呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第二章
第1話「樹海降誕」


 芥隠れの里から北へ二十キロ。

 普段は静かな演習林が、異様な光景に変貌していた。

 数日前から「森が生きているかのように拡大している」という報告があり、南条班にその調査と原因排除の命が下ったのだ。

 

「……なんだこりゃ。ジャングルかよ」

 

 廻仟が目の前の光景に圧倒される。

 本来なら杉や檜が生えているはずの森が、見たこともない巨大な熱帯雨林のような植物群に侵食されていた。太い根がアスファルトを割り、毒々しい色の花が咲き乱れている。

 廻仟は無意識に、自身の額に触れた。

 そこには、真新しい金属の感触があった。里の紋章が刻まれた額あてだ。

 七丹との過酷な特訓を乗り越え、簡易領域の基礎を習得したことが認められ、彼は特別措置として「下忍」への昇格を果たしたのだ。

 

(もらったからには、半端な真似はできねぇな)

 

 帯を締め直し、覚悟を決める。

 

「ただの植生変化じゃない。この植物たち、高密度のチャクラを帯びている」

 

 傀儡丸が『機巧・阿修羅』のセンサーで周囲をスキャンしながら警告する。

 由良恵は、足元の湿った土を指先で探った。

 

「森全体が、何か一つの『()()』を持って動いているみたいだ。……気をつけろ、この領域の(あるじ)がいるぞ」

 

 南条は別件で不在。七丹も別任務中。つまり、南条班の三人だけで挑む初の実戦任務だった。  慎重に奥へ進む三人の前に、不意に開けた空間が現れた。

 そこには、一本の大木に寄りかかるようにして、一人の男が立っていた。

 身長は二メートルを超える巨漢。

 麻のような白い僧衣を纏い、首には注連縄(しめなわ)のような太い飾りを巻いている。

 人間離れした筋骨隆々の肉体。頭部は剃り上げられ、顔の左半分には木の根のような奇妙な刺青が走っていた。

 その瞳は澄んでいるが、どこか人を見る目ではなかった。

 

「……君たちか。森を騒がせているのは」

 

 男の重低音が、空気を震わせた。

 殺気はない。だが、圧倒的な質量のチャクラがそこにあった。

 

「アンタがこの森を作ったのか? 俺たちは芥隠れの忍だ。直ちに術を解いて退去しろ」

 

 由良がクナイを構えて警告する。

 男──光海(こうかい)は、慈しむように足元の花を撫でた。

 

(しのび)……。チャクラを兵器として扱い、星を傷つける愚か者たちよ」

 

 光海がゆっくりと立ち上がる。

 

「我々『呪術師』の祖先は、チャクラを陰陽の調和として扱い、自然と共にあった。……森が怒っている。間引きが必要だ」

 

 光海が印を結ぶ。

 それは、伝説とされる血継限界の印。

 

木遁(もくとん)

 

 地面が波打った。

 刹那、無数の鋭利な木の根が槍のように隆起し、三人を串刺しにせんと襲いかかった。

 

「散れッ!!」

 

 由良の号令で三人が跳躍する。

 彼らがいた場所は、一瞬にして樹海の棘に飲み込まれ、粉砕された。

 

「地面から木を生やした!? まさか……初代火影と同じ力かよ!」

 

 傀儡丸が叫ぶ。

 水と土の性質変化を合わせ、生命そのものを生み出す神の力。

 光海はただの巨漢ではない。陰陽遁の「(生命)」の側面を極めた、稀代の術者だ。

 

「逃がさん」

 

 光海が空中の三人へ掌を向ける。

 腕が樹木へと変化し、伸縮して追いすがる。

 

「やらせるかよ! 阿修羅!」

 

 傀儡丸が指を振るう。

 阿修羅の腕が展開し、内蔵された火炎放射器が火を吹いた。

 火遁・機巧火炎(きこうかえん)

 植物には火。セオリー通りの攻撃だ。

 だが、光海の生み出した木々は、炎に包まれても燃え尽きることなく、むしろ火を纏ったまま襲いかかってきた。

 

「チャクラで強化された木遁だ! 生半可な火力じゃ燃えねぇ!」

「なら、へし折るまでだ!」

 

 廻仟が突っ込む。

 襲い来る根を紙一重でかわし、光海の懐へ潜り込む。

 

「オラァッ!!」

 

 渾身の右ストレート。

 廻仟の拳は、餓鬼道の「吸収」効果を乗せた対チャクラ破壊の一撃だ。

 鈍く、重い衝撃音が森に響いた。

 

「ぐっ……!?」

 

 光海が初めて表情を歪める。

 打撃の瞬間、練り上げていたチャクラをごっそりと奪われた感覚があったからだ。

 だが──それだけだった。

 

「硬ぇ……!」

 

 廻仟が驚愕する。

 チャクラを乱すことには成功した。だが、光海の肉体そのものが、まるで巨木のように頑強だった。拳がめり込むどころか、こちらの骨が軋むほどの硬度。

 筋肉の鎧と、仙術チャクラによる肉体強化。生半可な体術では傷一つつけられない。

 

「いい打撃だ。……だが、軽すぎる」

 

 光海の裏拳が廻仟を捉える。

 ガードしたが、大木で殴られたような理不尽な質量に、廻仟は弾き飛ばされ、木々をなぎ倒して転がった。

 

「ぐっ……! いってぇ……」

 

 廻仟が顔を上げると、光海の身体から、緑色とも金色ともつかない神秘的なチャクラが立ち昇っていた。

 わずかについた擦り傷すら、白い蒸気と共に一瞬で塞がっていく。

 ただの医療忍術ではない。周囲の自然エネルギーを取り込み、己の生命力へと変換しているのだ。

 

「自然エネルギーの循環……『仙術(せんじゅつ)』か……!」

 

 由良が呻く。

 木遁の頑強さに加え、無尽蔵のスタミナと自己再生能力を持つ仙人モード。

 物理攻撃は通らず、忍術は耐えられる。まさに歩く要塞だ。

 

「我々は知っている。忍びが忘れ、捨て去った『陰陽遁』の真理を」

 

 光海は再生した胸をさすり、静かに語る。

 

「陽遁は命を育み、陰遁は形を成す。……今の忍びの世界は歪だ。だからこそ、我々は世界をあるべき姿へ還す」

 

 彼が呪術師復興派に加担する理由。それは誰かへの服従ではない。

 歪んだ忍の歴史をリセットし、自然とチャクラが調和した古代(呪術全盛)への回帰という、彼自身の純粋で強固な信念だった。

 

「来るぞ! 総員、連携陣形!」

 

 光海が再び印を結ぶ。森全体が呼応するようにざわめき始めた。

 南条班対、仙術使いの僧兵。

 出口の見えない消耗戦が始まった。

 

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