呪術師 廻仟   作:四月三十日

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最終章
エピローグ「呪術師 廻仟」


 戦いは終わった。

 呪いの王・其真は消滅し、南条悟と夏目傑は、菅原憂太の尽力により一命を取り留めた。

 芥隠れの里は壊滅的な被害を受けたが、生き残った者たちの手により、新たな体制での復興が始まろうとしている。

 

 

 ──そして数日後。島外れにある港。

 復興の槌音が遠くに聞こえる桟橋に、戦いを終えた一行が集まっていた。

 

「さて、どこへ向かうかな」

 

 回復した夏目が、海図を広げながら呟く。その隣には、旅支度を整えた廻仟(かいせん)が立っていた。

 二人は里を離れ、旅に出る。

 

「水の国に、其真の力の残穢(ざんえ)があるって言い伝えがあるから。まずはそれを回収する」

「いいね。温泉巡りついでに、大仕事といこうか」

 

 夏目が笑う。かつてのような穏やかな表情だ。

 廻仟は南条の方へ向き直ると、懐からあるものを取り出した。

 里のマークが刻まれた額当て。忍者の証だ。

 金属部分には、激戦を物語る無数の傷が刻まれている。

 

「これ」

 

 廻仟はそれを南条に差し出した。

 

「返すよ。……呪いを祓うのは、忍者の仕事じゃないから」

 

 南条はその言葉の意味を噛み締めるように、丸サングラスの奥の目を少しだけ見開き、そして優しく微笑んだ。

 彼は額当てを受け取ると、懐へ大事そうにしまう。

 

「……分かった。これは、僕が預かっておくよ」

 

 返納ではない。

「預かる」。

 いつか気が向いた時、あるいは助けが必要になった時、いつでも戻ってこれる場所はあるという、南条なりのメッセージだった。

 廻仟の手にはもう、忍を縛る証は何もない。

 

 あるのは、自らの意志で選び取った道だけだ。

 

「傑。……俺の可愛い生徒のこと、頼んだよ」

 

 南条が、隣に立つ親友に声をかける。

 これから廻仟と共に旅をする夏目へ向けた、教師としての願い。

 

「言われなくても。……悟こそ、あまり無理するなよ?」

「へっ、善処するよ。……抜け忍は里に寄りづらいだろうけど、またいつでも連れてきてくれ」

 

 南条と夏目が軽口を叩き合い、じゃれ合うように肩を叩く。

 最強の二人の絆は、生死の境を越えてより強固なものになっていた。

 

 その少し後ろでは、大人たちが言葉を交わしている。

 

「やれやれ、これからは復興で残業続きですか。……憂鬱ですね」

「生きていればこそですよ、七丹さん」

 

 ため息をつく七丹に、葛車が疲れたように、しかし安堵の笑みで返す。

 少し離れた場所では、家長硝子が火の付いていない煙草をくわえ、冥々と憂々が電卓を叩いていた。

 

「負傷者のケアに街の再建……私が過労死しそうなんだけど」

「その分の報酬は弾んでもらうさ。復興特需、私のカラスたちも忙しくなるよ」

 

 若者たちもまた、それぞれの別れを惜しむ。

 

「廻仟。装備のメンテナンスが必要ならいつでも連絡しろ。……通信は繋がるようにしておいた」 「ああ! 助かる!」

「……達者でな。お前は放っておくとすぐに無茶をする。外でも気をつけろよ」

「へへ、肝に銘じておくよ」

 

 与幸一と由良恵。共に死線を潜り抜けた仲間からの、不器用だが温かい激励だ。

 

廻仟(ブラザー)! 次会う時までには、さらに高みへと至っていることだろう! その時を楽しみにしているぞ!」

「……ああ。東導さん、菅原さん、また」

「ご飯行きましょうね、次はゆっくりと!」

 

 東導葵の高笑いと、菅原憂太の柔らかな声が響く。

 

 汽笛が鳴った。

 

「ソロソロ、船ガ出ルゾ」

 

 南条が手を叩いて声を上げた。

 

「よし! 最後に写真撮ろーぜ! 全員で!」

「カメラか? ならば」

 

 与が修羅道の腕を変形させ、高性能な軍用カメラを展開した。

 全員が砂浜へ移動し、海をバックに並ぶ。

 傷だらけの者、包帯を巻いた者、義手の者。

 満身創痍だが、その表情は今日一番の晴れやかさに満ちていた。

 

「いくぞー! ハイ、チーズ!」

 

 パシャッ。

 

 シャッター音が、一瞬の時を永遠に焼き付けた。

 

   ◆

 

 船が港を離れていく。

 小さくなっていく仲間たちの姿を、廻仟は甲板から見つめていた。

 

 遠ざかる桟橋で、南条悟が手を振っていた。

 その胸中には、去り行く背中への想いがあった。

 

(行ってこい。僕の自慢の生徒。……そして、僕のたった一人の親友)

 

 忍のシステムでは救いきれないもの。

 こぼれ落ち、澱み、呪いとなるもの。

 

 廻仟はそれらを拾い上げ、祓うために生きることを選んだ。

 「呪い」とは、忌むべき災厄だけではない。人と人とが関わり合う中で生まれる、逃れられない業。

 だが、その業を共有し、背負い合うことで生まれる強い絆もまた、ある種の「呪い」なのかもしれない。

 

 ならば、その呪いを背負って生きていくのも悪くない。

 

 もう、迷いはない。

 彼はただの忍者ではない。

 

 この世界に蔓延る呪いを祓う、一人の「呪術師」として、廻仟は新たな世界へと旅立った。

 

 

   ◆

 

 

 ──それから、数年後。

 

 復興を遂げた里のアカデミー。

 日差しの差し込む教官室の机の上に、一枚の写真が飾られている。

 

 海をバックに、傷だらけで、けれど最高にいい笑顔で笑う英雄たちの写真。

 

 窓から吹き込む風が、その写真を優しく撫でていった。

 

 

 

── 呪術師 廻仟    了




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