呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第7話「領域訓練」

 第3演習場。

 木々に囲まれた開けた土地に、冷たい風が吹き抜ける。

 七丹健人(しちたん けんと)は、スーツのような忍装束の袖口を捲り上げ、腕時計を確認した。

 

「現在時刻は13時00分。……定時の17時まで、あと4時間ですね」

 

 七丹は背負っていた(なた)のような忍具を抜き放った。刃には呪符が巻かれており、刃物というよりは鈍器に近い。

 

「4時間以内に、私の攻撃を防げる『簡易領域』の基礎を習得してください。できなければ、今回の任務からは外れてもらいます」

「外れるって……戦力外通告かよ!?」

 

 廻仟が抗議するが、七丹は眉一つ動かさない。

 

「当たり前です。領域対策を持たない者が戦場に出れば、死ぬだけでなく足手まといになる。……私は、子供の遺体を回収する残業はしたくありませんから」

 

 その言葉には、冷たさ以上の「重み」があった。

 七丹が地面を蹴る。

 速い。

 

「ッ!?」

 

 最初に標的になったのは傀儡丸だった。

 慌てて『機巧・阿修羅』を盾にするが、七丹は正面からぶつからず、奇妙なステップで側面に回り込んだ。

 

「遅い。傀儡の強度に頼りすぎです」

 

 七丹の鉈が、阿修羅の装甲の平坦な箇所を叩く。

 

 ガギィン!!

 

 ただの打撃ではない。叩かれた装甲が一撃でひしゃげ、内部機構が火花を散らした。

 

「なっ……!? 装甲の厚い部分だぞ!?」

「どこであろうと関係ない。私が叩いた場所が、脆くなるのです」

 

 七丹の術──「陰陽遁・脆点(ぜいてん)」。

 鉈に流した陰陽チャクラで対象の「硬度」という概念に干渉し、強制的に脆弱なポイント(じゃくてん)を作り出す術。七丹は几帳面な性格ゆえか、対象を線分した7対3の地点を狙う癖がある。

 

「次は君だ」

 

 七丹が由良へ迫る。

 由良は即座に反応した。昨日の鉄山戦での経験がある彼には、簡易領域のイメージができている。

 

(来る……! 昨日の感覚を思い出せ!)

 

 由良がチャクラを練り、結界を展開しようとする。

 だが。

 

「──遅い」

 

 結界が形成されるより速く、鉈の峰が由良の鳩尾(みぞおち)に入った。

 

 ドゴッ!

 

 弱点を作り出された肉体は、通常ではありえないダメージを受け、由良はその場に崩れ落ちて嘔吐した。

 

「ぐっ……は……っ」

「君には素養がある。だが、昨日はチャクラ活性剤のアンプルを使って無理やり出力を上げていたようですね?」

 

 七丹は冷徹に見下ろす。

 

「道具に頼らなければ展開も遅く、密度も薄い。それでは私の術すら中和できず、防具の上から骨を砕かれますよ」

「そして、君」

 

 最後に廻仟。

 彼は反射的に腕をクロスして防御姿勢を取った。

 

「──っ!」

 

 重い一撃がガードの上から叩き込まれる。

 廻仟はボールのように吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「いったぁ……!」

 

 廻仟は痺れる腕をさすりながら立ち上がる。

 だが、骨は折れていない。

 

「……ほう」

 

 七丹が眼鏡の位置を直し、興味深そうに唸った。

 

「私の術が通りませんでしたか。……弱点が生成されていない」

「え? 何がだ?」

「君の『餓鬼道』です。接触した瞬間、私が流し込んだ『術』を無意識に()()してしまったようですね」

 

 廻仟の特異体質。

 常にチャクラを欲するその身体は、相手の術すらも「栄養」として吸い取ってしまう。結果として、七丹の術の発動を不発に終わらせたのだ。

 

「なるほど。君なら、領域展開に付与された術、その必中効果も多少は軽減できるでしょう。……ですが」

 

 七丹が鉈を構え直す。

 

「軽減できるだけで、無効化できるわけではない。今の攻撃がもし『即死級の術』なら、君は腕一本失っています」

 

 七丹は淡々と告げた。

 

「私の術は強力ですが、所詮は凡人の技。出力は弱い。……君たちが『簡易領域』を展開し、私の術を中和・拒絶できれば、弱点は生成されず、ただの鉈攻撃として防ぐことができます」

 

 攻略法の提示。

 七丹は時計を見た。

 

「休憩はありません。立って、チャクラを練りなさい」

 

   ◆

 

