呪術師 廻仟   作:四月三十日

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第2話「領域の彼方」

 岩盤を砕くような轟音が、森全体を震わせた。

 廻仟の身体が砲弾のように吹き飛ばされ、巨木を三本へし折ってようやく止まる。土煙が舞う中、彼は苦悶の声を漏らして膝をついた。

 

「ぐっ……、はぁ、はぁ……!」

 

 廻仟は口から血を吐き出し、自身の拳を握りしめる。赤く腫れ上がった拳は、殴った相手の硬度がいかに異常であるかを物語っていた。

 

「大丈夫か廻仟!」

 

 上空から傀儡丸が叫ぶ。

 『機巧・阿修羅』の背部から勢いよくチャクラの蒸気が噴射され、その推進力で傀儡丸を抱えながらホバリングしていたのだ。

 だが、その阿修羅も装甲の至る所から煙を上げていた。ミサイルも、火遁も、全て撃ち尽くした。眼下の怪物は無傷だ。

 

「……嘆かわしい」

 

 光海は、焼け焦げた肩の皮膚を瞬く間に再生させながら、静かに歩みを進める。

 

「君たちの連携は見事だ。だが、チャクラの総量が違う。命の格が違う」

 

 光海が地面に触れる。

 地響きと共に周囲の木々が生き物のようにうねり始めた。

 植物が三人のチャクラを感知し、貪欲に絡みつこうとする。

 

「影法術だけじゃ、質量が足りないか……!」

 

 由良恵が額の汗を拭う。

 彼は今まで、自身の影を動物の形に変えて操る「影法術」で戦ってきた。これは影の形を変えるだけなのでチャクラ消費は少ないが、強度は影の密度に依存する。この圧倒的な木遁の質量を止めるには、「形」だけでは足りない。

 

(やるしかない。影を「形」ではなく「器」として使う、本物の召喚を!)

 

 由良が深く印を結ぶ。影法術から、口寄せの術へとチャクラ練度を切り替える。

 

「出てこい! 式神・大蛇!」

 

 由良の足元の影が沸騰し、そこから巨大な白蛇が実体を持って飛び出した。

 影そのものを変化させるのではなく、影の中に飼っている「式神」を現界させたのだ。大蛇は襲い来る木の根に食らいつき、その巨体で締め上げて動きを止める。

 

「さらに! 鵺!」

 

 続けざまに、猿の顔に狸の胴を持つ怪鳥が影から舞い上がった。

 由良の意思に呼応し、鵺が帯電する。

 

雷遁(らいとん)雷羽(らいば)!」

 

 鵺の翼から高圧の雷撃が放たれた。

 大気を引き裂くような音と閃光が走り、大蛇が抑え込んだ木々を爆砕する。

 物理拘束の大蛇、忍術攻撃の鵺。式神をフル稼働させた総力戦だ。

 だが、光海の再生速度はそれを上回る。大蛇が噛み砕いた端から新たな根が生え、鵺の雷撃もアースのように地面へ流されてしまう。

 

「式神を使っても、決定打にならねぇ……!」

 

 由良の呼吸が荒くなる。式神の維持はチャクラを激しく消耗する。このままではジリ貧だ。  由良の脳裏に、禁断の切り札──未だ調伏できていない「()()()()()」の影が過る。あれを呼び出せば、この怪物を倒せるかもしれない。だが、それは自分を含めた全員の死を意味する。  まだだ。まだ、あっちには行けない。

 

「もういい。君たちは十分に抗った」

 

 光海が合掌した。

 その瞬間、森の空気が一変した。

 風が止み、鳥の声が消え、重苦しい静寂が場を支配する。

 

「母なる大地に還るがいい」

 

 光海の印が結ばれる。

 由良の背筋に、先日味わった鉄山戦以上の悪寒が走った。

 

「来るぞ!! 構えろ!!」

 

 光海の声が、厳かに響く。

 

「領域展開──」

 

 世界が塗り替えられる。

 鬱蒼とした森の風景が消失し、彼らは一面の花畑の中に立っていた。

 どこまでも続く、白い彼岸花のような花畑。空には太陽ではなく、巨大な光輪が輝いている。  美しい光景だった。だが、その美しさは死の宣告だ。

 

木遁(もくとん)久遠花園語(くおんはなぞのがたり)

「──っ!?」

 

 着地した傀儡丸が呻く。

 何もされていないのに、体力がごっそりと削がれていく感覚。

 咲き乱れる花々から漂う花粉、降り注ぐ光。その全てが、触れた者のチャクラと生命力を強制的に吸収する術なのだ。

 

「吸われる……! 立ってるだけで干からびちまう!」

 

 廻仟が膝をつく。餓鬼道を持つ彼ですら、この領域に付与された木遁の吸収能力には抗えない。  これは「必中必殺」の生命吸収。防御不能の死の抱擁。

 

