呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第6話「呪術の系譜」

 熔遁使いの男──鉄山の身柄は、里の暗部によって厳重に拘束され、尋問部隊へと引き渡された。  だが、南条悟の表情は晴れなかった。

 岩隠れの抜け忍であるはずの男が、この地方の秘術である「領域展開」を高度に使いこなしていた事実。

 

「領域展開は、ただ結界術を知っているだけじゃ使えない。高度な陰陽遁の適性……つまり、かつてこの島にいた『()()()』の血を濃く引いている必要がある」

 

 南条は独りごちる。

 それはつまり、鉄山は岩隠れの出身ではなく、この島の出身者が外部の里へ渡り、何らかの意図を持って今この島へ戻ってきたことを示唆している。

 あるいは、何者かが世界中から「呪術師の血」を持つ者を選別し、組織化しているのか。

 どちらにせよ、バックに巨大な陰謀があることは明白だった。

 

「……悠長に構えている時間はなさそうだね」

 

 

 翌日。

 南条は、廻仟、由良、傀儡丸の三人を、里の資料館にある古びた講義室に呼び出した。

 

「さて、今日は座学だ。昨日の戦闘で痛感したと思うけど、敵は『領域展開』を使ってくる。これに対抗できなきゃ、次は確実に死ぬ」

 

 南条は黒板にチョークで大きく『陰陽遁(おんみょうとん)』と書いた。

 

「由良、傀儡丸はアカデミーで習ったね。チャクラには五大性質変化に加え、精神エネルギーを司る『陰遁(いんとん)』と、身体エネルギーを司る『陽遁(ようとん)』がある」

「……悪い、俺アカデミー行ってねぇんだ」

 

 廻仟が手を挙げる。彼はまだ、額当てすら持っていない見習い以下の扱いだ。

 由良がため息をつきつつ、補足する。

 

「陰遁は無から形を作り出す想像の力。陽遁は形に命を吹き込む生命の力だ。この二つを合わせ、万物を創造する……それが『陰陽遁』。忍術の根源とも言われる概念だ」

「へぇ……なんか凄そうだな」

「その『凄い力』を専門に扱っていた一族が、かつてこの島にいたんだ」

 

 南条がチョークを走らせる。

 

「彼らはそのエネルギーを『呪力』と呼び、独自の術体系『呪術』を築き上げた。だが、その力の源泉を『負の感情(陰遁の極地)』に求めすぎた結果、精神を病む者が続出し、力を恐れた本土の忍者たちと衝突……そして、滅ぼされた。とされている」

 

 教室に重い空気が流れる。

 廻仟は、自分の拳を見つめた。自分の中にある「餓鬼道」の力もまた、その負の遺産なのだろうか。

 

「だが、彼らの技術は残った。その奥義こそが『領域展開』だ」

 

 南条は黒板に箱のような図を描いた。

 

「領域展開とは、陰陽遁で空間を編み込み、自身の『世界』を現実に構築して相手を閉じ込める術だ。そして、ここからが重要なんだが……」

 

 南条は箱の中に『術』の文字を書き足した。

 

「ただの結界じゃ意味がない。術者は、構築した世界に自身の()()()()()()する。そうすることで、領域内の環境を支配し、付与した術を『必中』にすることができる」

「昨日の熔遁みたいにか」

「そう。ただし、デメリットもある。術を領域という『器』に預けてしまうため、展開中は術者本人がその術を使えなくなる」

 

 廻仟がハッとする。

 

「ってことは、昨日の先生も?」

「ああ。僕は領域に『転生眼の幻術』を付与していたからね。展開中は、僕自身の手で幻術をかけることはできなくなっていた。……まあ、天道の力や体術は使えるから問題ないけどね」

 

 そこで傀儡丸が質問した。

 

「なぜ、アンタの代名詞である天道の力──引力や斥力を付与しなかった? そうすれば一撃だろう」

「理由は二つある」

 

 南条は二本指を立てた。

 

「一つは、制御不能だから。六道の力、特に天道のような根源的な力を領域に付与すると、その効果は無差別になる。敵も、味方も、そして術者である僕自身さえも、強烈な潮汐力で引き裂かれかねない」

 

 そして南条は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「もう一つは……単純に、僕が直接使った方が強いからさ。領域に預けてしまえば、僕は天道の力を自由に使えなくなる。自動化された領域任せにするより、転生眼と併用して僕自身が引力と斥力を振るう方が、遥かに融通が利くし強力だ。わざわざ最強の武器であり盾を手放すバカはいないだろう?」

 

 最強ゆえの合理性。

 南条はチョークを置いた。

 

「歴史と理屈はここまで。ここからは実践編だ」

 

 南条は三人に指を突きつけた。

 

「君たちが領域展開を覚えるのは、まだ百年早い。だが、身を守る術は覚えてもらう。それが『簡易領域(かんいりょういき)』だ」

 

 南条は実演するように、スッとチャクラを練った。

 彼の周囲に、直径2メートルほどの薄く透明な球体の結界が展開される。

 

「これが簡易領域。領域展開の初歩であり、防御特化の型だ。小さな(から)の世界を自分の周囲に固定する。相手の必中効果を、自分の領域で中和して受け流すイメージだ」

 

 由良が昨日の戦闘で見せた術だ。

 南条はさらに、その球体を皮膚の表面ギリギリまで圧縮してみせた。

 

「これをさらに高度に応用したのが『領域展延(りょういきてんえん)』だ。結界を水着のように身にまとう。こうすれば動き回れるし、相手の術を中和して肉弾戦に持ち込める。……まあ、これは領域展開の一歩手前にある高等技術だから、今の君たちにはまだ早いかな」

 

 南条は結界を解き、時計を見た。

 

「さて。僕はこれから上層部と『六道神樹教(りくどうしんじゅきょう)』への対策会議があるから、ここでお別れだ」

「えっ? じゃあ誰が教えてくれるんだよ」

「安心して。優秀な代理教官を呼んである」

 

 南条が入り口に向かって手を振る。

 ガラリと扉が開き、一人の男が入ってきた。

 きっちりとしたスーツのような忍装束に、特徴的なゴーグル。背中には、包帯で巻かれた大ぶりの(なた)のような忍具を背負っている。

 その佇まいは、忍者というよりは、疲れたサラリーマンのようだった。

 

「……南条さん。私は『子供の守り』は柄じゃないと言ったはずですが」

「まあまあ。君しか適任がいないんだよ、七丹(しちたん)

 

 七丹と呼ばれた男は、ため息をつきながら教壇に立った。

 

「紹介しよう。特別上忍の七丹健人(しちたん けんと)だ。彼は僕と違って天才じゃない。……だからこそ、努力と理論で『簡易領域』を極めたスペシャリストだ」

 

 七丹がゴーグルの奥から、冷徹な視線を三人に向けた。

 

「誤解しないでください。私は、才能ある若者を育てる熱血教師ではありません」

 

 七丹は淡々と言い放つ。

 

「私はただ、生き残るために必要な技術を、効率的に叩き込むだけです。……領域展開などというふざけた暴力に対抗するには、それしかありませんから」

 

 その言葉には、持たざる者が修羅場を潜り抜けてきた、重みがあった。

 

「ここでの実技は不適切です。建物を壊しかねない。……第3演習場へ移動します」

 

 七丹は踵を返した。

 

「さあ、急ぎましょう。まずは定時までに、半径一メートルの結界を維持できるようになってもらいます。……私は、残業は嫌いなので」

 

 南条が去った後、七丹による効率的かつ地獄の実技指導が始まろうとしていた。

 

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