灼熱の「火口」の中で、南条悟は涼しい顔で生徒たちを振り返った。
「さて、みんな僕の身体に触れておいてもらえるかな」
「は? 先生、何言って……」
「いいから。早くしないと、脳みそが焼き切れて一生よだれ垂らすことになっちゃうよ?」
南条の冗談めかしているが、有無を言わせぬ響きに、三人は戦慄して手を伸ばした。
廻仟が南条の背中に、由良と傀儡丸がそれぞれの肩に手を置く。
指先が、普段は決して触れられない「
「よし。僕が許可した
南条は満足げに頷くと、隻眼の男──鉄山へと向き直った。
「それじゃあ、お見せしよう──」
南条悟が額あてに手をかけ、ずり上げる。
露わになったのは、天空をそのまま閉じ込めたような蒼い瞳。
六道の力の一端、「
対峙する鉄山は、その瞳を見た瞬間、本能的な焦燥に駆られた。
何かされる前に潰す。
いかに最強の忍といえど、この圧倒的な
「焼き尽くしてやる、南条悟ゥ!!」
鉄山は吼え、ありったけのチャクラを南条へ叩きつけようとした。
南条の指が、印を結ぶ。
その口が、静かに動いた。
「──領域展開」
プツン。
鉄山の思考は、唐突に断絶した。
視界が、聴覚が、嗅覚が、触覚が。
全ての感覚が灰色のノイズに包まれ、世界が遠のいていく。
熱くない。暗くない。何も聞こえない。
いや、違う。
聞こえすぎている。見えすぎている。
『 』
脳髄に、意味を持たない情報の濁流が流れ込んでくる。
処理できない。理解できない。終わらない。
彼は、永遠に続く一瞬の中に閉じ込められた。
◆
「な……んだ?」
廻仟が呆然と呟く。
さっきまでの灼熱地獄が、嘘のように消え失せていた。
彼らの周囲には、熔岩も、岩盤も、蒸気もない。ただ薄暗く、黒いモヤのかかったような半透明の結界が広がっているだけだ。
あまりにも静かだった。
「これが……南条先生の領域……」
由良が息を呑む。
目の前には、鉄山が立っていた。だが、様子がおかしい。白目を剥き、棒立ちのまま、口から泡を吹いてピクリとも動かない。
まるで魂だけがどこかへ吹き飛ばされたかのようだ。
「彼はもう、何もできないよ」
南条が額あてを下ろし、いつもの軽薄な笑みに戻る。
「僕の領域には、必中効果として転生眼の幻術を付与している。……まあ、少し特殊な幻術だけどね」
南条は動かない鉄山の肩を小突いた。鉄山は糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「転生眼っていうのは、チャクラの流れから世界の理まで、とにかく『見えすぎる』眼なんだ。あと瞳術を使って、相手に『体感時間三日間の拷問』みたいな幻術をかけることができるんだけど……」
南条は肩をすくめた。
「それって面倒くさいだろ? シナリオを作るのも、映像を組み立てるのも」
「は、はあ……」
「だから僕は、その制作工程を全部省くことにした。瞳術を使って送れるだけのイメージ、音、情報……その全てを、特に定めずに『
南条は指を立てて説明する。
「丁寧に組み立てられたプラモデルなら、君たちも受け取れるだろう? でも、送るほうも、一個一個作らないとだから送る量はせいぜい1~2個だ」
廻仟たちはコクコクと頷く。
「でも組み立てずに済むならトラック一杯分のランナーとパーツをお届けできちゃう。小分けにもなってないパーツをバーッとね。すると送られたほうは、どうなるかな?」
廻仟は想像して顔をしかめた。
「……受け取れきれねぇし、何を作ればいいかも分からなくてパニックになるな」
「そう。脳の処理が追いつかずにパンクする。この領域の中で、絶えず幻術が命中している彼は今! 終わりのない情報のゴミ山に埋もれて、指一本動かす命令すら出せない状態ってわけさ」
処理落ちによる強制的な廃人化。
それが、南条悟の領域展開の正体だった。
結界がガラス細工のように砕け散り、元の地下倉庫へと戻る。
鉄山は完全に意識を失っていた。
「強すぎる……」
傀儡丸が低く唸る。
忍術の撃ち合いにすらなっていない。一方的な蹂躙だ。
「さて、と。回収班を呼んで、こいつとそこの呪物たちを確保しないとね」
南条が伸びをした、その時。
地下倉庫の奥、崩れた壁の隙間から、微かな違和感を感じた気がした。
(……ん? 今何か……)
南条は視線を向けたが、特にチャクラ反応はない。気のせいか、あるいは小動物か。
今は生徒たちの安全確保が最優先だ。南条は警戒を解き、通信機を取り出した。
──その壁の奥。
闇に溶け込むようにして、一人の男が立っていた。
古い長着と羽織を着た男、
その容貌は異様だった。細めた目は鋭く、頭部には冠の環のように何本もの無機質な「
彼は冷ややかな目で、一部始終を観測していた。
(……やれやれ。やはり厄介ですね、南条悟)
彼の中に、畏怖や賞賛といった感情はない。あるのは、散らかった部屋を見るようなうんざりとした感情だけだ。
(真正面からやり合っては、こちらの計画が遅延するばかりだ。やはり『封印』の手順を進めるしかありませんね)
脳噛は懐を探り、これから使用するであろう「切り札」の準備について思考を巡らせる。
(面倒ですが、舞台を整えましょう。……彼が逃げられない、最悪の舞台を)
脳噛は音もなく踵を返し、闇の中へと消えていった。