「簡易領域ッ!!」

 

 由良が叫び、特訓の成果を発揮する。

 三人は同時に、自身の周囲に小さな球状の結界を展開した。

 

 フッ、と身体が軽くなる。

 簡易領域によって必中効果が中和され、生命力の流出が止まったのだ。

 

「……凌いだか」

 

 光海は表情を変えずに歩み寄る。

 

「だが、それは延命措置に過ぎない。簡易領域を展開している間、君たちはその場から動けない」

 

 光海が右腕を掲げた。

 腕が巨大な木の杭へと変形し、チャクラの光を帯びる。

 

「動けば必中効果で死ぬ。動かねば私が殺す。……詰みだ」

 

 豪速の杭が、先頭の廻仟へと放たれた。

 廻仟は動けない。簡易領域を解けば、その瞬間に領域の効果で衰弱死する。

 

「させるかよ! 行け、阿修羅!」

 

 傀儡丸が叫ぶ。

 簡易領域内から飛び出した鉄の巨人が、光海の杭を正面から受け止めた。

 金属音が響き、火花が散る。

 

「無機物なら、お前の吸収効果も効かねぇはずだ!」

 

 傀儡丸の読み通り、阿修羅そのものには生命力がないため、領域の必中効果による衰弱は起きない。

 だが。

 

「傀儡に命はなくとも、繋がりのあるお前にはある」

 

 光海が杭を押し込む。

 傀儡丸の顔色が蒼白になる。

 チャクラ糸ではない。彼は修羅道の因子による繋がりで阿修羅を動かしている。

 それゆえに、領域内で阿修羅が受ける濃密なプレッシャーが、感覚を通じてダイレクトに本体の脳へフィードバックされるのだ。

 

「ぐぅ……ッ! 頭が……割れる……ッ!」

 

 阿修羅の動きが鈍る。傀儡丸が頭を抱えて膝をついた瞬間、阿修羅は吹き飛ばされ、壁となって機能しなくなった。

 再び、死の杭が三人を狙う。

 

「……俺が、抑える」

 

 由良が前に出た。

 簡易領域を維持したまま、印を結んでいる。鼻から血が流れていた。

 簡易領域という「守り」と、影法術という「攻め」の同時展開。それは脳を焼き切るような負荷を伴う。

 

「俺が時間を稼ぐ……。その隙に、二人は逃げろ」

「馬鹿野郎! お前を見捨てられるか!」

「なら死ぬか!? 全員で仲良くここで枯れるか!?」

 

 由良が叫ぶ。

 その間にも、光海の攻撃は続く。

 地面から木の根が突き出し、簡易領域の結界をガリガリと削る。必中効果は防げても、物理的な質量攻撃までは防ぎきれない。

 結界にヒビが入る。

 限界だった。南条のような規格外でもなければ、領域の押し合いなど不可能。

 

(不可能……?)

 

 ふと、由良の脳裏に南条の言葉が過った。

 

 『領域展開への一番有効な対抗策、なんだと思う?』

 『こっちも領域を展開して、押し勝つことさ』

 

 由良は笑った。

 引きつった、自嘲のような笑い。

 

(できるわけないだろう。俺は天才じゃない。ただの優等生だ)

 

 でも。

 泥だらけになって特訓した。

 格上の敵に何度も挑んだ。

 仲間が、死にかけている。

 ここで死ぬくらいなら、不格好でも、泥だらけでも──。

 

「……限界を超えろ」

 

 由良は簡易領域を解いた。

 途端に、全身のチャクラが彼岸花に吸われていく。

 だが、それ以上の速度で、由良は自身の奥底にあるチャクラを爆発させた。

 

「由良!?」

「今ここで! 限界を超えろォ!!」

 

 由良が印を結ぶ。

 それは教わったものではない。本能が導き出した、影の極致への形。

 

「領域展開」

 

 由良の足元から、どす黒い影が溢れ出した。

 それは液状のように広がり、白い花畑を汚し、侵食していく。

 結界で空間を閉じることはできなかった。不完全。未完成。

 だが、溢れ出した影の津波は、光海の領域を内側から塗りつぶし、その「付与された術」を乱した。

 白い世界と黒い影が混ざり合い、空間が軋む。

 光海の「生命吸収」が止まった。

 

「なっ……!?」

 

 光海が目を見開く。

 この少年が、領域に至ったというのか。

 

「廻仟! 傀儡丸!」

 

 由良は印を結んだまま、血を吐くように叫んだ。

 

「必中は消した! 今なら動ける!!」

「……おうよ!!」

 

 廻仟が地を蹴る。

 傀儡丸が全ハッチを開放する。

 死の淵からの、反撃の狼煙が上がった。

 

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