 それからは、一方的な殴打の時間だった。

 由良は苦戦していた。

 補助アイテムなしで、実戦に耐えうる高密度のチャクラを維持するのは至難の業だ。

 だが、彼は天才だ。殴られるたびにチャクラの練り方を修正し、泥臭く最適解へと近づいていく。

 一方、傀儡丸の成長は早かった。

 彼は由良のような直感型でも、廻仟のような肉体派でもない、生粋の理論派だ。

 何度か阿修羅で攻撃を受けるうち、彼は「簡易領域」の構造を数式のように分解・理解し始めていた。

 

(領域とは空間の定義だ。球体の座標を指定し、そこにチャクラ密度を均一に固定する……。これは、プログラミングに近い)

 

 傀儡丸は、阿修羅に内蔵された複数のチャクラ排出口を微調整し、一点に集中させるのではなく、面として展開する出力制御を試行錯誤していた。

 感覚で掴むのが苦手なら、理屈で組み上げればいい。七丹と同じく、効率と理論を愛する彼にとって、この結界術の習得プロセスは性に合っていたのだ。

 最も深刻なのは廻仟だった。

 彼の中にある「餓鬼道」の因子は、常に周囲のチャクラを吸い込もうとする。放出・固定するという結界術のプロセスとは、真逆の性質なのだ。

 

(くそっ……! 吸い込むな! 出せ! 固めろ!)

 

 意識すればするほど、チャクラが暴走し、結界が霧散する。

 そこへ七丹の鉈が飛んでくる。廻仟は持ち前の吸収能力でクリティカルこそ避けているが、物理的な衝撃で体力が削られていく。

 

「君は穴の開いたバケツだ」

 

 七丹が廻仟を見下ろす。

 

「吸い込むことに慣れすぎて、自分の輪郭が曖昧になっている」

「分かってるよ……! でも、どうすりゃいいんだ!」

「『吸う力』を止めるのではなく、利用しなさい」

 

 七丹はアドバイスを送る。

 

「吸い込む力が内向きのベクトルなら、それを皮膚の表面で拮抗させる外向きのチャクラをぶつける。……その『衝突面』を壁にするんです」

 

 内と外の拮抗。

 廻仟はハッとした。

 無理にチャクラを止めようとしていたから駄目だったのだ。吸い込む力と同じ強さで、体内のチャクラを外へ押し出す。

 そのプラスマイナス・ゼロの地点に、壁を作る。

 

「……やってやる」

 

 廻仟は構え直した。

 体内の餓鬼道をフル回転させる。同時に、(へそ)の下から練り上げたチャクラを全力で全身から噴出させる。

 内への吸引と、外への放出。

 二つの力がぶつかり合い、身体の表面でバチバチと火花が散る。

 

 同時に、横で由良も覚悟を決めた瞳で印を結んでいた。

 そして傀儡丸も、理論に基づいた完璧なチャクラ出力の設定を完了させる。

 七丹が駆ける。

 鉈が閃く。狙うは三人の「七対三」の弱点。

 

 ガィィン!!

 

 三つの鈍い音が重なった。

 由良の周囲には、薄いが均一な球状の結界。

 傀儡丸の阿修羅は、計算された出力で展開された不可視のフィールドが装甲を覆う。

 そして廻仟の周囲には、バチバチと荒々しく弾ける力の壁。

 三人は吹き飛ばされたが、地面を踏みしめて耐えた。

 七丹の術は簡易領域によって中和され、弱点は生成されず、ただの防御可能な打撃として処理されたのだ。

 

「……はぁ、はぁ、やった……か?」

 

 廻仟が顔を上げると、七丹が腕時計を見ていた。

 

「17時00分。……ギリギリですね」

 

 七丹は鉈を鞘に納め、乱れたネクタイを直した。

 

「不格好ですが、私の術を中和しましたね。……合格です」

 

 七丹は懐からハンカチを取り出し、汗を拭った。

 

「とりあえず、今日の業務は終了です。……疲れました。帰りにパン屋でカスクートでも買って帰りましょう」

「え?」

「君たちの分も奢ります。……労働の後の飯くらい、美味しくなければやってられませんから」

 

 七丹の背中を見送りながら、廻仟、由良、傀儡丸の三人は、泥だらけの地面に大の字になって倒れ込んだ。

 鬼教官の、不器用な(ねぎら)い。

 それは、彼らが初めて「大人の忍」に認められた瞬間でもあった。

 しかし、彼らはまだ知らない。

 この修行の裏で、脳噛と呪術師復興派が、次なる「事件」の準備を着々と進めていることを。

 

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