと!」
東導葵の高笑いと、菅原憂太の柔らかな声が響く。
汽笛が鳴った。
「ソロソロ、船ガ出ルゾ」
南条が手を叩いて声を上げた。
「よし! 最後に写真撮ろーぜ! 全員で!」
「カメラか? ならば」
与が修羅道の腕を変形させ、高性能な軍用カメラを展開した。
全員が砂浜へ移動し、海をバックに並ぶ。
傷だらけの者、包帯を巻いた者、義手の者。
満身創痍だが、その表情は今日一番の晴れやかさに満ちていた。
「いくぞー! ハイ、チーズ!」
パシャッ。
シャッター音が、一瞬の時を永遠に焼き付けた。
◆
船が港を離れていく。
小さくなっていく仲間たちの姿を、廻仟は甲板から見つめていた。
遠ざかる桟橋で、南条悟が手を振っていた。
その胸中には、去り行く背中への想いがあった。
(行ってこい。僕の自慢の生徒。……そして、僕のたった一人の親友)
忍のシステムでは救いきれないもの。
こぼれ落ち、澱み、呪いとなるもの。
廻仟はそれらを拾い上げ、祓うために生きることを選んだ。
「呪い」とは、忌むべき災厄だけではない。人と人とが関わり合う中で生まれる、逃れられない業。
だが、その業を共有し、背負い合うことで生まれる強い絆もまた、ある種の「呪い」なのかもしれない。
ならば、その呪いを背負って生きていくのも悪くない。
もう、迷いはない。
彼はただの忍者ではない。
この世界に蔓延る呪いを祓う、一人の「呪術師」として、廻仟は新たな世界へと旅立った。
◆
──それから、数年後。
復興を遂げた里のアカデミー。
日差しの差し込む教官室の机の上に、一枚の写真が飾られている。
海をバックに、傷だらけで、けれど最高にいい笑顔で笑う英雄たちの写真。
窓から吹き込む風が、その写真を優しく撫でていった。
── 呪術師 廻仟 了
いいんだよ
忘れて